6 タレント

「では……そろそろ始めてよさそうですね。まずは、お互いに知り合っておきましょう」

 潮見は、彩音達の卓を示した。

「いちいち名前や個性を覚えるというのも大変でしょうから、皆さんにはコードネームを振っています。名札の横に書いてありますので、これからは通称として使って結構です」


 彩音は自分の名札をあらためて確かめた。では『マスター』が彩音のコードネームか。


「まず、運用側からですね。僕とオーナーの他にもたくさんキーマンがいますが、今日のところは僕達を紹介しておきます。まず僕、潮見雄介。こんななりですが、智峰村の村長をしています。島民には権現様なんて茶化されるんですが、ただの村長です。コードネームはそのまま、『ボス』と呼んでください」


「謙遜だよ。ボスはこの島になくてはならないお人だ。もはや智峰島そのもの」

「いやあ、それを言ったら、オーナーこそ。こちらがコードネーム『オーナー』で、島で唯一のお寺、天磐寺のご住職、三戸寿太郎みとじゅたろうさんですね。この宿坊の実質的経営者でもありますので、オーナーということで」


 お寺の住職を英語で呼ぶというのも不思議な感覚だが、宿坊のオーナーという以上の意味が含まれているのではないか、と彩音はにらんだ。


 小さな島だ。冠婚葬祭のほとんどはお寺が取り仕切ってきたのだろう。

 彩音がこれまでイメージしてきたお寺、というものより、この島ではもっと本質的なものではないか。

 ここにただ寺がある、というだけではなく。古くから島の信仰そのものであり。


 結婚式や葬式など冠婚葬祭はすべて寺が取り仕切り、お堂は祝い事と法要の宴会場としても使われ、ほとんどの村人の生き死にを看取っている。

 それは、島人にとって、精神の拠り所とも言うべき特別なものであるだろう。


 いくら時代が新しくなったといっても、その権力は大きいはずだ。

 そして、そのオーナーをして智峰島そのものと言わしめる潮見は、それ以上に絶大な信頼を集めている、ということだろう。


 彩音が初見から抱いていた潮見への好感は、俄然、好奇心と興味へと変化しつつあった。


「他の者も、機会があれば都度ご紹介します。では今度は、皆さんの自己紹介を。僕がお招きした、ご自身の特徴的な才能というか、特技のようなものに心当たりがあると思いますから、それも簡単にお願いします。翔真君から、いいですか?」


「あ、はい」

 翔真は立ち上がった。


 彩音は、そっと翔真の名札を見た。

 翔真のコードネームは『アスリート』になっている。運動が得意らしいということが分かっていただけに、これは理解しやすい。


「俺は、智峰出身の高校生で、本土の……大学の付属校で、水泳の特待生でした」

「ジュニアオリンピック出たことあるんだよね、翔真は」

 と、優菜が横から援護射撃を入れた。


「うん、まあ、ね」

 翔真の言葉は歯切れが悪い。


 特待生が、なんとも正体を掴みがたいイベントだかゲームだかに参加するために、出身地の離島に戻ってくる。

 そこには何か、本人が後ろめたく感じる背景があるのだろう。


 次第に細くなった翔真の声に被さるように、潮見の強い声が通った。

「何か、気にしているのかもしれないですが、大丈夫。君は必要なんです。他の皆さんもね」


 そう言い切る潮見の声は不思議なほどよく通る。彩音はその声を聞くたびに安心している自分にも気付いていた。


 潮見が、優菜に向けて言った。

「次に、賀茂かもさん。あ、いえ、智峰では石塚いしづかさんですね。お願いできますか」


「ん、賀茂?」

 翔真が首を傾げて優菜の名札を覗き込んでいる。

 どうやら、優菜は、石塚優菜というフルネームらしい。


「賀茂……有紗ありさ? 誰だよこれ。優菜の名前、間違ってる」


 彩音は、その名前と別に書かれているコードネームに気付いて、合点がいった。

「『ノベリスト』……小説家のことね。つまり、賀茂有紗はペンネーム?」

「小説家ぁ? 優菜が!?」


「あれ、そういえば賀茂有紗って、どこかで聞いたことが……」


 優菜はにこりとして起立した。

「はい。本名は石塚です。売れない小説家で、一発屋という奴ですね。最初のだけ売れました。女性最年少の新人賞って……。映画化も、いま大河で主役の女優さんのデビュー作で」


「あ、そうだ! 何かの小説の新人賞。映画化もされてた。あぁ、見たわぁ…」

 …元旦那とね、と彩音は心の中で付け加えて、ぐっと腹に力を入れた。


「でも、その一作だけで。売れるお話というのが、さっぱり思い付かなくて。今はもう、ただのフリーターです」


「どうもどうも。いいんですよ、売れるものを書く才能と、優れたものを書く才能は別物ですから。智峰島があなたを必要としている、それは変わりません」


 そう、潮見が例の調子で優しくまとめた。

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