第6話 元王女とイカついばあちゃん
芋虫のように、うつぶせるナキ。
「イッテテテテ。あいつ、イチイチ乱暴なんだよな」
「あれ?良い香りがする……」
監獄とはかけ離れた明るい部屋に、薄いピンクで肌障りの良いカーペット。
左右を見渡すナキの目にまず入ったのは、目を見開いた和服男の横顔だった。
「おぉおおおい!てめぇ!」
ナキは床に腰掛ける和服男にまたがり手錠がはめられた腕で胸ぐらを勢いよくつかんだ。
揺れ動く、和服男の赤い真珠の首飾り。
「シャルルを……なんで、なんで殺した!!!」
「オ、オレは……」
ナキは悲しそうな顔で和服男の胸ぐらをさらに強く握りつかむと、自身の顔へと引き寄せる。
「答えろよ……そんなに、そんなに人を殺さなきゃいけねぇ理由がお前にはあったのかぁ!」
「ナキ……」
どこからともなく聞こえる別の声。
「そいつを失ったやつらの気持ちを考えたことがあるのかよ!」
「ナキッ!!」
「えっ……」
ナキは和服男の胸ぐらを離すと、その声に釣られるように立ち上がり振り返る。
その瞬間、1人の女性がナキにそっと抱き着いた。
「久しぶりだね、ナキ。やっと、やっと私の知っている人……生きている人に出会えた」
その女性がつかむナキの背の布は、ぐしゃりとしわを寄せる。
「ありがとう。生きていてくれて」
「シャル、ル?」
動揺を隠せない様子で突っ立つナキ。
そして、一時が経つとナキの胸から離れた女性(=シャルル)は曇りのない笑顔でナキを見つめていた。
「そうよ。お互い大きくなったね」
花々を透き通る風のような澄んだ声。いつまでも見ていられるような気品な顔立ち。ロイヤルゴールドの髪色。セミロングの髪型。豊かな胸に、スレンダーな体を包み込む質素にも感じる王女のドレス。
「なんで、なんで生きているんだよ……」
ナキはシャルル(元第3王女)に近寄ると、あちらこちらと観察をし始めた。
「ちょ、ちょっとナキってば」
照れる様子で頬を赤く染めるシャルル。
「ほんとだ。生きてる。偽物じゃない。シャルルの匂いもする」
「コラ、コラ、レディの扱いがなってないねぇ。お前さんわ」
シャルルの背後から聞こえる声。どこか若作りしたようなハスキーな声。
腰の後ろに手を組んだ女性が現れる。
オールバックのおさげ。髪の上にあるメガネ。お手伝いさんの服装。そして、耳にはピアスと手には指輪。
「いててて、腰が痛いねぇ」
「誰だ?このイカついばあちゃん」
「イカついばあちゃん?はて、私は耳が悪くなったのかいねぇ?」
優しい笑顔で、ナキを見るその女性。
首を傾げるナキ。
「この、ばあちゃん、どこかで……」
「てめぇ!レディの扱い方を一から全て叩き込んでやろうかぁ!」
そのナキの言葉を聞くや、そのイカついばあちゃんと呼ばれた女性は腰に組んだ片腕を自身の顔の前に出し……
天に向く2本の指をいっきに地へと振り下げた。
――と、その瞬間。
――ドガァアアア。
ナキはこの部屋に入ってきた時のように額を地に打ちつけ、芋虫のような体制へと戻った。
「イッテエエエエ!!!」
額を両手で押えるナキ。
「アダマスさん!やりすぎですよ!」
シャルルがイカついばあちゃん(=アダマス)に向かって言う。
「私は男にはめっぽう厳しいのさね」
「アダマス?まさか、このおばあさん……」
和服男が何かを思い出すかのように言葉を吐いた。
「てめぇも、言うかね!!!」
――ドガァアアア。
ナキの隣でナキと同じように芋虫のような体制になり顔をうつぶせる和服男。
「いってぇ」
和服男も激痛が走ったであろう額を両手で抑えた。
「2人とも大丈夫!?」
シャルルが2人に寄り添う。
「思い出したぞぉ……この攻撃。俺は何度も見た。このおばあさん、アダマスのばっちゃ…」
――ドガァアアアーーーン。
「イテェエエエエエエエエエエエエエエエエエ」
「お前さんもどこかのバカとそっくりで、まるで学習のない男になったもんだねぇ。はぁ…あの頃が懐かしいねぇ」
「フフフ。ほんとうに懐かしいわ。皆でいたあの頃は……本当に楽しかった」
ナキの隣で屈みこむシャルルは両手をグーにし……
「ナキ、ファイト!今アダマスさんは私のお世話係になっているけど、まだまだ腕は確かよ!」
(ポジティブ……)
ナキはシャルルに応援されるが何度も右の口角を上げながら苦笑った。
「挑まねぇよ。お前は昔っからそういう変にポジティブなところがあるよな」
和服男は床に座り、その3人の光景を見つめている。
(この3人は、昔からの知り合いなんだな……)
ふと、アダマスが和服男に視線を移す。
「そういや和服のお前さん。その顔の模様に背中のカラ傘…。カラカサ一族最後の生き残りの子、
シャルルが片手で口を押え……
そして、驚いた様子で和服男(=雨月)を見た。
「カラカサ一族って、あの悲劇の事件が起こった……」
「悲劇の事件?」
ナキは何も知らない素振りで首を傾げる。
「あの一族は滅んだはずじゃなかったの……」
続けて、おそるおそるとシャルルが呟いた。
「おっしゃる通りです。滅んだも当然です。でもオレだけがこうやって、のうのうと生きています」
どこか遠くを見つめる雨月。
「大変だったねぇ。お前さんが天帝会をずーっと嗅ぎまわっていたようだけど、理由は何となくわかるさねぇ」
(とくにその目を見ればねぇ……)
無神経な抜け殻のような雨月の瞳はどこか熱く、強く、力の宿った瞳へと変化した。
「ここ天帝国の王都ならアイツが見つかると思ったのに……」
雨月はそう言い、地に拳を振り下ろした。
「くそぉ」
「まぁ落ち着くさね。いづれ全てはわかることさ」
と優しい口調でアダマスは口を開いた。
「オレは、こんなところでぐずってる場合じゃないんだ」
雨月は自身の左腕を服の上から強く握った。
「うぅーーん。まてまて!全然話がわかんねぇよ!」
ナキが話をさえぎる。
「なんで!まずシャルルが生きているんだ!んで、この部屋はなんだ!全く監獄には見えないぞ!」
綺麗に整えられた王宮の一室のような品のある部屋。大きなソファーに机。垂れる大きな白いカーテン。キラキラと光るシャンデリア。その中にある、生活感あふれる各々に置かれた家具。
「フフフ。そうね。まずはそこから説明が必要そうね」
口に手をあて、クスリと笑うシャルルが言った。
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