第28話 製紙
ステラ記念日()の事はさておき、世界樹の異変は取り除いたぜ。二つの条件
について詰めさせてもらおう。夕食が終わってからな。
俺も今日は朝食だけで昼抜いちまったから腹ペコペコだ。
隣の幼女なんて口一杯に詰め込んでエッラさんが口の周りを拭いてあげて幸
せそうな顔をしている。オーロラたんもシオリさんにアーンしてる。
エルフはもうどうにもならないかもしれない。
今回は特にアクシデントもなく夕食は終了した。
さぁ問題はここからだぜ。母親幼女にはしっかりと起きていてもらおう。技
術提供の鍵はこの幼女と言っても過言ではないからな。
「眠くないか? 大丈夫か?」
「まだ大丈夫じゃ。できるだけ早くまとめるんじゃぞい」
「あぁ、任せておけ」
オスカルさんの執務室に移動して説明する。申し訳ないがレオとソフィーち
ゃんは別室にいるようお願いした。
エルフの問題に人間族の王族が関わっちゃまずいからな。2人とも理解が早
くて助かるぜ。
首長のオスカルさん、エッラさん、ヨハン、そしてオーロラたんがエルフ側
としてこの部屋にいる。
こちらは俺と母親幼女とシオリさんだ。
「まず2つ上げた条件のうち簡単な方から話す。エルフの優秀な若者を中央
都市のステラ学院に一定数留学させてほしい」
以前話した時ヨハンはいなかったが、おそらく俺達がケルナに行ってる間に
オスカルさんとの間で話があったんじゃねぇかな。
「一応もう一度確認するが、中央都市は「世界樹の恩恵」圏内なんだよな?」
ヨハンに聞かれる。エルフにとってはかなり重要だ。
「そうだぞ。それはオーロラたんがよくわかってるんじゃないか?」
「あぁ、中央都市はしっかり「世界樹の恩恵」を受けられる」
ヨハンは頷く。
「それなら俺に異論はない」「僕もだねー」「わたしもだ」
「それなら良かったぜ。そんじゃ次にエルフの未来を左右する話に移る」
母親幼女を見るとうむうむ言ってるから大丈夫だろう。
「新しい製紙技術の導入についてだ」
これも一度話してるからな。ヨハン向けにもう一度話そう。
「これを使えば今までの紙と違い大量生産が可能になる。これを全世界に流
通させて欲しい。一番の理由はステラ学院での学習効率を向上させるため
とエルフの主要産業を増やす事だ」
全員を見渡すとわかってるようなわかってないような感じであった。まぁこ
れは仕方ねぇわ。ほぼ紙なしで成り立ってきたテラでどうして学習効率が上が
るかなんてわかるわけねぇ。
「この辺は後々わかる事になるから今理解しなくていいぞ。とりあえずこれ
から伝える製紙の方法をしっかり覚えてくれ」
俺は地球の製紙技術から魔法でどうにかできる方法を詳しく伝えた。これも
かなり文明を吹っ飛ばしてるんだが、どうしてもある程度のレベルの紙を流通
させたかった。
薬剤使用の漂白は「クリーン」だけで済ます事にする。薬剤に関する常識の
導入はどう考えてもまだ早い。
「わかってると思うが高度な魔法技術と「世界樹の恩恵」が要求される。そ
して現状は技術を他の種族に広めないで欲しい。どうしてエルフにだけ技
術提供したかっていう理由で理解してくれ」
こいつらだんまりだけど大丈夫だろうか。
「なんとなーく理解はしたよー」
「わたしもだ」
「やり方についてはわかった」
母親幼女を見るとしっかり聞いて覚えてくれたようだ。まじすげぇな。たま
には撫でてやろう。
「しっかり覚えたぞい」
すげぇ、ドヤ顔してやがる!
「場所や人は任せきりになるがこの通り頼む」
頭を下げる。これはエルフだけじゃなく全世界に必要な事だ。
「頭をあげてよー。ハル君が私欲で動いてるわけじゃない事はわかってるし
むしろ頭を下げるのはこちらの方さー」
「そうだな。我々エルフのためにありがとう」
「ハル、お前本当に良いヤツだな!」
「ヨハンさんちょろいですね」
おい、だから最後に全部持っていこうとするなよ!シオリさん!
「まー何かわからない事あったらしばらくはエルディスタンに滞在してるか
らその都度聞いてくれよ。あとこれに詳しく書いておいた」
自作した紙にまとめた製紙方法を渡す。
「これが新しい紙かー。これはすごいねー」
「確かに全世界に流通させるべきだ」
「場所の確保やどれだけの人材を出せるか話し合っておこう」
こちらはそろそろ母親幼女も眠くなってきた頃合だろ。
「うむ、新しい技術でテラが更に発展してくれるといいのう」
言いながらも欠伸を噛み殺している。
「ステラ様も眠そうだし俺達はこれで失礼するぜ。投げっ放しになるがよろ
しくな!」
「では失礼します」
「先に寝るぞい。部屋はどこなのじゃー」
シオリさんを抱っこしたままのオーロラたんも一緒に出てきた。
「ハル殿、さっきは黙っていたが本当にありがとう」
「いいんだよ。気にすんな、これもテラとエルフのためだぜ」
「そう言ってくれるとありがたい。きっとハル殿は歴史に名を残すだろう」
「ふっふっふ。俺は表舞台に名前を出さず影から歴史を操る」
「悪ぶりながら真面目にこなすハル殿らしいな」
オーロラたんはそう言って笑った。あまり見透かされると照れちまう。
ここからはやっと夏季休暇を満喫できるぜ。前期行ってねぇけどな!
「問題も片付いたし明日から別荘で休暇を過ごそうと思うんだけどどうかな?」
「俺は問題ないぞ。別荘って近いのか?」
「バゲンを1日ぐらい南下すると海に出るんだが、そこに昔使っていた古城
があってな。そこを別荘として使ってるんだ」
「古城とかすげぇな。そこ行こうぜ」
やべぇ。一気に楽しみになってきやがったぜ。シオリさんは海と聞くと何か
思いついたようだ。
「少しの間お暇させていただきます。明日の出発までには戻ってく
るので心配なさらないでください」
言うや否や「転移魔法」で消えていった。そこまで急ぎなのか!?
あまりに急過ぎてオーロラたん手をあたふたさせてるじゃねぇか。
「まー明日には帰ってくるって言ってたし今日はもう休もうぜ」
母親幼女はぐっすりで俺の背中ですやすや寝ている。
「ステラ様もお休みになられてるしそうしようか。部屋まで案内するよ」
「助かるぜ。オーロラたんの家もすげぇ広いからな」
オーロラたんに部屋へと案内されたけど結局また俺は同室だった。 別にい
いんだけど、何か腑に落ちねぇよ。
翌日、首長同士の話はまとまったようでエッラさんとヨハンが一度所領に帰
る事になった。来た時と同じで爺さんが「転移魔法」で送る事になっていたが
爺さん一人であっちこっちは大変だろうとエッラさんを送ると申し出た。
ヨハンの治めるエルスーリラとかいう場所にはまだ行った事がねぇからな。
「うちの領にも一度は来いよ」
「そのうちお邪魔させてもらうぜ」
俺達はそう言って拳と拳を軽くぶつけ合わせた。男の別れはスパッといくも
んだ。
「そんじゃまたな」
「おう、またな」
エッラさんへと近づき「転移魔法」の準備に入る。
「エッラさんはもう準備いいのか?」
「問題ない。オーロラとの別れも済ませた」
それはちょっと俺の見てる前でしてほしかったぜ。エッラさんとオーロラた
ん、別れを惜しむ2人、そして……。
「我々エルフは長寿な分、別れ際も結構あっさりしているんだ。また会える
からな」
「なるほど、そういうもんか」
人間族の別れとは違った意味合いがあるのかもしれない。人間の場合、別れ
が今生の別れとなる場合もある。
しかしエルフ族は「世界樹の恩恵」もある上に長寿だからな。別れの価値観
が違っていてもおかしくねぇか。
「そんじゃ行くか。「転移魔法」発動」
エッラさんを連れてケルナへと転移した。「転移魔法」のイメージが以前よ
りだいぶしやすくなった気がする。熟練度でもついてんのかこれ。ケルナのイ
メージがパッと浮かんだ。
「君の「転移魔法」は本当に魔法のようだな」
「そうか? 俺の「転移魔法」は味気なくてな。爺さんの方が魔法使ってる
ぜ! って感じでかっこいいぞ」
「ふふふ、やはり面白い感性をしている。ともあれ送ってくれてありがとう。
今回の体験はわたしにとっても良い経験になった」
「礼には及ばねぇよ。また困った事があったら言ってくれよな」
「しつこいようだが、オーロラの事を頼んだよ」
「おう、それじゃ元気でな」
手を振って「転移魔法」を発動する。
ここは世界樹。また来る事もあるだろう。フラッとな。
バゲンへ戻ると爺さんは魔力を溜めていた。ヨハンと目が合い、さっき別れ
を済ませただけに少しいたたまれない雰囲気になった。
「よ、よう」
「も、もう戻ったのか。俺の方はまだだ」
「そ、そうか……」
沈黙がつらい。こんな時本当にどうしたらいいか教えて欲しい。
「別荘へ行く準備中だったわ。ヨハンそんじゃ今度こそまたな」
「楽しんでこいよ。またな」
話を切り上げる重要性。俺はそれを学んだ。実体験で。
俺の準備なんてほとんどねぇからな。準備が終わるのを待つというのが準備
だろう。ロビーで待たせてもらうとするか。
「おや、ハル君もう戻ってきたのかー」
「準備も終わってるし皆を待ってたとこだぜ」
オスカルさんが階段を降りてきた。このロビーとでかい階段もすげぇんだわ。
「世界樹の恩恵」パワーをひしひしと感じる。
「ハル君の「転移魔法」には常識を根底から覆されそうだよー」
「エッラさんにも同じようなこと言われたぞ。魔法みたいだってな」
「ははは、その通りかもねー。実はなかなか時間を持てなかったがハル君と
話しておきたくてね」
「もしかしてオーロラたんの事か?」
「よくわかったねー。どうしてそう思ったんだい?」
「さっきエッラさんとも話したばかりだからだ。父親なら余計に心配だろ」
オスカルさんは少し俯きながら話し始めた。
「既に知ってるかもしれないが、あの子は幼い頃大人しい子でねー。心配し
ていたんだけどエッラの元へ修行に行きたいと言い出した時は本当に驚か
されたんだよー」
俺は頷く。そこには父親というよりは孫を見るような目をしたオスカルさん
がいた。
「エッラの元から帰ってきた時の豹変ぶりにも驚かされたけどね」
その時のオーロラたんを思い出したのかふふふと笑う。娘が180度変わっ
て帰ってきたらそりゃ驚くな。
「ステラ学院に留学すると言い出した時もどうなる事かと思ったよー」
少し考えるようにした後、
「今のあの子は完全にもう大人になった」
呟くように言った。俺はそれをただ黙って聞いていた。
「ところでハル君ー」
「なんだ?」
「オーロラの事はどう思ってるんだいー?」
なんかこれ彼女の親に挨拶しにきた状態になってねぇか。
「オーロラたんはかわいいし良い子だと思ってるぞ」
「たぶんあの子はハル君の事が好きなんじゃないかなー」
「それ、エッラさんにも言われたけどなんなんだ」
「父親の勘かなー。エルフの勘はよく当たるんだよー」
まじかよ。エルフやっぱすげぇな!
随分長く話してたみたいだ。準備を終えた皆が階段を降りてきた。
「まーとにかくオーロラと仲良くしてあげてよー」
「そりゃもちろん。こちらからお願いしたいぐらいだよ」
エルフ大好きな俺としては本当に。
お待たせ、待ったー? 全然待ってないぞ。本当にー? みたいな会話をし
ながら外に出る。今の俺、まさにリア充。
外に出ると爺さんは魔力を溜めていた。俺はできるだけヨハンを見ないよう
にしながら用意された馬車へ向かった。きっとヨハンも遠くを見たりして気付
かないふりをしてる事だろう。
そこへシオリさんが「転移魔法」で戻ってきた。
「間に合ったようですね」
「今から出ようとしてたとこだから丁度良かった」
そして何を思ったかヨハンに向かって言った。
「あらあらヨハンさん、まだいらしたのですね。それではお先に失礼します」
「あ、あぁ。それじゃ」
ヨハンに追い討ちを掛けるのをやめてえええ! まだいらしたって絶対見て
ただろ!
俺達は無言で馬車に乗り込むと早めに出してもらった。なんだこれ。
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