第18話 愛ゆえに

――バタッ。


 金色の銃口から立ち上がる煙。

 金色の銃を手に握るマニス。


 頭部を撃ち抜かれ地へと倒れる天帝兵。

 

 シャルルの背後の床には弾痕が残る。


 銃弾をかすったシャルルの頬から血液がスゥ―っと垂れ落ちる。


 緊迫した空気の中、ナキは一瞬だけどこか安堵した様子を見せる。


「あなたの罪と命の重みがわかりましたか。大罪人・元第3王の娘、シャルル元第3王女」


 マニスは階段から腰を上げる。


――ピチャ。

――ピチャ。


 マニスは赤い液溜まりの上を歩き、シャルルに近づいていく。


 シャルルは、目の前に落ちる先ほどの天帝兵が握っていた銃を即座に握りしめ……


(まだ生温かい。あの人がどれほどの気持ちでこの銃を握っていたことか……)


「マニスッ!マニスッ!許さないっ!あなたは罪を犯しすぎた!」


「私が罪を犯した?あなたはまだそんなことを言えるのか。私は、第3王宮・副官長として、やるべきことをやっただけのこと」


 シャルルは涙ぐみながら目を見開く。


「すべて必要な死だ……。あなたには自身の罪について自覚していただかないといけない……。そうでなくてはここで死んでいった者たちが救われないだろ」


「それで……ここにいる王都民も天帝兵も、この人も、全て殺したっていうの」


 シャルルは暗く視線を落とす。


「そうだ。あなたが生きているという事実が国に不安を与え、人々の心に魔を与える。そして秩序を乱す。だから、あなたはただ生きていること自体が、罪。……わかっただろう?ここにいた人間は全てあなたが殺したのだ」


「私は、私は、何も……していない。お父様だって……。あなたたちが、天帝会が全てを、全てを勝手に奪ったのよ!!」


 シャルルは下唇を噛みしめる。

 口の片端から垂れ流れる血。

 

 シャルルはマニスに銃口を向ける。


「その行動も愛ゆえに。だが、それでは争いはなくならない。その心こそ間違った愛であり罪を生み出し続ける。憎しみの愛など歪んでいる……」


「私はこんなこと……」


「甘えるな!王の娘であった責任を持て!貴様の愛は国か!貴様自身か!」


 マニスは声を上げる。


 シャルルの目の前へと現れるナキ。


「もういい。シャルル。……先にいけ」


 シャルルは銃を握る手を下へと降ろし、うつむいた。


「ナキ……。私、やっぱり……生きてちゃダメなのかな」


 シャルルの震える声。


「みんな、死んだ方がいいって。生きていたらダメだって」


 静かに答えるナキ。


「お前は生きてちゃダメなんてことはない。オレだって、ばっちゃんだってそう思ってる」


「私のせいで……みんなに迷惑かけちゃうよね」


 あふれ出るシャルルの涙。


「だれだって、生きていれば誰かに迷惑なんてかけるさ……」


 床を湿らす雫。


「10年間、檻の中にいたからわかんなかったよ……。バカだよね、私」


 シャルルの強く握られた拳。


「みんな幸せになるために、私が……いなくなればいいんだよね……」


 シャルルは涙を拭くと笑顔でナキの背を見た。


 その言葉を聞くや、ナキは全開で振り返り、力強く声をあげた。


「強がるなよ!!お前はもう自由なんだ!自分のために生きていいんだ!!」

 

 シャルルは目を見開き、口角を下げる。


「死にたくもねーのに、いなくなればいいなんて口にするなよ!そんなこと思うなよ!お前のことを思うやつらの気持ちを置き去りにするんじゃねぇよ……。なんでお前はさっき進むって決めたんだよ。なんでお前はここまできたんだよ!」


 ナキはシャルルに背を見せ、拳を強く握る。


「それは……」


「生きる、ためだろが。お前のために、お前は生きるんだよ!!」


「私は、私は……」


 シャルルはナキの背中の布をつかむ。


「まだ、生きてみたいよ……」


 シャルルの瞳からボロボロと零れ落ちる涙。


「それがお前の答えだろ」


「オレはさ、シャルルに本当に生きていてほしいと思ってる」


 ナキは曇りのない顔で言った。


「でも、生きているのが辛いよ……、ナキ」


 シャルルは胸を押さえる。


「シャルル。よくわかんねぇけど、世界にはお前のことを酷く思うやつらがいるんだろ。だからって、そいつらの言葉を全部無視しろなんてオレは思わない。でも、お前のことを思うやつも必ずいるからさ。そいつらの言葉も無視せずに聞いてやってくれよ」


「お前には受け入れる心があるんだからさ」


 そう言いながらナキはマニスに一歩一歩と近づく。


「それに生きていたら苦しいことばかりじゃない。それはオレが一番よく知っている。……何度もいうけどさ、だって今日オレはお前に会えたんだから」


 涙を拭くシャルルは、泣いたことで頬を赤くしながら、歩くナキの背中を黙って見つめ続けた。


 マニスの前でナキは足を止める。


 マニスは、ナキに向かって拍手する。


「悲しいな。愛は。苦しいよな。愛は。愛ゆえに……」


 そして、マニスも目の前のナキへと近づくと、ナキを見降ろしながら言葉を吐いた。


「お前の愛をもう少し見たくなったよ」


 その言葉とは裏腹に、むき出るマニスの殺気。


「だったら教えてやるよ。お前のいう愛ゆえの力ってやつをな」


 向かい合うナキとマニス。

 両者は黙って見つめ合う。


 と、その直後、マニスは黙り込むナキの首を即座に絞め上げ、ナキの身体を軽々と持ち上げた。


「なぁ、もうわかっているだろ紅髪。本当は俺からシャルル王女を守りたいのに守れねぇ自身の非力さがよ。愛があっても抗うことすらできねぇ自身の無力さをよ。だから力は大事なんだぜ。自分や誰かのためにも……。そして、何より愛のためになぁ」


 ナキは苦しむ様子でマニスの太い腕を力強くつかみかえす。


「それでも、オレにできることは、ある……」


「なんだ…?」


「お前に……


 抗うことだ!!」


 と、ナキがそう言った次の瞬間――。

 

 ナキはマニスの握る金色の銃を蹴り飛ばした。


「今だ、いけ!シャルル!走れ!!!」

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