7 保護者

 無機的なコンクリートに囲まれた巨大な空間が開けていた。


 彩音達の身長より高い、漆黒の大型コンピューターが整然と幾列も並んでいる。

 仕事柄、スパコンが設置された企業の電算室に立ち入ったこともあるが、これはその規模の比ではない。

 おそらく、朝凪館とほぼ同じほどの面積の地下空間が、ここにはあるのではないか。


「ここが、ラビットのインターフェイス部分です。独立国ちみねの中枢はここと言っても過言ではありません」


 彩音はしばらく立ち尽くした。これは、今までの説明で受けた驚きの比ではない。

 ただただ圧巻で、そして脳が猛烈な計算を始めた。もちろん、目の前の設備には到底かなわない人間様の速度だが。


「これだけの設備。いくらかかって、どこから調達を」


「不思議ですか」

「不思議です。だってこんなの、国家レベルです。あっ、そ、そうか、国家……」

「ええ。ちみねは国家です」

「で、ですよね!? でも……そんな予算どこに……」


「ラビットはあらゆる手段で、必要なリソースは必要な手段で自ら調達します」


 彩音はただ困惑して、潮見のいつも通りのにこやかな顔を眺めるばかりだ。

 いくら独立を目論んでいるからといって、それまでは独立国でもなんでもなく、一行政区域にすぎない。

 こんな施設を設置したり運用するような資金が、普通はあるはずがないのだ。

 いつから潮見は独立を考えて準備してきたのだろう。

「仮に、お金はどうにかなるとしても。いったいどこからこの設備を……」


 運搬のこともある。

 離島にこれだけの設備を作るのだ。

 資材、コンピュータの部品、ケーブル、その他、もろもろ。


「調達手段や建設手段が疑問ですか。外から調達しようと思うから大変なんです」

「島内で……? いえ、そんなことが……」

「もちろん、すべてではありませんけどね。可能なことは内製で行う。それがちみね流です」


 彩音は軽い目眩をおぼえた。昨日から感じ始めていたが、ここには、彩音の常識が通用しない何かがある。


「たとえば智峰の電気はすべて自前ですが、まあこれは追って説明しましょう。ちなみにここにある機器の排熱に関しては、冷却は海水利用です。温泉の加温に使用したり、冬期の暖房に流用していますよ。ラビット本体は光子コンピュータですから、排熱は気にする必要がないレベル」


「本体…。そうだ、ここはインターフェイス端末だっておっしゃいましたよね。じゃあ、ラビットの本体部分は、別の場所に……?」

「そうですね。僕達が見付けた場所に今もありますよ。もっとも、島の人間以外には禁制地です」

「それは、私でもダメなんですか?」


 それまできょろきょろしていた翔真が口を挟んだ。

「島の人間ってなら、俺達は?」


「禁制地って、お社のことかな。それなら、翔真が言う通り、あたし達がマスターと一緒なら?」

 優菜も翔真に乗っかった。


「おやおや。ちょっと、待ってくださいよ。お二人はプレイヤーですから、マスターとはむしろ競争すべきであって。手助けをしたり、一緒に行動したりは、いけませんねえ」


「それは、シミュレーションの中での話でしょ? リアルのあたし達個人がどうするかとは、別だと思うし。それに、あたしだって知りたいな、あのお社にそんなすごいものがあるなんて、知らなかったもの」


「まあ、いいでしょう。機会があれば、ラビット本体の見学も考慮しておきます」

 潮見は折れた。


「いえぃ!」

 ラビット本体を見ることに特別な興味はないのだろうが、翔真と優菜は拳をつき合って喜びをみせた。


 優菜が彩音に微笑みかける。

「よかったですね。あたし達と一緒なら禁制は関係ないですよ」

「うん。ありがとう。二人がプッシュしてくれたおかげだね」


「さあ。脱線しましたが、そう難しいことは考えなくても。準備はすでに僕を含め運用メンバーとラビットが行っていますから、皆さんの力が必要なのはこれからです」


「そういえば、他の運用メンバーに、まだお会いしてないですね。ボスの潮見さんと、オーナーの住職さんだけで。それに、招かれたAIエンジニアも、私だけなんでしょうか」


「そうですよ、もちろん」

 潮見が、何を今さらと言いたげな表情をする。

「彩音さん一本釣りです。必ず、来ていただけると信じていましたから。他の運用メンバーは、チュートリアル内でも会えると思いますが、ちょうど紹介するはずだった方がそこにいますね。三人とも、奥の部屋へどうぞ」


 潮見は、パーティション状に区切られた奥の空間を示して歩き出す。


 彩音は首を傾げた。

 もし彩音が断っていたら、このプロジェクトは頓挫、もしくは延期になっていたのだろうか。

 四月一日はすぐそこだ。そんな猶予があったのか?

 あるいは潮見には、彩音を口説く確固たる自信があったのだろうか。

 昨日の語らいでしばらく様子をみることにしている彩音が、このまま潮見に追随していくという保証が?


 潮見の思惑はともかくとして。

 もし彩音一人だとしたら、この辺りで立ち止まって、もう少し慎重に行動しているのかもしれない。


 しかし、未成年の翔真と年下の優菜が、やや前のめりになって先に行こうとしているとなると。


 多少なりとも専門知識がある彩音が、この二人のブレーキ係として、危険や問題がないように監督する、そんな保護者スタンスで臨む責任がありそうだとも感じる。


 キョロキョロしながら翔真と優菜は先に進んでいく。

 そう、放っておくとこの二人はおそらく若さとお互いの馴れ合い意識の相乗効果で、向う見ずに進んでいきそうだ。


 やれやれ……。

 彩音は二人を追った。

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