3 潮見

 ミニバンが港の駐車場に滑り込んできて、スラックスに開襟シャツ姿の男が降りた。


 ぱっとしない第一印象。これといった特徴が何もない。それが彩音が抱いた最初の感想だった。


 歳は三十代後半から四十代というところ。

 背もそれほど高くなく、痩せているわけでも太っているわけでもなく。

 髪型にもこれという特徴がなく。

 眼鏡をかけていることぐらいではないだろうか。


 標準的地方公務員、という出で立ちだ。何一つ不快感も警戒心も抱かせない。ややぱっとしない、冴えないという印象がするぐらいで。

 もっとも、そんなことを言い出せば、それは彩音にだって当てはまるはず。

 たいした化粧もしていない、服だってファストファッションで固めて、髪は肩口でただ切り揃えているだけの工夫のないセミロング。


 それだけに、同じように何一つ飾り立てていないこの男の姿は、初対面であるはずなのに、どことなく安心感を抱かせた。すっと彩音の心に染み込んでくる佇まい。


 男は、少し港を見回してから、彩音達のほうにやってくると、彩音と学生の両方に声をかけた。

 静かで落ち着いた声。声を聞くだけで、緊張していた気持ちが溶けるように彩音は感じた。不思議な人だ。


「こんにちは。杉山彩音さんと……望月翔真もちづきしょうま君ですね?」


「はい」

「はい」

 翔真と呼ばれた少年もうなずいた。


 彩音は、少年を横目でチラリ見た。

 まさかとは思っていたが、男が声をかけたことで決まりだ。

 つまり、この学生も、彩音と同じプロジェクトに呼ばれたということではないか。


 男が、名刺を出して頭を下げてきた。


『村長 潮見雄介』


「しおみ、ゆうすけ……そ、村長さん?」

「はい」


 潮見は微笑んだ。

 なんともいえない微笑みだった。

 社交的に作った笑みではなく、かといって明るくはしゃいだようなものでもなく。穏やかさと人懐っこさと、そしてわずかだが憂いも感じさせたような気がした。


「潮見さんって……。すごい、島の人っぽい苗字…」

「はは、よく言われます。狭い島ですから、代々、苗字の由来も単純なものが多くて。島固有のものは、地形とか、僕みたいな職業由来が多いんですよ」


「はあ……。あ、それより、村長さん直々にありがとうございます。ただ求人に応募してきただけなのに……」


「いえいえ、杉山さんはキーマンですから。あ、それからもちろん、Uターンの翔真君も。君が来るのは楽しみでしたよ」


 と、拝むようなおどけたポーズをする。


「それにしても、まさか村長さんだなんて……」

「なに、お誘いしたのはこちらです。僕は会社の責任者ではありませんが、委託事業の責任者ですから、どちらにしても同じこと」

 潮見は笑った。


 この人の笑みは、まるで仏様のようだ、と、彩音は思った。

 むしろ、拝みたくなるのはこちらのほうだ、と思えてくる。

 話しているだけで落ち着いて安心してくる人なのだ。それが表情に由来するのか、声のトーンに由来するのか、あるいはその両方なのかは、分からないが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る