第8話 老いぼれの思い

 雨月の前へとゆっくりと近づくアダマス。


「さぁ、雨月。お手をかし」


 アダマスは雨月の手枷を両掌で包み込む。


――ガッシャン。


 粉砕する手錠。


――ガランッ。ゴトン。


 続けて床に落ちる手錠の破片。


「すごい!アダマスさん!」


 シャルルが声を上げる。


 雨月はその光景を見て驚く様子を隠せずにいた。


「ほら、ナキもおいで」


――ガッシャラン。


 そして、あっという間にナキの手錠も粉砕し、手錠の破片が床へと落ちた。


「まじで、すげぇな!おば、あっアダマスお姉さん!」


 無邪気な笑顔でナキを見るシャルル。


 その様子を見つめるアダマス。


「ほら次は、シャルルさねぇ。おいで」


「ん?」


 シャルルは不思議そうに首を傾げ、アダマスに近づく。


「ちょいっと」


 アダマスは自身の目線よりシャルルに背を低くするよう手を下へと振るうと……


「あ、何か落としちゃったの?アダマスさん」


 シャルルは床を見渡した。


 そっとシャルルの頭上にのるアダマスの手のひら。


「10年間も辛かったねぇ。……寂しかったよねぇ。……こんなおばばと一緒にいてくれて……」


 アダマスはシャルルの頭を優しくなでた。


「ほんと、ありがとうさね」


「アダマスさん……」


 シャルルは頭上にあるアダマスの手を包むように握り、立ち上がる。


「どうしたのよ急に。私はこれからもアダマスさんと一緒だよ。10年でも20年でも平気」


 そう言ったシャルルは少し悲し気な顔で口を緩ますとアダマスの顔をじっと見つめた。

 

 アダマスは黙って首を横に振る。


「若い子はねぇ、盛大に人生を楽しまなきゃいけないもんさね。そして、それを作ってやるのが老いぼれの役目ってものさねぇ。シャルル、あんたはね。もっと自分のために生きなさい」


「何を言ってるのよ。私は毎日充分楽しいわ……。だからそんなこと急に言わないで」


 アダマスはシャルルの言葉を無視するように口を開く。


「1人じゃ逃げられないが、そこのイカした男達とならまだ希望はあるさね。これはチャンスだよ」


「おい、アダマスのばっちゃん。それはどういうことだよ……」


 落ち着いた様子でゆっくりとナキが言葉を吐いた。


「ばっちゃん……。はぁ~。ナキ、お前は本当に学習せんねぇ。まぁ、七英傑のジークさえ足止めできればなんとかなるかもしれないってことさね」


「それってさ……」


「そうさね。おばばがここでジークを足止めしている間にお前たちを逃がすのさね」


「いやよっ!私はアダマスさんを置いてなんていかない!私はずっとここにいる……。だからナキと雨月君だけ逃がせてあげて」


「大丈夫ねシャルル。おばばはジークとも長い仲さね。うまいことやるわい。不安ならおばばの安否はこの指輪アビリティリングで確認するね」


 アダマスはシャルルに向け右手にはめた指輪を見せる。

 

 そして、その指輪に視線を移した雨月がひとりでに話し出す。


「生死の指輪リング。Aレート、アビリティリング。……契約した相手の生死を確認できる指輪」


「いや!ぜーったいに、いや!」


「シャルルよ。おばばを信じなさい」


 シャルルは黙ってそれ以上口を開かない。


 ため息をつくアダマス。そして勢いよくスゥ―っと息を吸い上げ……


「言うことをきくさね!バカ娘がぁ!」


「うるさいわね!私の人生に口出ししないで!」


 口論を始める二人。


 言葉を重ねる度にシャルルの目に溜まる涙。


 その様子を見て、いても立ってもいられないナキが2人の会話をさえぎるように……


「なっ!他に方法を考えようぜ!ほら、この頭の良さそうな雨月君も一緒に考えてくれるからさ」


 ナキは雨月に近寄り、馴れ馴れしく肩を組む。


「おいお前、急に馴れ馴れしくするな」


「いや~さっきはシャルル暗殺のことでいきなり疑って殴ったりして悪かったな。……ごめん」


 急に素直に言葉を漏らすナキの言動に戸惑う様子の雨月。


「し、仕方がないだろ。オレでもきっとそうしていた……。って早く離れろよバカ!」


 雨月はナキから離れるためにカラ傘を隣のナキに向かって大きく振るった。


「あぶねぇーな!」


 ナキは、危機一髪避ける。

 

 そんな最中、シャルルとアダマスは依然と向かい合っている。


「シャルルさっき、あんた言っていたねぇ。おばばの腕は確かって」


 シャルルは誰が何を言おうと納得できないような素振りで泣き崩れそうな顔を必死に何度もこらえながら突っ立ていた。


 ……何も言わずに。


「はぁ~。わかった、わかったさね」


(全く素直じゃない小娘さ。父親の『第3王』にそっくりだわい)


「いっつもあんたの頑固さには勝てないねぇ。おばばわ」


 首を振り呆れた様子のアダマス。


 シャルルは小さく言葉を漏らした。


「私はもう大切な人を失いたくないから……」


「まぁ、とにかく時間がないさね。おばばがジークを食い止める。だからその間にナキも雨月もタイミングを見計らって逃げるさね」

「おばばとシャルルは世間で死んだことになっている身。生かす何者かがいる限り生き残れる可能性もある。でもお前さんたちは別さ。だからしっかりお逃げっ」


 雨月が唐突にアダマスに言う。


「どうして、全く知らないオレを逃がす義理があるんですか」


「わしゃ若い男が大好きだからね。さっきも言ったけどねぇ、若い子が盛大に人生を楽しめるようにしてやるのが老いぼれの役目ってもんさね」


 それ以上の質問は野暮だと踏んだ様子で雨月は静かにアダマスに頭を下げた。


「アダマスさん。恩に着ります」


「気にしなさんな。人肌脱ぐのは男だけじゃない。おなごの方が人肌脱いだらすごいんだからねぇ」


 そう言いアダマスが雨月にウインクをした。


 額に冷汗を垂れ流す雨月。




――カランッコロン、カランコロンッ。

――ピヨピヨ。ピヨピヨ。


 部屋中に響き渡る音。

 再び静まり返る部屋。


 先ほどのフクロウとは違い、赤い鉄扉の上部の小さな扉から次は大群のヒヨコ達が顔を現す。

 

 と同時にナキと雨月がそれに反応し、赤い鉄扉へと視線を移した。


「開けろぉ~!」


 ジーク看守長の大きな声が鉄扉の外より聞こえる。


「さぁ、開けるさねぇ。お前たち準備はいいかい?」


 息をのむナキ。

 目をキリッと開く雨月。


「それだと、ばっちゃんがカッコよすぎんだろが」


 と、ナキは誰にも聞こえないような小さな声で言った後、拳を顔の前で握り立ち……


 雨月も緊張を感じさせるように背中のカラ傘を片手で強く握り持った。

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