第23話 権利

 俺は地球にいる頃、それなりの対人関係しか築けなかった。友達はいたし、


馬鹿をやったり普通に遊び回ったりもした。だがしかし女友達と彼女は一度も


できた事がねぇ。一度もできた事がねぇんだ……。




 普通に考えればおかしい事だが、最初からテラに来る事を予定されていたな


らそんなにおかしい事でもないと思う。恐らく地球の女性は全て俺になんの興


味も抱かないようにできていた。


 実際、隣の家の田中さんも反対側の家の佐藤さんもおじさんは普通に接して


たがおばさんからは完全に無視されてたからな!


合理的だけど合理的過ぎてこえーよ!




 友人にもう会えないのは少し寂しい。結局一番の心残りは一人残した明日香


の事ぐらいで地球への未練が全くねぇんだ。








 そんな俺にあんな真っ直ぐな好意を向けてみろよ。俺なんてちょろちょろち


ょっろでオチちまうわ。


 そして走り去って行くソフィーちゃんを追いかける事すらできなかったヘタ


レが俺だ。恋愛経験未熟な俺にはすげぇ衝撃で気を失いそうになっちまった。






 「というわけだ」


 「ん? というわけだとは何がだい?」




 俺はオーロラたんの家からレオと一緒にバゲンの街を眺めつつ、エルディス


タンで採れた果実酒を飲んで頭をクールダウンさせていた。




 「これは俺のいた地方に伝わる、「というわけだ」とだけ伝えてその直前に


  心の内で考えていた事を読んでもらう高等な技術なんだぞ」


 「なるほど。これでどれだけ仲が良いかわかるという事だね」


 「理解が早いな。さすがレオ様だぜ」




 レオは静まり返るバゲンの街を見ながら考えている。俺もバゲンの街を眺め


て心のフォルダに収めていく。俺が未だ地球のコンクリートでできた住宅街に


に慣れているせいか、テラではどこに行ってどこの風景を見ても心を強く打た


れる。


 街の明かりは薄っすらと残り、見た事もない小さな光る虫が飛んでいて中央


都市とはまた違った幻想的な雰囲気を醸し出していた。




 レオは考えをまとめ終えたようで話し出す。




 「きっと、ソフィーの事じゃないかな?」


 「ブゲハッ!」


 「ハル……。さすがにひどいよ」




 レオにぶっかけちまった!




 「す、すまん!今「クリーン」かけてやる」




 強めに魔力を込め「クリーン」をかけた。




 「ハルの「クリーン」はすごいね。だからと言ってもうかけないでくれよ」




 苦笑するレオ。はぁ、何やってんだか。




 「どうしてわかったんだ?」


 「夕食の時のソフィーを見たらわかるさ。そして今のハルもね」




 お兄様はなんでもお見通しだ。






 夕食の時のソフィーちゃんはボーッとしていて、何を考えたのかテーブルの


上にあるフィンガーボールの水を飲み出したのだ。


 完璧淑女のソフィーちゃんが、テーブルマナーなんて考えるまでもない、存


在全てが完全体であるあのソフィーちゃんがだ。


 俺はいつも通り観察していて気づいた。そしてオスカルさんも気づいたよう


だ。




 「やべぇ!この水すごいうめぇ!」


 「そうでしょー。ただの水じゃなく果実の汁を入れてあるんだー」




 2人してフィンガーボールの水を飲んでおかわりまで頼んだ。そんなにおい


しいのかと皆が飲み出してなんとか誤魔化した。


 地球でも歴史上よくあった逸話だ。どんなに偉い人でも知らない事はわから


ないし、どんな人でもミスをする事があるという。


 ソフィーちゃんは相当深く考え込んでいたんだろう。






 「兄馬鹿かもしれないがソフィーはよくできた子でね。僕はあの子がミスと


  いうミスをするところをほとんど見た事がないのさ」


 「だろうな。俺の周りは完璧超人だらけで困っちまうぜ」


 「何を言ってるんだい? ハルは人を遥かに超えてるじゃないか」




 遥かに越えちゃってるかぁ。そりゃ野生動物に間違えられるわ。




 「それに僕はハルのああいった機転の利いた行動を友として誇りに思うんだ」


 「そんな大層なもんじゃねぇよ。あれは自分の知識にある事をただ真似ただ


  けだ」


 「ふふっ。僕はハルを通してその知識を得られたからね。僕が使う事がある


  とすればそれこそ猿真似さ」




 王子様は口がうまいなぁ。俺の周囲は俺が敵いそうにない連中で溢れている。


最弱だし仕方ねぇか。








 「それでソフィーと何かあったのはわかったけど一体何があったんだい?」




 レオは核心を衝いてきた。これなんて答えりゃいいんだ。




 1、お前の妹に「ずっと一緒にいたい」って言われちゃったぜヒャッハーと


   か? 言えるわけねぇ!




 2、「ソフィアは既に我が手中に堕ちたマルア王国もここまでだな」なんだ


   これ。魔王か俺は!




 3、「俺はエルフの男も女も大好きだ!」これだけは絶対にねぇ!








 「言いづらい事ならいいさ。僕は妹のソフィーにも親友のハルにも幸せにな


  って貰いたいと思ってるよ」




 こいつ本当は全部わかってんじゃねぇのかな。




 「ありがとな。俺も今、正直どうすればいいかわからねぇんだわ」




 レオを真っ直ぐ見て言う。




 「だけどソフィーちゃんを悲しませる事はしないから安心しろ」




 レオはフッと笑い。




 「それだけでも聞けて良かった。これからも仲良くしてやってくれると嬉し


  いな」


 「あぁ、もちろん。それに仲良くするのはお前ともだぞ」




 笑い合いながら俺達は何度目になるかわからない乾杯をした。








 翌日、早朝に日課の特訓をシオリさんとオーロラたんとこなしていた。終わ


り頃になってソフィーちゃんがやってきた。




 「2人とも、はいタオルですわ。使ってください」


 「おう、ありがとな」




 そこにはいつも通りのソフィーちゃんがいた。いつも通りじゃないとすれば


特訓の場に現れた事だろう。




 「ハル様、少々よろしいですか?」


 「もう終わりだしいいぞ」




 シオリさんとオーロラたんと少し離れて話す事にした。




 「昨晩は大変申し訳ありませんでした」




 深く頭を下げてくる。




 「あれはまー仕方ないと言っちゃ仕方ねぇからな。あんま気にすんな」


 「夕食の時、ハル様の事をずっと考えていて……気がついたらあんな事にな


  ってしまっていたのですわ」




 そうだよな。ずっと観察してたからわかるぜ。




 「あのままでしたらわたくしが恥ずかしい思いをしていたはずですのにハル


  様とオスカル様の機転で助かりましたわ」




 一呼吸置いたソフィーちゃんに先を促す。




 「わたくし決めましたの! わたくしはハル様のために生きていきます。ハ


  ル様のためだったらなんでもいたしますわ」


 「なんでも?」


 「はい!だからわたくしになんでもおっしゃってくださいね」




 これで以前オーロラたんに謝られた時と合わせて、王国の姫とエルフの姫が


なんでも言う事を聞いてくれる権利を得た。やったぜ。






 朝食後、到着してすぐではあるが世界樹へ向かう事を提案した。実害が出ち


まってるからな。早めに対処した方が良いと判断した。




 「もう少しこっちでゆっくりしてからでもいいんだよー」




 オスカルさん、チラッチラッ見ないでくれよ。久々に会えたオーロラたんと


離れるのが寂しいんだろ。わかってるわかってる。




 「問題解決したらこっち戻ってきてゆっくりさせてもらおうぜ」


 「行きは馬車で行く必要がありますが、帰りはすぐですしそうしましょう」


 「それじゃーエッラも一緒に行ってもらっていいかいー?」


 「それはいいんだが爺さんの「転移魔法」じゃダメなのか?」


 「ハルに転移先の追加をさせたいのじゃよ。すまんのう」




 「転移魔法」は母親幼女とシオリさんクラスになると本当になんでもありに


なってしまうが、俺の場合「転移魔法」を使わずに行かないとその場所のイメ


ージを固定できないんだ。




 これは俺がエピソード記憶を利用して転移場所のイメージをしているからだ。


「転移魔法」を使えるテラの人々はエピソード記憶なんてものを知らないので


何度も訪れたり、長期滞在して転移場所のイメージを固定化させてるとか。




 「いえ、ステラ様わかりました」




 やったーステラ様と馬車の旅! ってめちゃくちゃ喜んでるじゃねぇか。




 「ハルよ、世界樹で何があるかわからん。気をつけて行けよ」


 「ありがとう、吉報を待っていてくれ」




 「一気にデレましたね」




 シオリさん!台無しだよ!


 世界樹の問題へ介入する事は首長全員の承認を得る事ができた。製紙技術に


ついては戻ってから話す事にする。こうしてまずは世界樹へと向かう事になっ


たんだ。








 道中は馬車で1日と思ったよりも近い事がわかった。あんなにでかく世界樹


が見えてるからそこまで遠くはないと思ってたぜ。俺の知ってる測定法だと対


象物の大きさから距離の概算をするから、世界樹の大きさがわからないと計算


できないんだわ。


 もちろんテラには距離や幅の単位なんてものは一切ない。○○で何時間とか


何日とか大雑把なんだ。




 「オーロラがケルナに来るのも久しぶりだな」


 「そうですね。エッラさんの下で修行してた時以来です」


 「それにしても中央都市へ行ってからだいぶ鍛えたようじゃないか」


 「ハル殿の日課のお陰ですね」




 エッラさんが治める世界樹のある街、それがケルナだ。こんな時に不謹慎で


はあるがすごい楽しみだぜ。


 真面目に話してる2エルフもウチの母親幼女とシオリさん抱っこしながらだ


からな。まじでエルフどうなってんだ。最高じゃねぇか。




 「オーロラは小さい頃、引っ込み思案でわたくしが外に連れ出したりしてた


  のですわ」


 「子供の頃は僕とも話してくれなかったぐらいだからね」


 「へー、今のオーロラたんを見てると全然想像つかねぇな」


 「さすがに子供の頃の話は恥ずかしいのだが。エッラさんが初めて家に来た


  時にこんなエルフになりたいと思って修行を頼み込んだんだ」


 「ケルナに初めて来た時を思い出すな。最初は何をやらせてもドジばかりだ


  った」




 クックッと笑うエッラさん。この人は大人でミステリアスって言葉がよく似


合う。ヨハンはこういうところに惹かれたのかもな。




 「だからそんなわたしはまず口調を真似る事から始めたんだ」


 「そしていつの間にかわたくしを守ってくれるようになりましたの」




 いいはなしだなー。本当に。


 子供の頃と完全に正反対の方向への成長って意外と難しいもんだぜ。俺なん


て子供の頃と変わったか? と聞かれてもあまり変わってないと自分ですら思


う。


 常にシオリさんに細かく矯正され続けたっていうのもあるがな。






 「レオとソフィーちゃんとオーロラたんと比べると一番年上の俺が一番子供


  に見えちまうからな」


 「僕らは他の人より子供でいられる時間が短かっただけさ」


 「ずっと気になっていたのだが、ハル君がオーロラを呼ぶ時につけているそ


  の「たん」っていうのはなんなのだ?」




 エッラさんそこつっこんでくるのかよ!テラの人にはまだ早過ぎるっつーの


か。だが俺はこれをテラに広めてやるぜ。シオリさんに許可は取ってない。が、


何も言ってこないって事はつまりそれは許されたと言っても過言ではない。




 「これは基本的に愛称がない人につけるものだ」




 母親幼女にもしっかり聞こえるようにわかりやすく話す。




 「若い女性に愛称代わりとして使うんだ。若い男性には「様」をつける事も


  あるな」


 「そういえば僕をレオ様とか呼んでたね」


 「そうだぞ。これは愛称を持ってる人にも使える。だからソフィーたんって


  使い方もできる」


 「ソフィーたんだなんて。なんだかかわいらしく聞こえてきましたわ」




 よしよし、母親幼女が理解して浸透しはじめてきたぜ。さすが幼女ちょろい。




 「それではわたしもこれからオーロラをオーロラたんと呼ぶか」




 待て待て待て。それはまずいぞ。エッラさんみたいな大人でスタイリッシュ


な女性が「たん」呼びはまずい。ここは訂正しなければ。




 「ごめんな、エッラさん。この呼び方使えるの若者限定なんだ」




 俺はいつもの調子で半笑いでそう言っちまったんだ。




 「つまりわたしのようなおばさんは使うなと……?」








 そりゃ煽りにしか聞こえないよなぁ!


 この後、馬車とロープで繋げられケルナまで走らされた。たまに鞭を入れら


れながら。




 「あれだとハルさんには楽勝過ぎるので重量を追加しましょう」




 シオリさんに加えエッラさんという鬼を増やしちまっただけだったぜ。




 ヨハンはこういうところに惹かれたのかもな。


 あいつドMだろ。

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