5 奪取

 一度、感覚を掴むと、そこからは早かった。


 指数関数的な加速度成長、と彩音がAIに対して形容するものと同じ。


 高度な知性が、枠組みを与えるだけで、あとは自ら考えて成長していく。


 彩音が開発したAIは、まさにその加速度的学習を実現出来るものだったが、自分自身が疑似的にそれを体験することになるとは、面白いものだ。


 どうやら島内各所にある防犯カメラなどはすべて一つのネットワーク下にあり、撮影されたデータはフレーム単位でスナップショットとして切り出されている。

 そのデータのすべてがラビットの検索対象となるが、こちらから明確な検索条件を与える必要はなく、ただラビットに対して、探したい情報を自分の意志として伝えるだけ。


 彩音が求めた情報は、すでに彩音の網膜上に表示されている。


 翔真と優菜が一緒に行動していることはすぐに分かった。

 経路からすると、養殖場の次に近いチェックポイントに、二人で真っすぐ向かっている。


「いかがです、二人の現在位置から、どこを目指しているか分かりますか?」

 潮見が訊ねてくる。


「ラビットの代弁者としての潮見さんが訊ねてきている。でもラビットは、私がリクエストした情報を知っているわけですから、潮見さんも答えを知っている。つまり、私がラビットの機能をどの程度まで把握したか知るための形式的な質問ですね?」


「おっしゃる通りですが……。もう、ほとんど必要ないようにも思えますね。ラビットの考え方、ラビットの機能、インターフェイスとしての僕への接し方。すばらしい理解度です。さすがはAIエンジニア。AIの心が分かる方ですねえ」


 彩音は自虐的に微笑んだ。

「それは、誉め言葉でいいんですか。私も、現実の潮見さんそのものとしか思えない今の潮見さんを生んでいるラビットに、まるで人間みたいです、と返しておきましょうか?」

「……なるほど。単純な誉め言葉とは言い切れないニュアンスが生まれてしまいますか。失礼しました」


「いえ……。それで、あの子達ですが」

「はい」


「あの子達は、そこまで特殊な知識があるわけではないですから、まずはこの環境に少し驚いて、でもきっと、若さゆえの順応というのかな、案外あっさり受け入れて楽しみだす……。でも、このミッションの意味をそこまで深く悟っているとも思えない。だから、まずは模範的なルートで回っていくと思いますし、実際にそう行動しています。次に向かいそうなチェックポイントは、距離で考えれば『ホーム』でしょうか」


「そうですねえ。養殖場の次に近いのは、ホームでしょう。ホームは、本土でいうデイサービスや特別養護老人ホームといった介護施設と、学校、保育園、学童といったものの集合施設で、裏にはドクターの診療所もあります。智峰では、託児や文教政策と介護政策は一体にしています。若者と高齢者や障がい者はお互いに助け合い、一つの共同体を形成しているのです」


「それは、社会が年齢別の人口比を維持していくために重要な仕組みと理解出来ますけど、でもどうしてそこをチェックポイントに? セキュリティ的には、暗号鍵を守るのに適した場所とは思えませんが」


「象徴的な意味ですよ。子は宝です。新しく生まれた子を、社会としてどう育てるのか。何をどう次の世代に引き継いでいくのか。ヒトという種をどうやって持続させていくのか」


「人が大事、という意味は分かりますが、ヒトを種族として、不思議な言い方をしますね。AIゆえの感性ですか?」

「さあ。僕には自然な思考であって、そこに彩音さんが何か違和感があるというなら、それがAIとしてのラビットと、彩音さんの感性の違いなのかもしれませんね」


 彩音は肩をすくめた。

「まあ、今はそんなことを延々と議論しているときでもないですよね。まず、すぐそこの一つ目のチェックポイントを取り返します。つまり、養殖場です。ほら、そこですよね」


 道から海に面したところに、四角い生簀の枠がぽつ、ぽつ、と浮いている。

 その傍らに、細めで小柄な男が立っていた。年齢は三十ぐらいだろうか。どこまでも青い空と海を背景にして、陽焼けしているその顔は印象的だ。


「やあ。マスターにボス。俺は『ファーマー』です。智峰の運用メンバー」

「ファーマー……のリアルな人物を、反映したNPC、ということですね」


「俺は、元、マジェスティ・ハリアスホテルのシェフだったんですけど。ちょっと、職場の人間関係が苦手で辞めてから、誘われて」

「ハリアスって……! シンガポールだかマレーシアから展開してる、超高級ホテルですか?」


「ええ。ま、昔のことで。今は智峰の農水産リーダーです。ここで養殖している魚達は、自前の食糧でもあり。将来的にはブランド魚として輸出して外貨にする予定。たいしたもんでしょ」

 ファーマーはそう言いながら、照れ隠しなのか頭をポリポリ掻いた。


 彩音は、またも傑出しているが挫折経験があるタレントが出て来た、と思いながら、本題を進めることにした。

 いちいち驚いてはいられない。どうせこれからも、興味深い肩書の人物が出てくることだろう。


「まだリアルではお会いしていませんが、よろしくお願いします。で、早速ですが訊きたいことがあるんです」

「ああ、チェックポイントですか。プレイヤーの二人が、もうタッチしてました。あそこに、物置小屋があるでしょ。入ってすぐのテーブルに端末があります。そいつにマスターが触れば、今度はこっち側のカラーに変わりますよ」


 言われる通り、潮見とともに小屋に入ると、養殖や漁に使うらしい道具とともに、テーブル上に無造作に何かの端末が置かれていた。

 クレジットカードの読み取り機等を思わせる大きさ。そのタッチパネルは、いまは赤い色になっている。

「これに触れるだけ……?」


 彩音は半信半疑ながら、画面に触れてみた。

 赤い色が、緑色に変わった。

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