5 村起こし

 簡単な館内説明を受けた後で、彩音は部屋に通された。一人一部屋、ということなので、翔真もどこか他の部屋に案内されたのだろう。


 宿坊というと、堅い床にそのまま布団を敷いて、エアコンなんてもちろんなし、日が暮れる頃には眠り、夜明けとともに目を覚ます。おつとめとして廊下を雑巾で水拭きして、なんて勝手なイメージをなんとなく抱いてしまっていた。


 しかし、実際は潮見が言った通り、部屋にはエアコンも取り付けられていたし、なんら普通の旅館と変わりはないようだ。


 大きさ自体は家族風呂サイズだが温泉まで引かれていて、軽くひと風呂浴びてさっぱりし、備え付けの浴衣で、彩音は食事処に向かった。


 食事処は横長の、何十畳もありそうな畳敷きの部屋だ。

「広い……」

 元々はお寺のお堂か何かだったのではないだろうか。


 その食事処の片隅に、向かい合って二列に卓が並べられている。

 片方が三卓で、もう一方は二卓。

 二卓のほうには、潮見村長と、三戸住職が座って談笑していた。


「あれ……」

 すぐに彩音は気付いた。


 先ほどの翔真少年と、もう一人、まだ知らない女性が、三つ並んだ卓のほうに並んで腰かけている。

 女性は彩音より少し年下、おそらく二十代前半ぐらいだろうか。翔真と笑顔で会話をしている。


 翔真も女性も、朝凪館の浴衣姿だ。この女性も、呼ばれたメンバーということだろうか。

 先ほどは静かな印象だった翔真が、この女性とは打ち解けた様子だ。ひょっとしたら、島の出身で、知り合いなのかもしれない。


 入り口で突っ立っていると、仲居が声をかけてきた。

「ご夕食、お支度しますから、どうぞ席へ」

「自由席ですか?」

「いえ、皆さんそれぞれ名札のお席です」


 言われてみると、卓のそれぞれには、紙を折って作った三角柱の名札が置かれていた。

 彩音は、三つの卓の、まだ空いている端の席。


『杉山彩音』の名前は、正面に向けてサインペンのようなもので書かれている。名前の横にはカタカナで『マスター』の記載。


 そうしている間にも、仲居が料理の支度を進めた。鍋に火が点され、夕食が始まる。


「お酒はどうします?」

 仲居に訊ねられたが、彩音は断ってウーロン茶にした。


 歓迎会というスタンスのつもりだというのは分からないでもないが、この先に潮見からの説明が待っているのなら、まだ頭脳は明晰なままにしておきたかった。


隣の二人の会話が自然に耳に入ってくる。


「智峰の地産地消ってところね。宿坊だから精進料理が出てきたらどーしようかと思ってた!」

「精進料理って何、優菜?」

 翔真は女性を『優菜ゆうな』と呼んだ。

 彩音が最初に抱いていた印象よりも随分明るい感じがする。優菜とは親しいようだ。


「翔真が苦手そうなヤツ。肉っ気がないの」

「そんなの俺、死んじゃうわ。でもこれは普通にうまいだろ。智峰島の名産尽くしだ」

「よく覚えてたね」

「分校で習った」

 やはり、二人とも智峰島の出身ということだろう。


「村起こしのゲームって、どういうことかな」

 と、翔真が、隣の優菜に訊ねる。


「体感型ゲームのプレイヤーなんだって、言われてるよ。それ以上は、あたしは」


「そういえば……あのう! 杉山さん、でしたっけ?」

 と、翔真が急に彩音のほうに振り向いた。


「あ……え、ええ。なあに?」

 口にしていたものを慌てて呑み込んで、彩音はうなずいた。


「杉山さん、さっき言ってたよね。プログラマーなんでしょ」

「まあ、広く言えば、そういう感じ……かな?」


「俺と優菜は、プレイヤーなんだって。プログラマーって、プレイヤーじゃないんだよね?」

「プログラマーさんって、ゲーム作ったりするほうの人ですよね。じゃあ、そもそも智峰のゲーム作るってこと?」

 と、優菜。


「そういう話は、このところ確かに、結構あるらしいけど……」

 彩音自身、よく分かっていないのだ。自分が抱いているモヤモヤを整理する意味でも、言葉に出してみる。


「……ゲームで人呼んで村起こしするって、聞いたことある」

「それを、智峰島で?」


「最近は、モデルになった土地に行く、聖地巡礼とかってのもあるんだって言うよ?」

「でも、俺達、智峰島が舞台のゲームなんて聞いたことないけど」


「だよね……。じゃあ、杉山さんが、そのゲームを作るの?」


 彩音は首を傾げた。

「どうかな。私は、広くとればプログラマーだけど、専門はAIの学習周りで……」


 翔真と優菜の顔にハテナが浮かぶ。


「えーと、つまりね、ゲームを作るプログラマーじゃないの。たぶん、ゲーム自体はもう、誰がが作ってて。私はその中のAIを担当する……んじゃないかな」


「うーん。で、俺達は、テストプレイヤー?」

「あたし、ゲームでも身体動かすのとかは苦手だ」

「身体動かすのは、俺がやれば大丈夫だろ」


 ふと彩音は、翔真から優菜へのこの微妙なアピールに気付いて、微笑ましく思った。


 おそらく本人は意識もしていないのだろうが、朝凪館に来るまでの、村長と彩音だけのときの翔真の挙動と、優菜がいるときの挙動と。実に分かりやすく違っているものだ。

 人間の頭脳や感情は複雑だなんて言われていても、なぜか突然こんな単純さが現れることもある。不思議なものだ。


 少しこの二人に興味が湧いてきた。

「二人は、どっちもこの島の出身?」

「俺達は、そうだけど?」


「私は本土から。智峰島なんて、あることも知らなかった」

「ふうん…。でも杉山さんは、プログラムとかAIとかなんか、すごいんでしょ? けど俺達は、なんでなんだろ?」


「そりゃあ、翔真は運動得意だから。水泳、出来るじゃない。他の運動だって万能だったでしょ」

「そんなたいしたもんじゃないよ。水泳はジュニアでまあまあだったけど、でも、もう泳げないんだし。俺ぐらい運動が出来る奴なんて、島にだってまだいるだろ。っていうか、じゃあ、優菜も何かあるってこと?」


「あたしが先に来て、仲居さんから聞いてちょっと知ってるのは、ね。智峰にすごい人達が集まってきてるらしいんだよ。一芸に秀でていたり、とにかくすごいんだってさ」

「はあ……。俺はそんなすごいこと、ないけど……」


「とにかく、説明会なんだもの、そういうことを教えてくれると思うよ。もうご飯も終わるもの、始まるんじゃないかな」

「なら、いいんだけどさ……」


 食後のコーヒーが出始めた頃合いをみて、潮見村長が立ち上がった。

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