第25話 恩恵

 翌日起きると日課の特訓は軽めに済ませた。シオリさんはああ言っていたが


実際何があるかわからねぇからな。用心するに越したことはないだろう。




 「わたしの分も世界樹とエルフのためよろしく頼む」




 最近ずっと一緒に日課をやっているオーロラたんに言われる。オーロラたん


もなんだかんだでお姫様だからな。思うところがあるんだろ。




 「いつも通り任せとけ。今回はステラ様とシオリさんもいるしな」


 「それなら安心だ。ハル殿も暴走せずに済むんじゃないか?」


 「俺はいつも冷静沈着だぜ! オーロラたんも俺達がいない間にかわいい物


  目掛けて暴走するなよ」


 「もうその事は忘れてくれえええ。一度だけの過ちだったんだ」




 オーロラたんともこんなやり取りできるぐらい仲良くなれてよかったぜ。オ


ーロラたんは俺と少し壁を作ってる雰囲気がありありと感じられたからな。こ


のところの傾向は良いように思う。




 だけど、一度だけの過ちはやめなさい。それエロフにしか聞こえねぇ!








 朝食を軽く済ます。以前から思っていたがテラのパンにはイースト菌が使わ


れていない。菌という概念自体が生まれる可能性が0だから仕方ないんだろう。


マルア王国もエルディスタンも小麦を使ったパンが主食である事を考えるとイ


ースト菌や天然酵母と発酵の技術を広めた方が良いのかもしれない。


 これもシオリさんと相談してからだな。




 「今度から僕も朝の特訓に参加させてくれないか?」


 「お兄様ずるいですわ。ハル様わたくしも参加させてほしいですの」




 2人が日課に参加したいと申し出てきた。




 「急にどうしたんだ。確かに全員の実力を把握しておきたかったから丁度い


  いけど」


 「僕が最高の環境で自分を高められる機会は今しかないからね」


 「わたくしは守られるだけじゃなくハル様をお守りできるようになりたいで


  すわ」


 「おまえら……」




 本当に最高なメンバーだぜ。




 「あらあら。これで全員参加になりましたね。一度特訓の内容を見直した方


  が良さそうです」


 「あぁ、頼むよシオリさん」






 「これで何かあった時ハル様を……うふふ」






 ソフィーちゃん、守ってくれるのは嬉しいけど後ろから「ブスッ」といくの


だけは止めてくれよ!








 「それじゃ行ってくる」




 皆に「気をつけて」と声を掛けられながら、眠そうな母親幼女を連れ世界樹


へと向かう。


 何度見ても現実離れした光景だぜ。よく宇宙は広いと言うが外宇宙も広いん


だな。どこからどう見てもでかい樹なのに、この世界樹が魔力でできてるって


いうんだから自分の目に映ってる物が真なる姿とは言えねぇって事だ。




 「HPCSとオプションで守りは万全だったはずなんじゃがのう」




 歩いて少し目が覚めてきたのか母親幼女は話す。




 「そうですね。HPCS側でも外敵による異常が全く出てないです」




 世界樹って完全にシステムの一部なんだな。こういう星や宇宙みたいに規模


のでかい話を聞いてると足下が急になくなるんじゃないかと不安に駆られる。


 しょっちゅう重大な発表をするどこかの航空宇宙局にはビビらされたもんだ


ぜ。




 「そういや世界樹とんでもなくでかいけどどうやって登るんだ? 俺は「浮


  遊魔法」使えねぇぞ」




 俺も覚えたいんだが「浮遊魔法」をなかなか覚えられねぇんだ。シオリさん


が言うには、俺の常識が重力に囚われてる事が問題だとか。他の物を浮かばせ


る事はできるんだが自分に掛けようとすると何度やっても失敗する。




 「直接登らなくても登る方法を用意してあるので大丈夫ですよ」




 禅問答みたいな答えだな。登らなくても登れる。








 やがて世界樹の前までやってきた。シオリさんが世界樹へ触れると見慣れた


パネルが現れた。




 「世界樹に全く似合わないけど、これ完全にエレベーターのだよな」


 「そうですよ。雲の上まで外側を通っていくわけないじゃないですか」




 何言ってるんだこいつみたいな顔で見てくる。逆に問いたい。このファンタ


ジー感溢れたテラになんてもの導入してんだ。




 「ワシの家も地下はそうだったじゃろ。ここも同じじゃよ」


 「行ってみればわかりますよ」




 扉が開きそこに3人で乗り込む。シオリさんがパネルを操作する。




 「下へ参ります。下でございます」


 「上じゃないんかーい!」




 思わずツッコんじまったじゃねぇか!




 「なんで下なの?」




 「異常はないと思いますが、HPCSから伸ばした区画に問題がないかチェ


  ックしておこうかと思いまして」




 テヘペロッとするシオリさんは地球にいた頃よりもディフォルメロリ化され


てるので、ある一定の層にはとんでもなく受けるだろう。


 俺は地球でのシオリさんの見た目の方が好きだ。本人は家政婦と言い張って


いたが誰がどう見てもメイドでしかなかったからな。メイドは尊い。






 エレベーターのドアが開き目的の階層へ到着した。




 「どうぞ、降りてください」


 「うむ」




 2人に続いて降りていく。そこは世界樹ではなくHPCSであった。




 「伸ばしたって事は中央都市からここまで繋がってるのか?」


 「えぇ、そうなりますね。移動装置もあるので数分で中央都市まで行けます


  よ」




 話しながら歩いていると、世界樹管制室と書いてある部屋に入っていく。




 「初めて地球のHPCS行った時は滅菌消毒みたいな事してたけどテラでは


  一度もやってねぇな」


 「それは地球の病原体が進化し過ぎてたせいですね。こちらでは必要ないで


  す」




 こんなオーバーテクノロジー側からもお断りな地球の病原体やべぇな。




 「しばらくHPCSとのアクセスを行うので活動停止します。少し時間がか


  かりますのでゆっくり待っていてください」


 「世界樹のシステムについて母親幼女と話して待ってるよ」


 「ここはさすがにあやつらは連れてこれんからのう」




 3人で来た理由がよくわかった。これは見せちゃいけないやつだ。


 この世界には科学という概念はないがテラの中心には科学が存在していて、


それに魔法を合成して作られたのがこの世界樹ってわけだ。








 飲み物を用意してくれたシオリさんが動かなくなり2人で飲み物を飲みなが


ら話す。




 「ハルよ、テラはどうかの?」




 急にどうしたんだこの幼女は。




 「すげぇ面白ぇよ。友達もできたし、毎日が刺激的で生きてるって実感を持


  てるぜ」




 「うむうむ、それはよかったのじゃ」




 母親幼女は少し考えた後意を決したように話し始めた。




 「本当はワシ一人でどうにかしなければならなかったのじゃが。こうやって


  無理矢理巻き込んだ事を心苦しく思っておってのう」




 母親幼女も意外と色々考えてたんだな。スライムの事と食べる事しか頭にな


いのかと思ってたぜ。


 俺は少し乱暴に母親幼女の頭を撫でた。




 「幼女がいっちょまえに余計な心配すんな。家族は助け合うもんだろ?」


 「誰が幼女じゃああああ! ありがとうなのじゃ」




 最後は消え入りそうな声でお礼を言ってきた。




 「家族っていえば明日香のやつ、元気にしてっかなぁ」


 「明日香なら少し寂しいみたいじゃが元気にしとるぞ」


 「うんうん、そうかそりゃよかった。ってなんで知ってんだ?」


 「ワシと明日香は繋がっておるからのう。もう少しハルがテラに適応すれば


  HPCSを介して話せるようになるはずじゃぞ」




 なんだそれ初めて聞いたぞ。




 「ワシもよくわからんからシオリに聞くと良いのじゃ」




 テラと地球の関係やら機能やら複雑過ぎて頭がどうにかなりそうだ。




 「あぁ、わかった。そんじゃ世界樹の事を聞いてもいいか?」


 「うむ、ワシにわかる事なら良いぞ」


 「世界樹の守りって具体的にどんなものを用意してたんだ」




 母親幼女は「少し長くなるのじゃ」と前置きをした。




 「まず第一にここ、HPCSが外敵の侵入を感知しているのじゃ。


  第二に地上部分をエルフに守らせておる。エルフが世界樹から離れないよ


  うに「世界樹の恩恵」と恩恵を受けた食べ物を好むようにしたのじゃ。


  第三にHPCSのおぷしょんさーびすとかいうので上空に神獣を配置し鉄


  壁の守りとしたのじゃ」








 ……。これ絶対に知られちゃいけないやつだ。世界樹やべぇ事だらけじゃね


ぇか。これで「世界樹の恩恵」とかひでぇや。




 「母親幼女、よく聞いてくれ。シオリさんにも言われてると思うがそれは絶


  対誰にも言わないようにな」


 「さすがにワシもわかっておるのじゃ。だから今回は3人だしのう」




 わかってるならいいんだ。


 もう本当に俺の大好きなエルフの方々! 大変に申し訳ない!






 お前ら全員呪われてた!

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