5 露呈

「潮見さん」

 彩音は、エレベーターを出ようとした潮見に声をかけた。


 仕込みは済んだ。

 彩音と潮見は朝凪館の地下。

 いっぽう、翔真達はお社。


 潮見に伝えていたのは、二人から道を奪って智峰山の中腹で彷徨わせる、というプランだったが、それはもちろん偽りだ。


 二人には、彩音が作った道で、そのままお社までたどり着かせた。


 少し奇妙な会話もあったが、優菜は、彩音に監視されていることを自覚したうえで、翔真をうまく誘ってやってきてくれたようだ。

 彩音が、二人に対して何か秘めた意図をもっている、ということまでは感じ取っているようだった。


 はたして、潮見とラビットはどこまで事態を認識しているだろうか。


「なんでしょう彩音さん?」

「二人が、お社に着きました」


 彩音が告げると、潮見の動きが止まった。

「どういうことでしょう? お山で行き詰っているはずでは?」


「私が少しミスをしたようで、作った道を消し忘れてしまいました」

「ミスを……? 彩音さんらしからぬ……」


「すみません……。こちらに気をとられてしまったみたいで。やはり、自分で行動しながら、あちらも監視するというのは、ちょっとザルになりましたね……」


 潮見はため息をついたが、表情にはたいして落胆している様子も焦っている様子もなかった。

「まあ、お社にはチェックポイントはないんです。プレイヤーの二人が長くとどまるとは思えませんね」


「そうでしょうか……」

 言いながら彩音は、優菜と翔真の聴覚情報にアクセスした。


 ここまで踏み込んでしまうと、もう戻ることは出来ない。

 このシミュレーションや智峰島、ラビットと潮見に対する、とにかく漠然としているあまたの疑問と違和感。

 潮見本人からの回答にもあやふやなところがあるからには、自分自身で答えを探るしかない。


 それに、逆説的だがこれは、彩音という管理者によるシステムへの不正行為ともいえる。

 そこを想定せずして何がセキュリティか。

 まるで自分ではない悪魔的な自分が、そう頭の中で囁いているようにさえ感じる。


 この空間の音声情報はデータで作成された振動情報である。

 そして、マスターである彩音は、管理者権限を使ってプレイヤー側の音声を振動データとして拾うことが出来る。

 ということはつまり、その逆に振動データとして音声を直接送ることも……。


「……でもお社には。ラビットの本体……河童ですか? それがあるんですよね。プレイヤーに本体が攻撃されるようなリスクは考慮しなくていいんでしょうか」

 彩音は潮見にそう問いかけた。


「本体は、安全ですよ」

「どうしてそう言い切れるんですか。河童は、どこに? 島の人間しか立ち入ることが出来ないのは、その、水源と言っていた池ですよね」


 彩音は池の周囲の地形を調べ出して、眉をひそめた。

「アクセス制限がかかって……あら、管理者の私にも制限されている。島の人間以外に禁じられていることを表現しているんですか? 島の人間、たとえばあの子達が直接そこから入る以外にはアクセスする方法がないということですね」


「彩音さん。何をお考えなのですか?」


「でも、そのものへのアクセスが禁じられていても、周辺のデータから、アクセス不可区域の形は逆に推測が可能。つまりこの池から……え? これは……?」


 彩音は自分が引き出した、池と智峰山の地形を見て絶句した。

 信じられないデータがそこに表示されている。


「彩音さん。もう一度、お訊ねします。何をお考えですか?」

 潮見が相変わらず微笑を浮かべたまま静かに、だがきっぱりとした声で問い詰めてきた。


「先ほどから、彼らにこちらの音声をそのまま届けているようですね。僕と彩音さんの会話を彼らに聞かせて、どういう意味がありますか。それは、守る行為ではなく、むしろリークでは?」


 気付かれていた――。

 彩音はハッとしたが、むしろ気を引き締めてさらに潮見に迫った。


「あの池は人工物ですね。池から脇にパイプが何かの装置に……。これが永久機関とか言ってた水源のルート? でも他にも、なんですかこれは? 中空の空洞がまっすぐ下に伸びて、抜け道か何かのような。それどころか……いま私が見ているこの智峰山の地形データは、なんでしょうか? 智峰山は、表層だけが自然のもので、明らかに人工物。内部に大きな空洞が……」


「おやおや、それはVR空間の表現限界ですね。表層テクスチャを剥がせば人工物なのは当然……」


「違います。そんなことではないですよね」

 彩音は、この会話を翔真達に聞かせていることを意識していた。


 潮見から河童ことラビット本体のことを訊き出して、そのまま翔真達をラビット本体に接触させる。

 そこまでうまく運ぶかは分からなかったが、それが彩音が考えていた段取りだった。


 しかし。


 ここで露呈した智峰島の内部構造は、常軌を逸している。


「このデータ。これではまるで、智峰山……いえ、ことを示しています。卵型の……海底から突き出した大きな卵。池から下りる空洞は、テクスチャの表層部と空洞のてっぺんを結ぶ、縦穴のようなものです。これはいったい……。智峰島とは、なんなんですか?」


 潮見の表情は変わらなかった。

「なぜ僕にお訊ねになるんです? そこまで情報を集めたなら、彩音さんにはもう、答えが導き出せるはずですよ」


 彩音は息を呑んだ。

「つまり、智峰島そのものが……」

 いったん言葉を切って息を吸い込んでから、身を震わせて、言葉を吐いた。

「……ラビットだということですか」

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