第16話 惨劇

 雨月の近くから離れようとする少女。


「俺から離れるなっ!」


 雨月は急いで自身から離れる少女へ近づくと胸元へと抱き寄せた。 


――と、その瞬間。


―――ズシャッ!!


 雨月の背から素早く切り裂く音とともに血飛沫が宙へと舞う。


「クッ……」


 その隙を絞めたかのうように3人の天帝兵が雨月の背後に続けて槍を突き刺した。


 雨月は片足片手を地へとつける。

 

 雨月の懐から離れる少女。


「ママ……」


「行っちゃ、ダメだ……」


 少女に手を差し伸べる雨月。


「うごくなっ!!」


 雨月は3人の天帝兵に背後からしきりに取り押さえられる。

 

 と、その直後、雨月の目の前を通り過ぎた天帝兵の1人が母親の元へと向かい、少女の髪を鷲つかみにした。


「きゃああああ!!!!やだよ!やだよっ!」


「こっちへこい」


 床に引きずられる少女は足をジタバタと動かし必死に抵抗する。


「ママ。マ、マッ。」


 少女は瞳から何粒もの涙を流しながら、地に倒れる母親へと視線を移す。


 必死にもがき、立ち上がろうとする雨月。


 雨月を離すまいと抵抗する3人の天帝兵。


――と、次の瞬間。


 雨月はかろうじて離れた右手で地に落ちたカラ傘をつかみ……


 カラ傘を宙へと勢いよく飛ばした。


「ぐはっ……!」


 勢いよく宙へ飛ぶカラ傘は少女の髪を鷲つかむ天帝兵の背中へと直撃する。


「逃げろ!!!!」


 体制を崩し、床へと倒れる1人の天帝兵の手から離れる少女。


 しかし、少女はその場から逃げることなく母親に近づこうと、擦り切れた体で半開きの目になりながら、ゆらり、ゆらりと母親のもとへと足を動かした。


「マ、マッ……」


 今にも途絶えそうな少女のかすれた声。


(母親は、母親はもう助からない。だから……そこから……)


 少女は倒れた母親の元へとたどり着くと、母親の胸元にゆっくりと寄り添う。


「お願いだ。そこから逃げてくれ……」


 雨月は身動きが取れず、どうしようもできない悔しさからか、悲しそうな瞳で少女を見つめた。


 そして、先ほど床に倒れた天帝兵がむくりと起き上がるや、少女に近づき後頭部へと銃口を向ける。


――カッシャ。


そして、一刻の猶予もなく……


「や、やめろ……。やめろぉおおおおおおおお!!」


 大声で叫ぶ雨月。


 雨月の声に反応するナキは、雨月のいる方へと視線を移す。 


――その瞬間。


 雨月は、天帝兵から一心不乱に体を振りほどき1本の手を少女へと差し伸べる……


 と同時に、フロアには銃声が甲高く鳴り響いた。


――バァ――――ン。


 煙の立つ銃口。


――ドサッ……。


 少女はそのまま母親の胸に眠るようにもたれかかり、そして……まもなく動かなくなった。


 目を見開くナキ。


 雨月は、光を失った瞳孔を大きく開く。

 

 その後、雨月はたちまち体から力が抜けるように床へと座り落ちる。


 1点を見つめる雨月が口から言葉を無意識にこぼす。


「あの時と同じだ。……無茶苦茶だ」


 雨月の脳裏に浮かぶ、死んだ母親の遺体と故郷の村中に広がる無数の血痕。


「また、罪のない無悪な者たちが、無残にも消えていく……」


 無抵抗な雨月に近づく、3人の天帝兵は容赦なく、ここぞとばかりに雨月を取り押さえた。




************************************************


「てめぇら、次から次へと湧き出しやがって……!邪魔すんなよ!!」


(こうなったら……)


 拳を握るナキ。


 フロア内に続けて響き渡る王都民の悲鳴の数々。


 シャルルは、ナキと交戦する天帝兵のわきを黙って通り過ぎる。


「止めなきゃ、止めなきゃ、止めなきゃ、止めなきゃ、止めなきゃ」


 シャルルは無我夢中に一点を見つめ「止めなきゃ」と繰り返し言葉を吐き、天帝会の豪華な白いコートを着る男がいる中央階段へと向かった。


「おい、シャルル!!ダメだ!」


 シャルルの行動に気づくナキはそれを止めるようと声を上げる。


 中央階段に座っている天帝会の豪華な白いコートを着る男。


 目をつむり、ゆったりとした姿勢でフロアに流れる伴奏に耳を傾けている。


 階段前に現れるシャルル。


「マニス!!」


 天帝会の豪華な白いコートを着る男(=マニス)は片目を開き、シャルルに視線を合わせる。


「なんだ?まだ曲の途中だ」


「もうやめて!」


 ひょいっと、マニスが立ち上がる。


 マニスは階段上から跳躍すると、シャルルの真横へと着地し……


「母なる愛の歌。まぁ~そう急ぐな。2章目はこれからだぜ」


 マニスはシャルルの肩に分厚いてのひらをトンッと置いた。


――その途端。


 逃げ惑う1人の王都民がシャルルの背後へと姿を現す。


「シャルル様。助けて!助けてくれ!!!オレは、何も何も……」


 シャルルは振り返ると、その1人の王都民はシャルルの目をどこか悲しく不安げな様子で見つめた。

 

「わたしは……」


 シャルルは何かを言おうと言葉を吐こうとするが、次の瞬間、目を大きく見開く。


――グシャリ。


 人体内部をもぐような鈍く重い音。


 シャルルに飛び散る血飛沫。


 その王都民は、天帝兵により背後から槍で突き刺されると、シャルルの目の前で崩れ落ちた。


 床に楕円状に広がる血液。


 フロアに生き残る王都民はもう一人としていない。


 シャルルは視線を落とし、フロアに無数に倒れる王都民を見つめ続ける。


「どうして……ここまでする必要があるの」


 マニスは何事もなかったかのようにシャルルの言葉を無視し、ただ今王都民を殺した天帝兵の方へ振り向き……ゆっくりとその天帝兵へと近づくと、天帝兵の目の前で足を止めた。


「すぅーーーー」


 マニスは大きく息を吸い、歌詞の2章目を歌い始める。




******************************

《第3王宮1階フロア》


―残り―


<脱獄組>

・ナキ

・シャルル

・雨月


<天帝会>

・マニス

・天帝兵数十名


―死亡―

・王都民数十名(フロア全員)

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