1 夕食

簡単な館内説明を受けた後で、彩音は部屋に通された。一人一部屋、ということなので、翔真もどこか他の部屋に案内されたのだろう。


朝凪館は、元はお寺だった建物をそのまま使っているものということで、ほぼ境内にあるようなものだ。

通路を風が通り抜けていく開放的な感じは、決して現代風の建物には存在しない独特のもので。


宿坊というと、堅い床にそのまま布団を敷いて、エアコンなんてもちろんなし、日が暮れる頃には眠り、夜明けとともに目を覚ます。おつとめとして廊下を雑巾で水拭きして、なんて勝手なイメージをなんとなく抱いてしまっていた。


しかし、実際は潮見が言った通り、部屋にはエアコンも取り付けられていたし、なんら普通の旅館と変わりはないようだ。

いや、むしろ、不人気な民宿あたりと比べれば、共同とはいえ洗浄機能付きであるトイレ一つとっても、こちらのほうがよほど快適に思える。

離島という寂れた雰囲気と、そのなかで整った電化製品があるミスマッチも、少し微笑ましく感じられた。


なんと、大きさ自体は家族風呂サイズだが温泉まで引かれていて、軽くひと風呂浴びてさっぱりし、備え付けの浴衣で、彩音は食事処に向かった。


食事処は横長の、何十畳もありそうな広い畳敷きの部屋だ。

「広い…」

元々はお寺のお堂か何かだったのではないだろうか。


その食事処の片隅に、向かい合って二列に卓が並べられている。

片方が三卓で、もう一方は二卓。

二卓のほうには、潮見村長と、三戸住職が座って談笑していた。


卓には夕食の配膳がすでにされている。


「あれ…」

すぐに彩音は気付いた。

先ほどの翔真少年と、もう一人、まだ知らない女性が、三つ並んだ卓に並んで腰かけている。

女性は彩音より少し年下、おそらく二十代前半ぐらいだろうか。翔真と笑顔で会話をしている。


翔真も女性も、彩音と同じく朝凪館の浴衣姿だ。ということは、この女性も、呼ばれたメンバーということになる。

彩音自身の社交性の悪さにも由来するとはいえ、先ほどは静かな印象だった翔真が、この女性とはずいぶん打ち解けた様子だ。ひょっとしたら、翔真のようにもともと島の出身で、知り合いなのかもしれない。


入り口で突っ立っていると、仲居が声をかけてきた。

「ご夕食、お支度しますから、どうぞ席へ」

「自由席ですか?」

「いえ、皆さんそれぞれ名札のお席です」


言われてみると、卓のそれぞれには、紙を折って作った三角柱の名札が置かれていた。

彩音の席は、三つの卓の、まだ空いている端の席だった。


「杉山彩音」の名前は、正面に向けてサインペンのようなもので書かれている。名前の横にはカタカナで「マスター」の記載。


そうしている間にも、仲居が卓の料理の支度を進めた。鍋に火が点され、夕食が始まる。

「お酒はどうします?」

仲居に訊ねられたが、彩音は断ってウーロン茶にした。

歓迎会、親睦会というスタンスのつもりだというのは分からないでもないが、この先に潮見からの説明が待っているのなら、まだ頭脳は明晰なままにしておきたかった。

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