第12話 記憶の旅(メモリートラベル)

「バカ娘……」


 その様子を聞いていたアダマスが指のタクトを振るう。


――ガッシャン。


 閉ざしかける赤い鉄扉が停止する。


――ガッジャン。


 その隙を狙ったように固塊の中からムチを握るジークの腕が現れる。


 それと同時にジークの声が固塊の中からかすかに聞こえ……


「俺様はこの時を待っていたぜぇ」


 そして、ジークは固塊から出た手でムチを勢いよく部屋に入るシャルルへ向けて大きく振るった。


 それに即座に反応し、阻止しようとアダマスがシャルルに向かって指を動かすが、


しかし……


(間に合わないねぇ)


 シャルルの目の前にまで迫りくるムチの刃先。


 刃先を視界に捕らえたシャルルは目を大きく見開く。


――ドォン!


「そうだぁ。お前は必ず来ると思っていたぜぇ、紅髪!」


 シャルルを押し退けるナキが突如と現れる。


――ブッシュ!


 ムチの刃先は、ナキの振り払う腕を切り裂き、そして、即座にナキの腕にしゅるりと絡みついた。


「くっそう。離れねぇ!」

 

 ナキは腕に巻きついたムチを引き離そうと強く引っ張る。


 が、強く絡みついてほどけない。


 ジークは瞳からオーラを漏らすとひっそりとつぶやいた。


「当たれ。記憶の旅(メモリートラベル)」


「まずいっ」

 

 アダマスはそう言うと即座にムチのグリップを握るジークの指元へ「磁極」を刻み込んだ。


 グリップをつかむジークの指が徐々に引力で引きはがされようとするが……


「ハッハッハッハ」

 

 ジークが笑い出す。


「なるほどなぁ!やっぱ、紅髪はおもしれぇ男だぁ。まだまだ探りがいがありそうだぜぇ」


 そう固塊の中で意味のわからないことをつぶやくジークは上唇を舌でペロリと舐めながら笑みを浮かべていた。


 そして、次第にジークの手からはアダマスの磁力によりムチのグリップが離れ、床へと落ち、続けてナキの腕からもムチが離れ落ちた。


――ギギギッギギ。


 ジークの身体にまとわりつくモノがこすれ合い、激しく音が鳴り始める。


――と、次の瞬間。


 ピタッと音が鳴りやむと……。


――ドガァアアアアアアアアン。


 ジークにまとわりつくモノが一斉に粉砕した。


――ガラッ。ガランッ。ゴトッ。


 ジークの身体から床へと落ちる数々のモノの破片。


 ジークは自身の服に付着した破片を手で払うと、気力に満ちたナキに視線を移す。


「紅髪。随分ヤル気になってるじゃねぇか」


 シャルルの隣に立つナキ。


「シャルル。さっきはありがとうな。精一杯、最後まで抗いてみるよ」


 シャルルは吹っ切れた様子のナキの清々しくもどこか気迫に満ちた横顔を見つめた。


 アダマスは拳を握り、体から気力を放つナキの方へ振り返り、すぐさま声を上げる。


「ナキ!!シャルルを連れて早くいくさねぇ!! 自分なりの抗いを見せるさねぇ!!」


 アダマスは片目をつむり、口角を上げ、ナキに目配りをする。


(シャルルを、頼んだよ)


 ジークはすかさず何かをアダマスへ向けて投げる。


「ばぁーさん、少し黙ってろ」


――とジークが言った瞬間。


 アダマスの背中からは真っ赤な飛沫が一気に吹き出す。


 その光景を見て瞳孔を開くナキとシャルル。


 2人は口を開け唖然とまっすぐに立っていた。


――ポタッ。ポタッ。


 床に転がる鋭利な料理包丁。 


 料理包丁の先にまとわりつく赤い液体。


「はしれっ!!!」


 その様子を見ていた雨月は、すかさず鉄扉の外からナキへと向かって大声で叫んだ。


 ナキはその声により正気に戻ると、一瞬にして瞳に光を戻す。


 ナキの踏み込む足から気力が溢れ出る。


「アダマスさんっ!!」


 倒れこむアダマスを見て、シャルルは叫ぶ。


「シャルル、いくぞ」


 シャルルの手を引っ張るナキはシャルルをすぐさま担ぎ上げると鉄扉の外へ向かって、すさまじスピードで走り去った。


「アダマスさん。アダマスさん!」


 シャルルは、遠くに離れるアダマスを見ながら、手を差し伸べる。


 ナキは視線を暗く落とし口を噛みしめながらも必死に走る。


 アダマスは立ち上がると、1歩、2歩、3歩とふらつきながらシャルルたちの方へと向かい歩く。


 ジークが不敵な笑みを漏らす。


「いかせるかよ」


 ジークはアダマスの背後からナキに軽々と追いつく凄まじいスピードで姿を消す。


 即座にナキとシャルルの背後に近づくジーク。

 

 しかし、アダマスは床へと倒れ込もうとした瞬間に自身の指先を3人へとまたタクトのように振るい……そして、笑った。


 ジークは瞬時にアダマスの皇力を察知し、アダマスのいる方へゆっくりと振り返っる。


 「ばぁーさん、てめぇ!!」


 雨月に凄まじいスピードで引き寄せられるように飛ぶナキとシャルル。


――ドサアアアアアァ。


 2人を受け止める雨月。


――キュイィイイイン。


 閉ざされる隙間から見えるアダマスの温かくも、どこか満足したような笑顔。


――ガッシャアァン。


 完全に閉まりきる赤い鉄扉。


「あぁ~あ。逃げられちまったぜぇ」


 ジークは閉まった赤い鉄扉の前で足を止めると、残念そうにそう言った。




************************************************


 シャルルは、すぐさま立ち上がり扉へと近づく。


――ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドン……。


 重く大きく赤い鉄扉を何度も強く叩くシャルルのか弱き拳。


 その様子を見るナキと雨月。


「いややぁあああああ!!いやだぁあああああ。アダマスさん!!アダマスさん!アダマスさんっ……」


 シャルルは涙を頬へと流す。


――ドンッ!ドン……。


 シャルルが鉄扉を叩く音は次第に弱くなり、瞳から光が消えるようにシャルルはそっと地へと崩れ落ちた。


「ア、ア、アダマスさん……」

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