第31話 夕日

 この素敵な姫君達とブーメランパンツに水泳を教えるのが赤褌の俺だ。まず

は水泳を教える前に、息を止め顔を水につけて目を開ける事からだろう。

 海で目を開けたら結構痛いんだがテラの海って明らかに塩分濃度低い気がす

るんだよ。実際に自分で確かめてみたからわかる。


 「それじゃ息を止めて水に顔をつけてくれ」


 ここが第一関門だ。なんだが、こいつらなんの躊躇もなく一発でやりやがった。

ここはもっと「キャーこわーい」とか「王族にこんな事できるわけないだろう!」

とかないのだろうか。


 「ハルさん、3人共水属性魔法が使えるから水と親和性が高いんですよ」

 「まじか。魔法がこんなとこにも関わってくるのかよ」


 3人が優秀過ぎてどんどん吸収していく。シオリさんの「一から教える水泳

トレーニング方法」で段階的に教えていってるがあっという間に覚えていく。

 

 数時間後には3人共クロールで泳いでいた。いや、さすがにおかしいと思っ

たが何もおかしい事はなかったぜ。

 すぐ横で水泳を教えているのを母親幼女が見ていた。


 「そんな方法で泳げるのかのう」


 と言って自身も試している。そしてテラに水泳が爆誕した。無駄に母親幼女

を使ってしまった気もするが、テラの人々も泳げた方が便利だろう。



 「ハルさまー! もうこんなに泳げるようになりましたわー」

 「ソフィー、あまり遠くに行かないようにね」


 ソフィーちゃんは少し沖合いで手を振ってる。ここは湾になっていて遠浅み

たいだし平気だろう。もし何かあればすぐ助ける。


 「ハル殿、この水泳とかいうのは全身を使うし良い特訓になるんじゃないか?」

 「さすがオーロラたん。よく気づいたな」

 「全員泳げるようになったので、ここにいる間は特訓内容に水泳も入れます」


 水泳は全身運動だ。しっかりやるとかなり負荷がかかる。オーロラたんって

だいぶストイックなところがあるから気づいたのかもしれん。



 シオリさんはフワフワ浮いて海に入らないがなぜだろう。


 「シオリさんは海に入らないのか?」

 「この身体で入ると海水を吸って真下に沈んでいきます」

 「やっぱり人形みたいな身体だったんだな。まだ俺の適応値足りてねぇのか?」


 少し考えると言った。


 「いえ、もう以前のサイズに戻れるぐらいまでハルさんは適応していますよ」

 「いつの間にか適応してたのか。やったぜ」

 「ただ、この身体が楽なのでしばらくこのままでいようと思います」

 「そっか。オーロラたんとも仲良くなったみたいだしいいんじゃねぇか」

 「そうですね。後はソフィアさんを堕とせばこのパーティーは我が手中に」

 「俺とレオがまだいるじゃねぇか。レオはソフィーちゃんを盾にしたら簡単

  に寝返りそうだけど」


 シオリさんは冗談で言ってるが、この人冗談をまじでやる時があるからな。


 地球にいた頃、俺と明日香とシオリさんの3人でキャンプに行ったんだ。明

日香は自然が大好きだったからな。

 年頃の子って虫とかいっぱい出て嫌がりそうなもんだけど、今思えば自然を

好きって当たり前だ。自分の一部だったんだからな。


 「ハルさんは最近、身体が鈍ってませんか?」

 「そういえば、テスト勉強とかあって少し疎かになってたわ」

 「あらあら、それはいけませんね。それでは走り込みをしましょうか」

 「まさか今からか?」

 「まさか。今は3人でキャンプを楽しむ時間です」


 そう言ってニッコリ笑った。昔この笑顔が好きだったな。

 この時も、俺は帰ってから走り込みをすると思ってたんだよなぁ。キャンプ

も終わり帰る時になってシオリさんは言った。


 「それじゃ帰りはハルさんだけ走って家まで帰ってください」

 「ははは、冗談きついぜ。ここから家までって直線距離でも100kmぐら

  いあるんだぜ」

 「走り込みをしましょうって言ったじゃないですかー」

 「……。」


 山をいくつも越えた。自分の中の限界という山も。



 それも今となっては良い思い出か。

 一晩寝てさっぱり忘れたつもりでいたが、なぜだか急に思い出させられた。


 「水着を作る時、HPCS内で明日香さんと話しました。地球の流行を送っ

  てもらったり」

 「そうだったのか。元気にしてたか?」

 「ハルさんがいなくなってかなり寂しがってましたね。ハルさんも地球シッ

  クになってるみたいですが、それは明日香さんの影響を受けてる可能性が

  高いです」

 「ほう、そりゃどういう事だ?」

 「思ったよりも2人の絆が深かったという事です。明日香さんの想いがハル

  さんにも強く伝わっています。通常はありえない事ですが」

 「ここのところやたら地球を思い出す事が多かったのはそういうわけか」

 「今のハルさんの適応度なら問題ないので、中央都市に戻ったらHPCS内

  から明日香さんに連絡を取ってください。放置するとあまり良くない結果

  になりそうなので」

 「おう、わかったぞ。明日香と話すのも久々だし楽しみだ」



 それはそれとして今はこのプライベートビーチ風の海を楽しもう。

 浅瀬ではソフィーちゃんとオーロラたんが水を掛け合っている。しっかり心

の隠しフォルダに動画で収めた。


 「きゃー、冷たいですわ。やりましたわね! オーロラ覚悟しなさい!」

 「はっはっは、ソフィーそんなものでは当たらん、当たらんぞ」

 「あっ! シオリ様が言葉には出せない姿に!」


 ソフィーちゃんはそう言ってシオリさんを指差した。


 「な、なんだと!? どこだ! どこなのだ?」


 キョロキョロとシオリさんを探し始めるオーロラたん。そのオーロラたんに

背後から手にすくった水だけじゃなく「ウォーター」を発動しぶっかける。

 オーバーキルだろ。ひでぇ。

 俺の周りはちょろい連中だらけなのか……。



 一方その頃、レオは母親幼女と砂の城を作っていた。マルアの王城を再現し

てるらしい。

 完成度高過ぎでドン引きするわ。水属性魔法使いながら作ってるぞアレ。母

親幼女はたぶん他の魔法も使ってるっぽいがわからん。


 「毎日できるだけ魔法を使うように指示したんですよ」

 「ん? なんでだ?」

 「テラの人々は魔力と生命力が直結してると話したじゃないですか。魔力を

  強制的に減らすのは危険なので使って鍛えようという事です」

 「あー、そういえばそうだったな。あいつらは使うしかねぇのか」

 「ハルさんもできるだけ使ってください。普段から使っておかないといざと

  いう時使えませんよ」

 「わかったぜ。これからは魔法に頼り切って生きていく」


 笑顔のシオリさんに持ち上げられて海に放り投げられた。

 俺はシオリさんの笑顔が好きだ、ゴボゴボゴ……。



 ラウリーさんにどうやって海産物を獲っているか聞いたら、「世界樹の恩恵」

で植物のツタを作りそれを編み込んで網として使ってるらしい。

 気づいちまったんだ。貝は放置だという事に。


 「それじゃちょっと夕食を増やしに行ってくる」


 そう言うと素潜りを始めた。ここは誰の手も入っていない。護岸などないの

で自然の岩場や岩棚を探す。

 深場の海中は自然の宝庫だった。警戒心の全くない魚が群れで近寄ってくる。


 俺は何度も底まで潜り探す。だがいない。

 やはりアワビやサザエは場所がわからないとどうしようもないかと諦めかけ

たそんな時、見つけちまった。


 カニと伊勢海老の群れを。多過ぎてちょっと気持ち悪いレベルだぞ。俺は人

数分だけを獲り戻った。今夜はカニと伊勢海老だぞ! やったぜ。


 そんな俺にテラ組の人々と母親幼女は「モ、モンスター!?」と言って襲い

掛かってきた。山賊はこいつらだろまったく。

 「ひぃ! か、顔だけはやめてくれ!」と叫びながらこれが食べられる物だ

と説明する。シオリさんも加勢してくれたお陰でなんとかなった。


 この分だとラウリーさんとこの料理人も調理できないだろうし俺がするしか

ない。本当は刺身でいきたいが、いきなり刺身はテラの人には難易度が高いし、

何より醤油も山葵もないので塩茹でしてサッパリいただく事にした。

 砂に垂直の穴をあけ簡易の生簀を作り「ウォーター」で冷たい水を張った。

もうすぐ夕方だしこれで大丈夫。




 砂浜からみんなで夕日を眺める。思えば遠くにきたもんだぜ。それでもこう

いう風景は変わらんもんだな。


 「また、みんなで来たいですわね」


 呟くように言うソフィーちゃん。

 俺も本当にそう思う。みんな無言で頷いた。



 レオは母親幼女に砂に埋められ、顔だけ出したまま頷いた。

 おい! レオにはそういう事するなよ! 


 俺の存在意義を奪わないでくれ!

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