6 地底旅行
その後、翔真も合流して食事処で朝食を終えると、潮見が現れて声をかけてきた。
「みなさん、朝食はいかがでしたか。それに杉山さんは、昨日が智峰島は初めてだと思いますが、お休みになれました?」
彩音は、なんとなく翔真達と顔を見合わせた。お互いに少し様子を伺ってから、軽く潮見に頭を下げる。
社交辞令ではあるが、実際、何一つ不満の無い朝食内容だった。これまでの宿のもてなしも申し分ない。
「それはよかった。では、早速ですが、皆さんにチュートリアルを開始してもらおうと思っていまして。一緒に来ていただけませんか」
しばらく様子をみるつもりの彩音はもちろん、翔真と優菜からも異論は出なかった。
「でも私はマスターですよね。プレイヤーの二人と同じでいいんですか」
「はい。権限は変えますが、まずは同じ環境で、習うより慣れろですよ」
潮見に導かれ、彩音達は朝凪館の廊下を移動した。
チュートリアルということは、VRでの智峰島を体験する、ということだ。操作系に慣れたりすることが主眼となるだろう。
VR空間をAIが用意し、その空間においてリアルな人間がシミュレーションを行う。結果をフィードバックして、AIをさらに学習させる。それ自体は、すでに実用化されている技術に過ぎない。
気になるのは、そのVRの再現度がどの程度のものであるか。
そして、それだけの環境を再現するために必要なコンピュータ。
この離島の智峰島に、VRもコンピュータも、あまりに似つかわしくない。
ラビットが元から島にあったという話といい、到底、信じられるような説明ではない。
そのカラクリを、この目で確かめてみたいものだ。
古い寺院建築から継ぎ足された新しい建物に廊下が吸い込まれている。
そこからは廊下の様子もコンクリ打ちっ放し風で、明らかに近代的な香りがする。
「ここから、雰囲気が違いますね」
「はい。ここからは、このプロジェクトのため増設した部分です」
窓一つない飾りっ気のない通路に入ると、ここが寺とつながっていたことも、離島であることさえ分からなくなった。
「ヘンなの……。さっきまでお寺だったのに」
翔真が首をひねりながら言う。
「本土でも、意外とあるんですよ。お寺の地下に、近代的な変電所や機械設備を収納していることが。ヘタに個人の権利を振りかざす市民よりも、はるかに行政に協力的ですから」
潮見はそう言いながら、立ち止まった。
一見して業務用エレベーターと分かる無機的なドアの前で廊下が終わっている。
「マスター、こちらへ」
昨晩、独立の夢を語り、彩音の心を解きほぐした潮見だったが、今日も相変わらず飄々としている。
この潮見という人は、どこまでも落ち着いて優しげだ。
それが、彩音には心地よく思えた。無理をしてついていく必要はなく、それでいて、迷わせることもなく。
第一印象からそうだが、無個性のように見えながら、それでいて確かに印象に残る言動をする。こちらの心に、すっと染み込んでくる浸透力。
潮見への興味は尽きない。
エレベーターに入ると、潮見は懐から小さなカギを取り出した。カードキーではない、まさかのどこにでもあるようなディンプルキーだ。
「ここからが、セキュリティエリアです。ラビットと接触するインターフェイス部分の端末設備があります。ですから、死守しなければなりません。このエレベーターは、このアナログなカギがなければ物理的に動かせません」
言われてみれば、エレベーターには操作パネルがない。階数ボタンも存在せず、あるはずの場所には鍵穴があるのみ。
確かに、エレベーターのボタンの下部にはたいてい操作パネルがあり、それを開くための鍵穴もついているものだが、ボタン自体存在しないとはどういうことか。
潮見はそのままカギを鍵穴に刺して回した。すると、ドアが閉まり、エレベーターがどうやら下に動き始めたようだった。
「なんだこのエレベーター、かっけええ……」
翔真が驚きの声を上げる。
「新しいエレベーターには、よく、ボタンを特定の組み合わせで押すとリセットや階数キャンセルが発動するとか、そういう隠し操作があります。しかし、ここでは、電子ロックも含め、電子的な制御はありません。このカギを回す向きで物理的操作をするようになっています。つまり物理的にここにやってこない限り、このエレベーターを外部からは動かせない」
「電子環境と物理的に切り離しているんですね」
「はい。もっとも確実なセキュリティです。もちろん、セキュリティ対策はこれだけではありませんが…」
彩音は静かに待った。
随分、長いことエレベーターが動いている気がする。
階数表示がないから分からないが、上に向かっていることはないだろう。外から見た限り、朝凪館はほぼ平屋だった。
地下に進んでいる。
それも、だいぶ深く。
島全体を管理するようなAI。
どれだけの処理能力を持つコンピュータが必要だろうか。
それだけのものが、こんな日本旅館というかお寺風の建物の地下深くに、本当にあるのか。
エレベーターが着くと、また潮見は別のエレベーターに彩音達を導いた。
エレベーター同士の間は、すれ違うのもやっとぐらいの狭い廊下が、カクカクと折れて結んでいる。
「これは、日本の、昔のお城と同じです。一直線に目的地にたどり着くことが出来ない。そこまでに、侵入者は一列縦隊にならざるを得ずに、守り手から狙い撃ちされるわけです」
「狙い撃ち!?」
彩音が思わず白い壁に覗き穴でも開いているのかと見回すと、潮見が笑った。
「狙い撃ち、は、たとえです。ここで侵入者が右往左往する間に、我々は対策をとれる。そういう仕組みですよ」
彩音は舌を巻いた。デジタルでのセキュリティ対策だけではない。物理的な侵入に対してもこの設備は対策を厳重に敷いている。そこまでして守ろうとしている設備とは、どんなものなのだろうか。
同じようにエレベーターと通路の組み合わせを何度か繰り返し、潮見はようやく一つの入り口の前に彩音を導いた。
「これは……金庫でしょうか?」
正面の壁には、明らかに銀行などの地下金庫と同類の大きな丸い金属扉が付いていた。
「似たようなものです。やっと、ここにマスターをお招きすることが出来た。この瞬間を、僕はどれだけ待ち望んでいたことか」
これも、アナログで開ける仕組みらしく、潮見はまた何かのキーを差し込んでから、取っ手を掴んでドアを手前に開いた。
「油圧式とはいえ、けっこう、重い……んですよ。さあ、どうぞ中へ」
彩音達は、ぽっかり開いた入り口をくぐった。
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