4 追跡開始

 潮見が問いかけてきた。

「さて。早速、プレイヤーを追ってほしいわけですが。このまま歩いて探そうなんておっしゃいませんよね?」


「まさか。……管理者権限でどんなことが出来るのか、試しながら進めます。あの子達がどこから狙っていくのか見当も付けたいですし、そもそも二人一緒なのか、分かれて行動しているのか。チェックポイント一覧と現在のステータスもほしいですし……。とにかく、まずは情報です。何か、管理者機能のツールみたいなものはないでしょうか」


 潮見がニコニコしながら自分を示した。

「この空間内では、僕がラビットのインターフェイス。彩音さんがやりたいと思ったことは僕におっしゃっていただければ、ラビットに伝わります」


 彩音は鼻を鳴らした。

「ふうん……。まるで魔法ですね……」

「なんなりと、おっしゃってください」


「じゃあまず、チェックポイントの一覧と、その防衛状況を一覧形式で。ワークシート形式がいいです」

「かしこまりました」


 潮見がうなずくと、彩音の視界に突然、表が現れた。眼前にウインドウが浮かんでいるように見える。

「これはつまり、VR空間内に、AR……拡張現実を組み合わせた、ミックスドリアリティ?」


「そう、MR……複合現実の技術です。網膜への直接表示と、瞳の動き検知を神経レベルで行っています。ちなみに権限の違いはありますが、プレイヤー側も同じ技術でステータスなどの情報を入手しています」


 彩音はざっと表を眺めた。チェックポイントは十個ほどある。そのうち一つが、すでにプレイヤーのものになっていることが分かった。

「PLANT。養殖場ですか。そこがもう奪われている……。ここからすぐですね。そっか、あの子達はそう難しく考えてないのかな。行動開始までは戸惑ったり悩んだりしたのかもしれないけど、動き出したら、近くて奪いやすいところから確実にキープする……」


「そのようですね。二人の行動の軌跡はシンプルで単線的です。行ったり来たりはしていません。合理的といえば合理的。おおむね、アスリートのほうがノベリストに少し先行して歩いているようです」

「なるほど……。では、必要な程度には現状は把握しました」

「えっ。もう、ですか……?」


「必要な程度には、です。すでに敵が侵入している想定なら、情報は取捨選択すべきで。要らない情報はそれ自体がリスク。対策に必要な情報だけ、最低限、把握すれば充分です」

「それはそうでしょうが、いや、しかしつくづく、彩音さんのその判断や情報整理の早さたるや……。AIの専門家にしておくのは惜しい……」


「それはそうですよ。私はそもそも、セキュリティ対策のためにAIを扱っているんですから」

 と、潮見に説明してから、ふと彩音は首を傾げた。自分でも、おかしな言い回しをしてしまったようだ。


「とにかく、次です。次は、対象の現在情報。あの子達がどこにいてどこに向かっているか……。それを把握するのに手っ取り早いのは……位置情報とか監視カメラ映像ですが……。この島には、防犯カメラの類は?」


「もちろん、ありますよ。VR化のためにも必要ですから、島内はメッシュ状に撮影されています。それに、彼らのチミー情報にアクセスすれば、位置情報も持ってこられますよ」


「それなら、あの子達の現在位置と、その映像を」


「そうおっしゃられるだろうと思いまして、今の会話中に、すでにデータは抽出しました。画像検索をかけていただければ、あの子達が映っている映像がすぐ出てくるでしょう」

「検索はどうやって?」

「マスターの神経と管理機能は連動していますから、頭の中でラビットへのアクセスと、データベースから検索するイメージをもっていただければ……」


 言われるがまま、超能力や魔法が使える人ならこうするのだろうか、という気持ちで、ラビットの画像データベースへのアクセスと、目的の画像のイメージを思い浮かべる。


 またしても眼前に背景透過式のウインドウが浮かび上がり、いくつかの候補がリスト表示された。リストからの選択も、視線と意識を向けてやるだけで自動的に行われていく。ストレスはない。


 実に不思議な状態だった。

 自分自身が、ラビットが作り出したVR空間を体感しながら、その当のラビットの仕様を、管理機能自体を使って理解、習得しつつある。


 このVR空間においても、ラビットそのものは現実のラビットと同じように存在している。

 そのラビットの代弁者として、潮見もまた、現実の潮見と変わらない調子で彩音を導く。


 いつの間にかこのVR空間の仕組みと、ナビゲーターの潮見に馴染んでいた。

 まるで自然なことで、最初からこの空間にいたとしたら、これが現実ではないと信じることのほうが難しいのではないだろうか。


 管理者としての彩音の教育に、チュートリアルのこの仕組みは実によく機能している。

 現実空間からAIと対話するのではなく、AIの生んだ空間そのものをインターフェイスとしてAIと対話するこの仕組み。


 インターフェイスとして考えれば実に不思議なものだが、しかしなんとも違和感がないのも事実。

 そうか、こんな方法もあったか、と彩音は新鮮な驚きも感じていた。

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