第33話 人形


 「明日香、すまん。ちょっと久しぶりで調子に乗り過ぎた」


 ボコボコに腫れた顔で土下座した。俺は潔い漢だ。

 謝るべき時にはしっかり謝る。それが例え、久しぶり会った妹を煽りまくっ

て本気でキレられたとしてもだ。


 「もう、しょうがないお兄ちゃんなんだから」


 軽く溜め息をつきながらも許してくれる。


 「本当に久しぶりだな。どうだ? 元気でやってたか?」

 「大丈夫よ。わたしは45億年以上一人で過ごしてきたんだよ? この10

  数年が特別だっただけ」


 さっきとは違い今度は優しく抱き締めた。


 「無理すんなって。俺は寂しかったぞ」

 「お兄ちゃんのバカー!」


 と言って大声で泣き始めた。そこまで寂しかったのか。悪ぃ事したな。



 しばらく頭を撫でながら落ち着くのを待った。


 「なんか、おかしい。お兄ちゃんすごく女慣れしてない?」

 「HAHAHA、何を言ってるんだい? マイシスター」

 「ハルさんはテラで女性を堕としまくってますよ」


 おいおいおい!この家政婦はいきなり会話に入ってきたと思ったら何を言い

出しやがる。

 まったくもって身に覚えがねぇ。


 「昨日、とある国の王女と夜のデートを楽しんでました」

 「待てーい! なんで知ってんだよ!」

 「身に覚えがあるじゃないですかー」

 「……」


 弁解の余地がない。シオリさんの誘導尋問ってもはや芸術の域にまで達して

るんじゃねぇかな。


 「確かに地球にいた頃はお兄ちゃんに女性が反応しないようにしていたけど

  あまりハメを外し過ぎないようにね」

 「はい。わかりました」


 妹にこういう事で叱られるってすげぇ恥ずかしいな。シオリさんにメイド物

の薄い本を見つかった時並みに恥ずかしいぜ。


 「もうほんと心配だよ。というわけでジャジャーン!」


 そう言うと明日香は人形を取り出した。


 「なんだその人形。ちょっと明日香に似てて良くできてるな」

 「ただの人形じゃないんだなぁこれが」


 明日香がその人形を地面に置くと人形は意思を持ったように動きだした。


 「「あーあー、これで声出てるかな?」」

 「ん? 声が二重になって聞こえてきてるぞ」


 声は明日香と人形の両方から出ていた。なんじゃこりゃ。


 「「びっくりしたでしょ。これがあればテラでも動いたり話したりできちゃ

   うんだよ」」

 「それじゃこれからは明日香も間接的に一緒にいられるってわけか」

 「そうそう、シオリさんのシステムを少し流用して作ったんだ。話して動く

  だけでなんの能力も持たないけどね」

 「それでも家族一緒にいられたら充分だろ。母親幼女にも会いたいだろ?」

 「ププッ、なにその母親幼女って。もしかしてステラ母さんの事そう呼んで

  るの?」

 「そうだぞ、母親で幼女だからな。ピッタリだろ?」

 「確かにピッタリだけどネーミングセンスおかしいよ!」


 明日香と俺は2人で笑い合いながら、時間を忘れ空白の時を埋めるかのよう

に話し続けた。


 「ハルさん、明日香様そろそろお時間ですよ」


 シオリさんに声を掛けられて既に夕方近くになってると知った。いくらなん

でも早過ぎねぇか。時間を忘れてもさすがに5、6時間話してたとは思えない

んだが。


 「ここは地球とテラのHPCSを無理矢理繋げた空間なんです。だから時間

  が通常通り進みません。というわけでそろそろお別れの時間です」

 「まーお別れと言っても今回はこのミニ明日香が付いて行くからね」

 「こいつどうすりゃいいんだ?」

 「普段は肩にでも乗っけておいてよ。離れてても普通に見えるし動けるし会

  話できるから」

 「あぁ、そんじゃ本体とはまただな」

 「うん、またねー」


 シオリさんが空中に浮かんでいるパネルを操作する。そうするとまた部屋が

暗くなっていき元の部屋へと戻った。

 そこにはもう明日香の姿はなく、ミニ明日香だけが残されていた。


 「本来はあまり推奨できる事ではないんですが特例といたしました」

 「お兄ちゃん、それじゃよろしくねー」

 「おう。そんじゃ、時間も時間みたいだしオスカルさん迎えに行こうぜ」


 両方の肩にミニ明日香とシオリさんを乗せたらヤバイやつの完成だぜ。俺が

こんなやつを見かけたら即通報する。こんなやつは野放しにしておけねぇ。



 宮殿の外に出ると本当に夕暮れ時だった。シオリさんが宮殿に結界を張る。


 「ここがテラかぁ。地球とは全然違うね」

 「わかってると思うけど地球の事は一切話すなよ」

 「わかってるから大丈夫よ。お兄ちゃんじゃないんだから」

 「明日香さんが話しそうになったら口を封じますね」

 「こわいよ! シオリさん!」


 やはり俺達は兄妹だ。この家政婦様は完全に同じ扱いしてきやがる。間違い

なく口を封じる(物理)だからな。


 「そんじゃしっかりつかまってろよ。「転移魔法」発動」



 夕焼けに染まる中央都市を後にし、俺はオスカルさんのいるバゲンへと急いだ。



 バゲンではオスカルさんがもう家の前にいた。


 「待たせちまったか」

 「いやー、僕もまだ来たばかりさー。それじゃ連れて行ってー」

 「おう、それじゃ「転移魔法」発動」


 今度は古城へ向け転移する。まったく便利過ぎてこのままじゃトイレも転移

で行きそうだぜ。


 「あら、そんな怠け者のハルさんは特訓の量を増やした方が良さそうですね」

 「ハハハ、冗談だから。シオリさん真に受けないでくれよ」

 「本当にお兄ちゃんは相変わらずね」

 「ん? お兄ちゃんってその子はハル君の妹なのかいー?」

 「あぁ、そうなんだよ。後で紹介するからまずは入ろうぜ」

 「古城の持ち主であるオスカルさん相手にまるで自分の家のように振る舞う

  ハルさん、さすがです」


 シオリさんのツッコミが痛ぇ。ぐぬぬ。



 「旦那様、お久しぶりでございます」


 古城に入るとエントランスにはラウリーさんがメイドを連れ従え待っていた。


 「おー、ラウリー久しぶりだね。元気にしてたかいー」


 オスカルさんもしばらく古城に来れてなかったみたいだな。


 「それじゃ俺は一旦部屋へ行ってくるぞ」

 「夕食の支度ができましたらお迎えに参ります」

 「あぁ、頼んだぜ」



 「お兄ちゃん、こっちだとすごく偉そうだね!」

 「おい、やめろ」


 女2人と男1人の家のパワーバランスなんて考えなくてもわかるだろう。俺

は2人に操縦されていたからな。

 部屋に入ると明日香は母親幼女に飛びついた。


 「ステラ母さん久しぶり!」

 「そなたはもしや、明日香かのう?」

 「もしかしなくてもそうだよ。久しぶり過ぎてわたしの事忘れちゃった?」

 「なんかシオリさんの技術を流用してこれを作ったんだとよ。これで家族全

  員そろったな」

 「明日香よ、こんなに小さくなって。地球でちゃんと食べておるのか」

 「わたしの本体はちゃんと大きくなってるから大丈夫よ」

 「どのぐらいになったのじゃ?」



 「えっと……1万2千kmちょっとだったかな」

 「うむうむ、順調に育っておるのう」


 惑星会話するのをやめてほしい。俺だけが普通の人だわ。

 母親幼女=テラ、妹=地球、シオリさん=HPCSのオペレーター、俺=謎

の生命体。

 そりゃパワーバランス一番下ですよね。



 夕食時、みんなに妹を紹介した。


 「ハ、ハル殿の妹君か……。抱っこしても良いだろうか?」

 「うん、いいよー!」


 オーロラたんは即落ちだった。まぁわかってた事だが。


 「ハル様の妹、これは仲良くしておかないとですわ」

 「ハルに妹がいる事は聞いてたけどまだ子供だったんだね。よしよし」


 違うからなレオ。見た目に惑わされるなよ。そいつはこの中だと母親幼女の

次にでけぇからな。

 妹は社交的な事もありすぐにみんなと打ち解けた。初対面でいきなり特殊魔

法をぶっ放された俺とは違う。



 それに妹が来てくれた事で実はいろいろと捗るのではないかと考えている。

ミニ明日香にはありとあらゆる地球での科学の知識がある。俺も地球にいた頃、

受験やテストに関係のない内容を詰め込まれまくった。

 その時はなんでこんな内容やってんだと思ったが今思えばここで生かすため

だったんだよな。


 ミニ明日香がいてくれれば発想の助けをしてくれるだろうし危険なものはシ

オリさんがストップをかけてくれるだろう。

 それにこれで初めて本当に家族が全員そろったんだ。こんなに嬉しい事はな

いぜ。


 「ハル様、なんだか嬉しそうですわね」

 「実は家族全員揃うのは今日が初めてだったんだ」

 「まぁ、それはお祝いしないと」


 ソフィーちゃんはそう言ってオスカルさんと話している。


 「ハル君、みずくさいじゃないかー。ラウリーこっちに来てくれるかいー」


 みんなの前に新しいグラスが用意された。


 「これは特別な日のために秘蔵していたお酒だよー。今日はステラ様が初め

  て家族で過ごされる特別な日さー」

 「ありがとうなのじゃ。感謝するぞい」



 その後、母親幼女に聞いてみた。


 「どうだった? 人類種に関わってみた感想は」


 にんまりしながら一言だけ答えた。


 「悪くはないのじゃ」


 やっぱ救いたいよな。

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異世界なんてあるわけない! さくら @sakura-yuudachi

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