第29話 地球
「ところでハル殿」
別荘へ向かう道中でおもむろにオーロラたんが話しかけてきた。
「ハル殿にとっては不思議でもなんでもない事かもしれないが、エルディス
タン領内にも関わらず「転移魔法」を使えているがどうしてだ?」
「むしろ逆に聞きたいんだが、エルディスタン内で「転移魔法」使えない理
由あんのか? 爺さんも時間掛かってたけど使ってたぞ」
それが不思議でもなんでもあった。
「それはマルア王都の王城と同じ仕組みさ」
「どういう事だ。結界でも張ってあるって事か?」
初めて「転移魔法」を使った時にマルア王城の結界をぶち破って転移したが、
同じように「転移魔法」を封じる結界でもあるんだろうか。
「エルディスタンは街ごとに結界を張ってあり野生動物等の侵入を防いでい
たんだが、それには外部からの「転移魔法」も含まれているんだ。結界が
壊された様子もなく「転移魔法」で行ったり来たりしていたのでな」
「なるほど、1度壊した身としては確かに不思議だな」
「ハルさんがお気づきになられていないようなのでわたしが答えましょう」
オーロラたんの胸元で寛いでいたシオリさんが話し始める。
「エルフの結界は「世界樹の恩恵」を利用して作られています。もちろん
「転移魔法」封印結界もです」
「あぁ、これのせいで結界が作用しねぇのか」
俺は手からミニチュアの樹木を生やす。特殊魔法はなかなかに操作が難しく
魔力の制御にかなりの集中を必要とする。
「ふぅ、シオリさんは簡単にやるけどこれやっぱ疲れるぜ」
話を振ったオーロラたんは愕然としていた。
レオとソフィーちゃん、王族なんだしその開きっ放しの口を閉じよう。
「ワシとシオリも使えるのじゃぞ。ハルも使えて当然じゃ」
母親幼女がまとめてくれた。そりゃそうだ。摩訶不思議生物の俺だぜ。
「少し驚いたがハル殿はやはり「世界樹の恩恵」を使えたのだな」
「という事はハル様は姫魔法も使えるのではなくて?」
実はこれ、俺もかなり気になってた。姫魔法についてシオリさんから1度も
教わってないからわからねぇんだ。
「それが、姫魔法はどうなんだろうな」
「姫魔法は使えないですよ。筋肉達磨の姫魔法とか誰得ですか」
せやな。俺も心の底からそう思う。
地球にいた頃、そういったマニア向けなネタがあった事も知ってはいる。
ただし俺は絶対にやらないからな!絶対に姫魔法は使わん!
「姫魔法は使い方よりも、性格だったり生き方だったりその人の在り方が重
要なのです。それがハルさんとは合わないんです。フリフリの服を着させ
て魔法少女ハルとして華麗に生きて欲しいですが、残念です」
本当に良かった。心の底からそう思う。知ってたが怖過ぎるだろこの家政婦。
俺を社会的に抹殺する気か。
シオリさんの考えは完全に忘れよう。どんな魔法が姫魔法にあるのか今度ソ
フィーちゃんに詳しく聞いてみる事にするか。結局ティータイムに招待された
時に聞きそびれたままだったからな。
予定通りその日のうちに馬車は大森林の端まで来る事ができた。森が途切れ
るとそこは崖になっており崖が張り出した先には洋館を大きくしたような古い
城が立っていた。
「ワーイ!海だー!って崖やないかーい!」
1人ツッコミをするシオリさんをよそに馬車は古城の前へと進んで行った。
言うべきセリフをシオリさんに奪われた俺はその崖に立つ古城を心のフォル
ダにしまった。
なぜ俺に言わせてくれなかったのか。ぐぬぬ。
「ここは崖だが明日良い場所に連れて行くから楽しみにしててくれ」
と、思わせぶりなオーロラたん。それじゃ楽しみにさせてもらおう。
馬車を降りると古城を管理してると思われる老齢なエルフの方が声をかけて
きた。
「お嬢様。お久しぶりでございます」
「ああ、久しぶりだな。紹介しよう。この人は以前ウチでスチュワードとし
て働いていて今はこの古城の管理を任せているラウリーさんだ」
「初めまして、ラウリーと申します。お嬢様のお友達の方々ですね。事情は
伺っております」
俺達は次々と挨拶を交わす。さすが元スチュワード、母親幼女の事は聞いて
たんだろうけど顔色一つ変えず対応している。
執事とか家政婦とかってすげぇぜ。同じ生き物と思えねぇ。
俺、人じゃないから同じ生き物じゃなかった。つれぇ。
ラウリーさんに部屋に案内してもらう。またも母親幼女とシオリさんと同じ
部屋だ。
おかしいと思って調べたら、俺がいない時に母親幼女が「同じ部屋じゃなきゃ
嫌じゃ」とごねたらしい。
何も言えねぇ……。ってか直接言ってくれよ!
「別荘なのにここもすげぇな」
「そうですね。この城周辺も「世界樹の恩恵」により海食を免れているみた
いですよ」
「そりゃいいな。この絶景見てみろよ」
「高いところは怖いのじゃ」
いや高い場所平気で飛べるじゃねぇか!こういう場所は無理とかなんかある
のか。
仕方ない。一人で満喫させてもらうか。ついでに心のフォルダにも収めてお
こう。こういう場所は最高だからな。一人でも楽しめちまう。
シオリさんが外を眺める俺に言う。
「レオナルドさんとソフィアさんの分の特訓メニューを考えたので明日から
参加してもらいましょう」
「あーそうだったな。シオリさんありがとう。後で伝えておくか」
あの2人も王族にしてはアグレッシブだ。物腰は柔らかくて上品だが譲らな
い部分は絶対に譲らない。そういう部分がすげぇと思うし尊敬できる。
オーロラたんも含めてたっぷり鍛えてやろう。
夕食の準備ができたようでラウリーさんが直接呼びにきてくれた。
ここには他にもメイドが多数いる。まぁ母親幼女がいるからだろう。すごい
落ち着き様だもんな、この人。
「みんなもう来てたか。わりぃ、待たせたな」
そして夕食が始まった。
「珍しい物を用意してもらったんだ。気に入って貰えると良いんだが」
「おお、それは楽しみなのじゃ」
母親幼女は本当に食べる事好きだなおい。毎回楽しみにしてねぇか。俺も俺
で楽しみにはしてるが珍しい物と聞きちょっとビビッてる。
スライムはうまかったが最初のインパクトがヤバ過ぎたからな。
「今回海で獲れる物を用意させたんだ。どこにも流通させてない珍品だ」
「まじで!?」
俺が声を大にして反応した事に全員が驚く。いやそんなに見るなって。照れ
るじゃねぇか。
「ハル様は海の物に興味がおありですの?」
「おう、すげぇ楽しみだ」
「少し意外だね。ハルはどちらかというと肉食なイメージがあるから」
確かに肉を好んで食べてきた。その理由は魚料理がほとんどないという理由
からだ。
まずテラには冷凍、冷蔵なんて技術がねぇからな。
俺とシオリさんは使えるし母親幼女は教えればできるだろう。だがまだ広め
る必要がないと考えた俺達は、スライムを冷やす方法でさえただの水を選んだ。
俺達にとって魔法は万能に近いが、テラの住民にとってはそこまでの万能さ
を得るまでには至ってないというのが現状だ。
そんな中で海産物や魚を食べる機会は実際に獲れる場所へ行くぐらいしかねぇ
んだ。だから俺はこの先ここを度々訪れるかもしれない。海産物を得るために。
これじゃ毎回食事を楽しみにしてる母親幼女に何も言えねぇな。
元地球人の日本人としては、定期的に来てしまうと思うぜ。白身魚のムニエ
ルは絶品だった。
「ハル様どうなさったんですの!?」
俺は知らないうちに泣きながら食べていたんだ。
「いや、あまりに旨くて感動しちまったんだ」
地球に未練はなかったが、まさかこんな事で懐かしく感じるとは思いもよら
なかったぜ。明日香の手料理が思い出される。
「そこまで喜んでくれるとは。わたしも嬉しいよ」
「確かに初めて食べる物ばかりだけれども、どれもとてもおいしいね」
味付けや調理法は違っていても俺には慣れ親しんだ素材の味を感じた。
ダメ元で食材の名前を聞いてみたが、白身魚の名前がマグロの時点で考える
のを止めた。
夕食が終わりレオの部屋で軽く飲んでいると、やはり懐かしさが尾を引いち
まってた。危うく地球の話をしちまうとこだったぜ。
シオリさんが現れて俺を回収したらしい。俺には部屋に戻った記憶がなくシ
オリさんが連れ戻ったというのを後から聞いた。
「ハルさんは飲み過ぎと疲れてるようなのでこの辺で回収しますね」
突然現れてそう言ったかと思うと俺の足首を持ち引きずって部屋へ戻って行
ったらしい。余計な事を漏らさずに済んだがひでぇよ。
翌朝起きるとキレイサッパリ忘れてた。ノスタルジックな雰囲気に浸るのも
良いが、いつまでも引っ張るのは俺らしくねぇからな。
今日からレオとソフィーちゃんも特訓に加わる。しっかりしごいてやろう。
覚悟しておくんだな!
その後なぜか俺が一番シオリさんにしごかれた。動けねぇ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます