第25話 覚悟

(揺るがぬ本気の覚悟。殺してでも奪いたけりゃ奪えと……。そして、オレがお前らの死をも背負えってか……)


 一瞬、レオンは微笑んだ。


 ナキは凄まじい顔つきで立ちすくむ。


(なるほどな。こいつの方がシャルルを助けたい気持ちが勝っていると……)

   

 遠くを見ながら煙草を吸い上げ、一息つくレオン。

 

 その後、すぐさまレオンはナキに背を向け、主王宮の方へと一歩一歩と黙って歩き離れていった。


「信用なぁ…」


 と、レオンはその言葉を吐き出すと同時にナキと雨月の方へと振り向く。


――その瞬間。


――ズッシャ。


 宙へと流れ出る赤い涙。

 一瞬で消えるレオンの片目。


 レオンの瞑る目から流れる血。

 自身の片眼球を手に持ち、突っ立つレオン。


「えっ……なんのつもりだよ」


 目を見開くナキ。


 予想もしなかったであろう出来事に驚きを隠せない様子のナキと雨月。


 眼球から滴る血がレオンの指を伝う。


 額から汗を流す雨月。

(どういうことだ……)

   

「気持ちで勝負したくなった」


 レオンは口角を上げナキを見る。


「わるかったな。お前の覚悟が誰にも引けを取らないことは、よーくわかった。もうタダで渡せとは言わねぇよ」


――ブッシュッッ!!


 レオンは掴んだ眼球を握り潰す。

 水風船が割れるように握った拳から飛散する太陽に照り光る液体。


「オレも命を賭けよう。だから、今からお前が元王女をオレに渡す納得がいくまで、オレの覚悟を示す」


(なぜ、こいつはここまでするんだ……)

 突っ立ったままの雨月。


 ナキは黙ってレオンを見る。

   

「それでも自分で助けたけりゃ、黙ってオレを殺して行けよ。…………背負え」

   

 レオンは浅く笑った。

   

(もし、ナキが何もせずにレオンを無視しシャルルをここから助けたとしても、あいつは自らの死をナキに背負わせる気……どれにしても誰かが犠牲になるのは必然……)


「ナキ……」


 ふと雨月が口を開く。

   

「さぁ、次だ」


 自身のもう片目に手をかけるレオン。


「待てよ。なんで。なんでっ!オレ達を殺してでも奪わない!力のあるやつがやりたいようにできるんじゃねぇのかよ!」


 ナキはレオンに力強く言い放つ。

   

「なんでそこまで、するんだよ!」

   

 レオンは眼球に添えた手を止め、ものやわらかな優しい面で言葉を吐く。


「お前と同じさ。助けたいからだよ。……だから、その気持ちでオレは負けたくねぇ」


 レオンは一息に空気を吸うと大声をナキに浴びせる。


「オレはお前の死を背負ってでもシャルルを助けるぞ!!!……それが同じ人間を同じように思うやつの死でもだ!!」


「それが、オレの覚悟だ!!」


 ナキは瞳孔を揺らしなが、目を大きく見開いた。

 そして、抱えるシャルルをゆっくりと見下ろした。


「くっっそぉ……」


(まだまだあまいな~。お前は優しすぎるんだよ)


「勝負あったな……」


 ナキの隣に立つ雨月が言葉を吐いた。


「ナキ、今のオレたちでは格が違いすぎる。誰も今、犠牲になることはないだろ。今のオレたちにはやるべきこともある。……それにこいつの光までも背負って生きていけるのか。オレたちにそれだけの力があるのか」


 黙り込むナキ。


「きっと守る。助ける。っていうのはそういう覚悟ちからなんだよ。今の相手の行動を見ていてわかると思うが、そいつもシャルル王女を悪くはしないだろう」


 雨月を見て笑うレオン。


「冷静で頭のきれるガキだ。まったく誰かさんにそっくりだぜ」

   

 ナキは重い表情でシャルルの顔を見つめた。


「わかってるさ。オレにも覚悟はあった……。でも、目ん玉とってでも命を懸けてでも、誰かの命を奪ってでも、それも全部ひっくるめて、シャルルをオレは助けられたのか……これからもだ。……いや」


 ナキはシャルルを抱えたまま膝を地につけた。

   

「オレは、あまりにも、無力だ」


 穏やかに眠るシャルル。


「ごめんな、シャルル。約束、破っちまって……」


 ナキの片目からポロッポロッと涙が流れる。

 シャルルの頬に伝う雫。


「獅子帝レオン。オレと約束してくれ!!シャルルを必ず助けるって……」


「あぁ、わかった」


(……この目で良いものが見れてよかったぜ)

 

 とレオンは残る片目を指で見開き微笑んだ。


(お前らをこの先も見たくなっちまったな。……ははっ。こんなことを思うようになったのか、オレわ。……もう歳だな)




――カツンッ。カツンッ。


 雨月の背後から近づく聞き覚えのある足音。

 雨月は身に覚えのある異様な気配を察知する。

 額から雫を流す雨月。


「あの変態看守長…もう追ってきたのか。……まずいな」


 雨月の後ろで足音が止まる。

 

 ジーク看守長は手でムチを持ち上唇を舌でなめると口角を上げ、口を開いた。


「みーつけたぁ~。お前ら相変わらず逃げ足おせぇーなぁ~。随分オレはまったぜぇ~」


 と、――途端。


 ジークは驚き動揺する。


「七英傑3席の獅子帝様が…?おいおい、冗談だろぉ~」


 ジークはレオンの目を見つめる。


「どういうことだよぉ」


「よっ、ジーク!」


「てめぇ、その片目どうしたぁ」


「こいつにやった」


 レオンは煙草を咥え、笑顔でナキの隣に屈みこみ肩にぽんっと手を添えた。


「なっ!紅髪」


 ナキは歯を食いしばり、黙り込んでいる。


「なんの気まぐれだぁ。何勝手にやってやがんだぁ!それで俺様に引けをとってみろ。すぐにでも殺してその座を奪い取ってやるからなぁ~!」


――ハハハ。


 レオンは立ち上がり、後ろ髪をかき上げながら笑う。


「まぁ、そんな怒るなって。俺にしちゃ~珍しいだろ。安心しろ。お前には片目を失ったぐらいじゃ負けないからさ」


「昔から、むかつく野郎だぜぇ~(たしかに、実力は本物だからなぁ)」


「そういや、お前、こんなところまでわざわざ来るなんて珍しいな。何をしにここへきた?」


 煙草を吸い、煙を吐くレオン。


「わかってやがんのに…ほんとにつれない野郎だぜぇ~。今日はつれねぇ~やつばっかだなぁ」


(まぁ、おそらくこいつの首のCROWNRINGクラウンリングと2人に鎖をつけにきたって、ところか)


「随分、お前ら気に入られたみたいだな。ま、オレも気にいったけどなっ」


 雨月はカラ傘の持ち手を掴みジークの方へと振り返る。


 咥えたばこで突っ立つレオン。


「相変わらず好きだな。お前の変態な趣味は昔から理解できねぇ~わ」


 口角を上げるジーク。


「変態上等。そいつらは俺のもんだ」


 ジークはナキに向かってムチを勢いよく投げる。


――カキンッ。

   

 雨月がカラ傘を振り、ムチを弾く。


「邪魔するなよぉ~」


「いやだね」


 と少し笑みをこぼし余裕ぶるが、焦りからか額の汗が止まらない様子の雨月。

 カラ傘の持ち手が震える。


(やばいな。次の攻撃への緊張が止まらない……)

   

「シャルルわるいな。オレはもっと強くなるからさ。それまで待っててくれ」


 シャルルを抱え、立ち上がるナキ。


「まぁ待てよジーク。オレはこいつと取引したんだ。こいつらには手を出すな」

   

「俺様がそんなことで止まるとでも思ってんのかぁ?欲しいものは全て奪うに決まってんだろぉ~」


「いーや、止まるね。お前、良いやつだからなっ」


「あーうぜぇなぁ~」


 レオンは笑顔でジークを見る。

 

 ジークは口角を上げて言う。


「まぁでも、もう、お互い思い通りにはいかないみたいだぜぇ~」


 その直後、レオンはレイコンマ1秒で背後の気配に気づく。   

 背後から近づく3人の足音。


 レオンはため息をついた。


「ほんと、嫌なタイミングだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る