第19話 愛の選択

 シャルルは足をその場から一歩も動かずに、ただつっ立っている。


「シャルル……!(どうした……)」


(ナキ、ありがとう。私はあの戦争以来アダマスさん以外の人を全て失った。だから、今日あなたに会えて本当に心から幸せだったよ)


 マニスに向けられる銃口。


「マニスッ!今ここにいる2人を逃がしなさい!そうすれば……私は大人しく言うとおりにするわ」


「それが、あなたの答えか……」


 マニスは笑顔でシャルルの強い眼差しを見た。


「そう、これが私のしたいこと」


 ナキは横目で背後のシャルルを見ようとする。


「シャル、ル、逃げて、くれ」


 首を締めあげられるナキの遠のきそうな声。


「ごめんね、ナキ」


 シャルルは優しい顔でナキを見る。


(私のわがまま許してね)


 シャルルの震える手。


 定まらない銃口。


「ふんっ。おもしろい」


 マニスはナキをつかんだまま一気に腕を床へと叩きつける。


――ダァァアアアン。


 背から叩きつけられるナキ。


「ぐはっ!!」


 ナキは勢いよく腹から空気を吐きだす。


 マニスは叩きつけたまま屈んだ体制で瞬時にシャルルの目の前へと近づき……


 そして、マニスは銃を握るシャルルの両の手を包むように、そっと自身の両の手を覆いかぶせた。


――カチャ、カチャ。

――カチャ、カチャ、カチャ。


 シャルルの握る震えた銃口がゆっくりとマニスの胸へあたる。


「さぁ、あなたの愛を示すときだ」


 マニスは目を見開く。


「さぁ!さぁ!」


「引き金を引け!!」


 マニスは引き金にかかるシャルルの指の上から重ねて力を入れる。


「あなたがここで引き金を引けば俺は死ぬ。引かなければあなたと、そこの2人(ナキと雨月)は確実に殺す。あいつらの実力では私には敵わない。だが、今なら助けることができる。あなたの愛によって」


「さぁ!愛の選択だ!」


 シャルルの引き金に添えられた指の力が徐々に増す。


「私が憎いだろ。今すぐにでも殺してやりたいだろ。そう!それが!それが!愛、愛、愛愛愛愛!」


「それこそが貴様の真実の愛……歪んだ醜い愛なのだ……」


 マニスがシャルルの耳元でささやいた。


「さぁ!むき出せ!引け!!貴様の愛を示してみろ!」


 シャルルは涙を流しながら銃を強く握り持つ……、が


「私は、私は……」


「汚ねぇぞ!マニス……!!」


 ナキは倒れながら床へ拳を叩きつけた。


(シャルル、お前に、そんなことができるわけ、ねぇだろが……)


 たちまちシャルルの指の力は次第に弱まり……


 銃はシャルルの手から床へと滑り落ちた。


(ナキ、アダマスさん、雨月君……ごめんなさい)


――カッチャン……。


 床に響き立つ金属音。


「はぁ~。なんて素晴らしい」


 そう言うとマニスは腰からもう1丁の金色の銃をとり出す。


 目を見開くナキ。


「残念だが、お国のためにそこの2人には死んでもらう。だが、それがあなたの選んだ愛の結果だ。……王女としての自決の意思だけは称賛しよう。せめて母なる愛のもとで眠るがいい」


 シャルルのひたいに当たる銃口。


「やっぱ私は、誰かの命を奪うなんてできないや。勝手なことして、ごめんね、ナキ。生きて……」


 目をつむるシャルル。


「やめろ。やめろ」


 片目を開き、ナキはシャルルの元へとふらつきながら必死に歩み寄る。


「やめろぉ!撃つな、撃つなぁ!!!!」


 次第に目を大きく開くナキ。


「シャ、シャルルーーーーー!!!!!!!!!」


――バァ―ン。


 シャルルの眉間を貫く銃弾。

 宙へと浮くシャルルの体。


 銃を構えたまま微動だにせず、突っ立つマニス。


――ドサァアアア。


 シャルルはあっけなく床へと倒れ落ちる。


「おい、シャルル。シャルル。シャル……ル」


 マニスの隣を通り過ぎたナキはシャルルの元へと近づく。


「おい、おい、おい、おい!!!」


 ナキは目を閉じたシャルルの顔を眺め、必死に肩を揺す。


「まただ、まただ、まただ、まただ……まただ……」


 ナキの力強く握るシャルルの服の布がしわをよせる。


「なんで、みんな……。いつも、こうなる」


(なんで、あいつみたいな優しいやつが命を奪われるんだ)


 ナキは拳を床にうちつける。


「くっそ。オレが、弱いから……」


 ナキは悲しそうな面で歯を食いしばり……。


「くっそ。くっそ、くっそ、くそぉおおおおお」


 大きく上を向いて声を上げた。


「やはり愛は美しく、素晴らしい」


「お前は、お前は、愛なんかわかっちゃいねぇよ」


「ほう?」


「シャルルがなんで引き金を引かなかったか、わかるか……」


「それはお国のためだ。お前も見ていただろ?自ら自決を選んでのことだ。それとも自身の手を汚したくなかったという……ただの自己愛とでも言いうのか」


「お国のため?自己愛?……お前は何を見ていた。勝手にあいつのこと、わかったようなこと言ってんじゃねぇよ。そんなもの、こいつの本心にはさらさらねぇんだよ!辛くても、苦しくても、憎くてお前を殺してやりたくても……。それ以上にお前の命を優先したからだろうが。……お前の命を奪ったときのことを考えたからだろうがぁ!」


「私のことを? 笑わせるな。偽善者が……」


「愛する者が誰にでもいることを、その大切さを、失うことの苦しさを、こいつが一番よく知っている……。それがどんなやつであってもだ。そういうやつなんだよ、シャルルは……。だから自分のことを放ってでも、引き金を引かなかったんだろが……」


 ナキは拳を握りしめる。


「誰かを思いやる愛は、誰よりも強いんだよ、こいつわ。優しいやつなんだよ、こいつわ。」


 ナキは暗い表情を上げると、マニスを強く鋭い瞳で睨みつける。


「こいつがどんな思いで、あの場所に10年間もいたと思ってやがる……」 


「フッ。やはり面白いやつだ。お前とは違う観点から愛を語れそうだ」


「お前は絶対に許さねぇ」


「…………」


 ナキはシャルルの顔を見る。


「シャルル……」


――ブォーーーーーーーン。


 ナキの身体からユラユラと漏れでる紅い霧状の気力オーラ


 ナキの片目の瞳が強い紅色に変化する。


 フロア内に広がるおぞましくのしかかる重い空気。


「やっと、でた……」


 そう、そっとつぶいたナキはシャルルから手を離すとシャルルの隣でゆっくりと立ち上がった。

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