第32話 王女

 俺が調理するしかないと意気込んでみたが、そこまで料理に自信があるわけ

ではない。動物や魚を絞めたりする事は地球時代にシオリさんに叩き込まれた

お陰でそこまでの抵抗はないぜ。


 厨房の一角を借りてシオリさんに教わりながら下処理をする。

 テラの人でも食べやすいように全部剥き身にした。半身にした殻等を出汁と

して使い潮汁を作る。

 あれもこれもと必要な調味料はあるがそれを我慢して味を調えた。シオリさ

んも味見をしてサムズアップしてきたからイケるだろ。



 とんでもなく大好評だった。そりゃそうだよな。カニと伊勢海老なんて素材

のままの味で全然いけちまう食材だからな。

 製氷技術がないテラでは流通は今のところ難しいかもしれない。これは環境

や養殖やいろいろな問題が絡んでくるから正直後回しにしようと思う。


 「海の生き物にも詳しいみたいだがハル殿は海へ来た事があるのか?」

 「来た事があると言えばあるし来た事がないと言えばない」

 「ふむ、あまり答えられそうにない質問だったようだ。すまない」

 「俺の方こそすまんな。さっきからすごい形相でシオリさんが見てるから」

 「ハルさんが余計な事を言った瞬間に口を封じようと思いまして」


 うちの家政婦さんから溢れ出る殺意が怖ぇ。完全に殺る気の目だぜ。



 「そういや、オーロラたんの親父さんもここへ呼んだらどうだ?」

 「父上は仕事が忙しいのではないかな。特に今は」

 「あー確かにそうかもな。「転移魔法」でパパッと連れてきて帰りもそうす

  りゃいいよ」

 「父親だけにパパッとですね」

 「それじゃ明日の夕食辺りにお願いしてもいいだろうか?」

 「おう、任せとけよ」


 俺はスルーしてやったぜ。全部ツッコむと思ったら大間違いだぞ。レオとソ

フィーちゃんはめちゃくちゃ笑ってた。マルア王国の頂点、笑いの沸点が低過

ぎ問題。



 この古城も雰囲気すげぇいいんだよな。こんな場所に子供時代に来たら探検

したり、かくれんぼしたり楽しくて仕方がないはずだ。

 俺はいい年だが探検するぜ。


 古城に隠された財宝、それを守る古代の兵士の霊。

 悪い魔法使いに苦しめられ死んでいった者達の怨嗟の声。


 もう俺が最高にクライマックスを迎えちまいそうだ。


 「ハル様こんなところでどうしたんですの?」

 「奇遇だな。ちょっと古城探検をしていたとこだ」


 ソフィーちゃんに遭遇した。古城とプリンセス、最高の組み合わせだな。こ

れは連れて行くしかない。


 「ソフィーちゃんも一緒にどうだ」

 「えぇ、わたくしもハル様について行きたいですわ」


 プリンセスを仲間にした。


 「少し暗いから足元気をつけろよ」

 「はい、なぜかドキドキしてきましたわ」


 ソフィーちゃんは震える手で俺の服の裾を掴んできた。心細いのだろう。


 「こういう場所は大抵一番高い塔が怪しいんだ。つまりこの先だ」

 「あっわかりますわ。マルアの王城も高い塔に重要な物がありますの」

 「いやそれは俺に言っちゃダメだろ」

 「そうでした。でもハル様は特別ですから」


 言いながらふふっと微笑むソフィーちゃんは、塔の外から入る月明かりを浴

びて神々しさすら感じられた。

 プリンセスってやっぱすげぇわ。


 「塔の上まで来たけど何もなかったな」


 塔の上は少しのバルコニーが付いていて外が一望できた。「世界樹の恩恵」

による結界が働いているのか、高い割に風は少ししか感じられない。


 「いいえ、」


 ソフィーちゃんはバルコニーに出ると髪を少し押さえながら言った。


 「今日この時にこの場所でハル様と2人でいられる時間を持てましたわ」

 「あぁ、そうだな」


 俺にはそう返す事しかできなかった。全く成長してねぇな。

 しばらくの間2人とも無言で外の景色を眺めていた。


 「寒くならないうちにそろそろ戻るか」

 「ハル様が温めてくれてもいいんですよ?」


 やべぇ、くらっときた。なんだこれ。俺は魔法でも使われてるのか。


 「冗談ですわ。半分は」


 俺の腕に腕を絡めてきた。


 「下までエスコートしてくださいな」


 俺はソフィーちゃんを壊さないように優しく部屋までエスコートした。


 「今日はとても楽しかったですわ。またお誘いしてくださいな」

 「あぁ、また2人で何かしよう。ソフィーちゃんは今日も綺麗だったよ」

 「それが聞けて今日は良い夢を見られそうですわ。それではおやすみなさい」

 「おう。おやすみ」


 俺は部屋へ戻る途中もふわふわした気分だった。まるでソフィーちゃんのフ

ワフワ具合が移ったみたいだぜ。



 翌日も朝から全員で特訓した。

 この日、俺は一人で動く事を皆に話し、オスカルさんの予定も聞いてくると

告げた。


 朝食が終わり準備をしてから、バゲンへと「転移魔法」で移動し夕食を一緒

にどうかと聞きにオスカルさんに聞く。


 「というわけで「転移魔法」で送り迎えするからどうだ?」

 「それならいいかなー。まだ仕事がたっぷりあるから後でもいいかい?」

 「いいぞ。俺もまだ予定があるからな。それじゃまた後で」


 今日はシオリさんと一緒に来ている。俺の肩の上に座るシオリさんも久々だ。

最近は専らオーロラたんの膝の上が定位置になりつつある。

 くそおおお、エルフめ! うちの家政婦を横取りするとは許さんぞ!


 とはならず、オーロラたんとシオリさんが仲良くしてくれて良かったと思っ

ている。

 なんとなくテラに来てからのシオリさんは、地球にいた頃と見た目的な問題

ではなく少し違って見えたのだ。



 もう一つ、早めに片付けようとしていた問題を解決するためシオリさんを連

れ中央都市へ「転移魔法」で戻った。


 「すげぇ久しぶりな気分だな」

 「ひと月以上中央都市を離れていましたから。その分ハルさんの適応値は一

  気に上がりましたよ」

 「自分だとわかんねぇんだよな。数値化とかされてんの?」

 「HPCSの中で確認できるので見せますね」


 宮殿の結界を解き中へ入る。宮殿の中はひっそりとしていて時間が止まって

いたような感覚になる。

 もし今のテラの人類種が滅び数千年経ったら、ここも古代の遺跡になってダ

ンジョン化しちまうのかな。


 「今の人類種が滅びたらこの宮殿は消しますよ」

 「そりゃもったいねぇな」

 「リセットするならまた0からのスタートです。ハルさん責任重大ですね」


 俺の最終目的は人類種の救済だからな。そのためにもまずは全種族と接触し

よう。人間種とエルフ種と接触したが、滅びのトリガーみたいなもんが全く見

えてこねぇ。


 エレベーターに乗りHPCSへ向かう。何度来ても想像を絶する施設だ。こ

んなもんどれだけ科学が発達したら作れんのか。


 「こっちへきてください」

 「ここの部屋は初めてきたな」


 そこは不思議な空間だった。椅子や机があるわけでもなくただ何もないとし

か表現できない、そんな部屋だ。


 「ここの部屋だけが地球のHPCSと繋がっています」

 「ここから明日香と話せるのか?」

 「話せるというか、まぁ実際体験してください」


 シオリさんは曖昧にしながら空中に現れた光るパネルを操作している。

 部屋が少しずつ暗くなり、そして突然発光した。


 「め、目があああああああ!」


 やられちまった。まったくこんな事なら言っておいてほしかったぜ。


 「もう、お兄ちゃんったら。久しぶりに会って一言目がそれなの? 本当に

  相変わらずなんだから」


 懐かしい声と笑い声が聞こえてくる。やがて眩んだ目が慣れてくると目の前

に明日香がいた。


 「ど、どうなってんだこりゃ。よう、お兄ちゃんだぞ」

 「なにそれ。あっ! シオリさん何も説明しなかったのね」


 なんかすげぇ曖昧さを回避せずぶっこまれたので事態についていけてない。


 「ここは繋がってるHPCSを擬似的に同一空間にする場所なの」

 「なるほど、全然わからん」


 明日香は少し考え何か思い浮かんだように手を打ち鳴らした。


 「お兄ちゃんが地球にいた頃もVRってあったでしょ? あれに実際に入り

  込めるって感じかな」

 「まじで!?」


 それってつまり……。数多の人々が想いを馳せた画面の向こう側に行けたと

いう事じゃねぇか!

 俺は明日香に走り寄って抱き締めた!


 「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」

 「キャーーー!」



 おもいきりビンタされた。俺は悪くない。画面の中に入れたらみんなそうする。


 「まぁまぁ、2人とも久しぶりなんですから」


 絶対に面白がって何も伝えなかったのがこの人です。


 「シオリさん、ちゃんと言っておいてよ。お兄ちゃん見た目も変わってるし

  怖かったんだから」

 「それはすまんな。俺もこっちに来てだいぶ変わっちまったから」

 「さっきのお兄ちゃん、暴漢みたいになってたよ?」

 「山賊やら暴漢やら俺って……。」


 「ふふふ」


 突然笑い出す。我が妹、明日香兼地球さん。


 「見た目は変わったけど中身は全然変わってないね!」

 「俺は成長したつもりでいたんだがなぁ」


 テラで今まであった事や、俺がいない間の地球の話を沢山した。俺と明日香

が話しシオリさんがニコニコと聞いているそんな懐かしい日々。


 「少しは解消できたか?」

 「うん! わざわざありがと。けどたまには相手してくれないと地球ごとそっ

  ちの宇宙に殴り込むからね!」


 うちの妹は非行に走ってしまったんだろうか。地球の人間達はあまり明日香

を悪い道へ引きずり込まないでほしい。


 「そういえば、明日香自身が地球なんだよな?」

 「そうだよ。それがどうしたの?」

 「明日香って俺の妹じゃなくおばあちゃんだったんだな。やーい、おばあち

  ゃん!」


 明日香の周りをぐるぐる回りながらおばあちゃんと馬鹿にした。

 



 ニッコリ笑った明日香にマウント取られてグーで殴られた。何度も何度も。

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