第7話 迫りくる変態の脅威

 雨月が目を細める。


(確かに、このナキと名乗る男の言うことは一理ある……。明らかにこの状況の全てが不自然すぎる……。いったいこの王都で何が起こっているんだ) 


******************************


 長いソファーに座るナキと雨月。

 シャルルの隣にそっと突っ立つアダマス。


 シャルルはナキと雨月に向かって説明を始める。


「まず、この監獄は第3王宮の地下2階に位置しているわ。あなた達もジークから聞かされたと思うけれど、ここは『看守長のおもちゃ箱』という名の特別な監獄室なの。特別と言うだけあって通常の監獄室とは違うわ。部屋中を見渡してもわかると思うけど、私たちが生活するうえで不自由しないようになっているの……」


 続けて、アダマスが口を開く。


「まぁ、簡単に言えばあの変態がお気に入りの重要人物を一時的に保管しておく場所だねぇ」


(あの変態……)


 全員の脳裏に浮かぶ、ジーク看守長の不吉な笑顔。


(うん。あいつだな……)


「う~ん。と言っても私たち以外の囚人は、だいたいがすぐに尋問?拷問?のためにジークに連れていかれるんだけどね。ナキや雨月君からすると現時点でここはその時間まで時間を潰すための待機室みたいなものかな」


「ってことは、あの変態野郎がまたここに来るのかよ!!」


「そうなるわ」


 シャルルはナキの嫌がる面を見て表情を柔らかくしてクスクスと笑った。


 真面目な話をしているはずなのだが、どこか楽しそうに話すシャルル。


「あんた、今日は随分と機嫌よく話すじゃないかい」


 不意にアダマスがシャルルを見て言った。


「え、そうかな?でもアダマスさん。楽しいの。こんな時間がまた続けばいいなって思うから……」


 少し視線を落とすシャルル。


 ナキと雨月はその一瞬消えかかりそうなシャルルの笑顔をただ見ていた。


 アダマスがふと言葉を漏らす。


「そうだね~。もうここにきて10年……」


「10年?!」


 ナキと雨月は驚いた様子でシャルルの顔を見た。


「シャルル!お前、こんなところに10年もいるのか!」


「10年もの間この監獄で……」


 雨月はナキに続いて小さく口を開いた。


「もー、それはいいから!話戻すからね!過去は振り返らないこと!アダマスさん!話をそらしたらダメですよ!」


「ついつい。ごめんさねぇ」


「そ・れ・で、私がこうして生きている理由は簡単。…生かされているから。実はジークのお気に入りではなくて、誰かが私を殺さないようにしている。よくジークからも聞かれるけど、誰なのか、何のためかは……私にもわからない」


 そう言い、シャルルが首を横に振った瞬間。


――カランッコロン、カランコロンッ。

――ホー。ホー。


部屋中に響き渡るフクロウの鳴き声。

赤い鉄扉の上部にあるもう1つの小さな扉から鳩時計のようにフクロウが顔を出す。


ナキと雨月が飛び出たフクロウに視線を移す。


一瞬、静まり返る部屋。  


――カランッコロン、カランコロンッ。

――ホー。ホー。


 繰り返し部屋中に響き鳴る音。


「お姉さん、あれは?」


 雨月がアダマスに問いかける。


「合図だねぇ。あと15分もすれば、ここにジークが来るというねぇ」


「おいぃ!もたもた話してる場合じゃねぇ!早く隠れねぇと!」


 ナキは冷蔵庫や棚、机の下、カーテンに巻き付くなど必死に身を隠そうとするが……


「ナキ、そんなことをしても無駄さねぇ。あんたらがこの部屋にいることも逃げられないことも全てヤツは分かっておる。それに、そこの鉄扉はおばばの力でしか開けられないようになっておるからねぇ。おばばがここを開けない限りお前さんたちは逃げられない」


「ほんとか!じゃあ、早くここを開けてくれよ!……おば、おねぇ、さん!」


「随分都合がいいじゃないねぇ?ナキ。出してやってもいいがジークはそこまできておるし、ジークと鉢合わせたらどうするんさねぇ?」


「そりゃ、ぶっ飛ばすなり、何とかするさ!」


「はぁ~」


 アダマスは目をつむり、首を横へ振る。


「不可能だな」


 雨月も横やりを入れるように呆れた様子で言った。


「そんなもの、やってみねえとわかんねぇだろが!」


「わかるさ。まずジーク看守長の強さがわかっていない時点で、お前の勝敗は見えている」


「あいつがタダもんじゃねぇてことはオレにもわかる!はっはーん。お前まさかオレの強さがわかってねぇーらしいな」


 挑発するようにナキは雨月を見て言った。


「お前はあいつより確実に弱い。さっきも一瞬でやられただろ」


「くっ…」


 ナキは怒るような様子で視線を落とした。


「上等だ。なんなら、ここでオレの本当の力をお前に見せてやるよ」


「もう!喧嘩はやめて!あなたたち2人が争ってどうなるのよ!時間もないのよ!」


 シャルルが2人を叱りつけるように言った。


 ナキから目を逸らす雨月。


「だいたいあなた達、手錠をしてることも忘れないでね!」


 ナキは落ち込むように自身の腕を見た。


「そうだった……」


「ナキよ。残念ながら雨月の言ってることは真実だねぇ。お前さんは決して弱くはないだろう。しかし、やつは別格。天帝国第3王宮の看守長でありながら『七英傑ナナエイケツ4席』でもあるさねぇ」


「七英傑4席?」


「そんなことも知らないのか、首輪君。天帝会の中でも最強とうたわれる七人の英雄の1人。その中のナンバー4フォーさ」


「どれだけ強えんだよ!俺にはそんなことわかんねぇ!それに、首輪君じゃねぇし!!オレはナキだ!あいつ…さっきからオレをバカにしやがって」


 シャルルがナキと目を合わせる。


「わかってるよ」

 

 雨月から目をそらすナキ。


「まぁ、七英傑はこの大帝国を占める人間の頂点に立つような強さを持っているやつらってことさね。つまり最強さね」


「あぁー。じゃあどうすればいい……。オレには戦う、逃げるしか思いつかねぇのに。せめてこの手錠さえどうにかなれば……逃げられるかもしれないのに」


「アダマスさん。何かいい方法ないかな。……あっ!」


 シャルルは何かを思いついたように、口をポッと開ける。


「じゃあ、ナキがいないと私は生きていけないので、ここでいるようにジークに説得するとか!」


「シャルルあんたって子わ…」


 頬を赤らめるシャルルを見て、アダマスが頭をかかえる。


「それじゃ、オレが一生ここから出られねぇだろ!」


「まぁ…たしかにナキの言う通りね…」


「あぁ~女神様!」


 ナキは助けを求めるように天井を見た。


「呼んだかい?」


 アダマスがナキを見る。


「いいえ、呼んでいません」


「おいコラ!ぶっ飛ばすぞ!小僧!」


「いや、もうぶっ飛ばされてるんだけど……」


 床に芋虫の体制へと戻るナキ。


「いったい、わしを誰だと思っているんさねぇ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る