第22話 首長
爺さんはついに臨界まで溜めていた魔力を解き放った!
「「転移魔法」発動」
爺さんの周囲に魔力と風が巻き起こり渦巻いていく。
「はっ!」
爺さんは掛け声と共に消えて行った。
「今の「転移魔法」すげぇかっこよくないか?」
「わたしはこの「転移魔法」しか見た事がなくてな。逆にシオリさんのに驚
かされた」
「俺もこのタイプの「転移魔法」使いてぇぜ」
「ん? 君達の中にも「転移魔法」を使える人がいるのかなー?」
「ステラ様とシオリさんと俺が使えるぜ。俺はまだ行ける場所が少ないんだ
がな」
「シオリさんというのはオーロラが抱っこしてるそちらのかわいらしい方で
いいのかなー?」
シオリさんはいつものようにフワフワ浮かぶと礼をした。
「わたしがシオリです。いつもオーロラさんには大変良くして貰ってます」
「いやこれはご丁寧にどうもー。オーロラはかわいいものに昔から目がない
から、ウチの娘の方がお世話になっていそうだねー」
いやぁ、本当に爺さんの「転移魔法」かっこよかったぜ。30分ぐらい魔力
溜めてたがそれだけの価値がある。俺達の「転移魔法」はかなり味気ないから
な。
爺さんは往復分の魔力を溜めていたみたいで2人のエルフを連れすぐに戻っ
てきた。
一人は長身でスタイルが抜群に良く、作りの凝った独特な衣装を身にまとっ
た女性のエルフ。もう一人は切れ長の目でだいぶ若そうに見えるエルフ。
「エッラ、ヨハン。急にごめんねー」
名前を呼ばれた二人は近づいてきて平伏する。
「ステラ様、エッラです。お久しぶりでございます。こちらはヨハン、最近
新しく首長の一人となったものです」
「お初にお目にかかります。ヨハンと申します」
「うむ、急に来てしまってすまんのう。ヨハンとやらもよろしく頼むぞい」
「ステラ様に名前を呼んでいただけるとは……。感激です」
エルフの中での母親幼女の扱いがとどまることを知らずにうなぎのぼりだ。
「それでオスカル、ステラ様の今回の来訪の目的は伺ったのか?」
この女性のエルフはお姉様って感じでかっこいいな。少しオーロラたんと話
し方や雰囲気が似ている。
「それはワシから話すのじゃ」
「すみません。ステラ様よろしくおねがいしますー」
「うむうむ。実は今回ワシはオマケでのう。ワシの代行者となったこの者が
エルディスタンに行ってみたいと言っておってそれに付いてきたのじゃ」
再度もう一回自己紹介しとくか。
「ステラ様の代行者をさせてもらってるハルだ。中央都市でオスカルさんの
娘のオーロラさんと仲良くなってな。一度エルディスタンを訪れてみたか
ったんだ」
「君が以前ステラ様が話されていた代行者なのか? 丁度良い時にエルディ
スタンを訪れてくれた!」
そう言って両手を握ってくる。エッラさんめっちゃ歓迎してくれてるぜ。逆
にヨハンさんはすっげぇ怪訝そうな表情で俺を見てる。うまく隠してるつもり
だろうが俺にはわかっちまうんだ。こっちは日頃から培ってきてんだよ、スト
ーキング能力ってやつをさぁ!
「エッラさん!まさかとは思うがあの件をこいつに任せるつもりか?」
「こいつとはなんだ、ヨハン!口を慎め」
おっと、こりゃ雲行きが怪しくなってきやがったぜ。ヨハンさんはどうやら
俺がお気に召さないらしい。
ヨハンさん……。この中で唯一まともなのがアンタだ。
なぜなら今日バゲンに来るまでの俺はテンションが上がり過ぎて野性化して
た。そこら辺の草をすり潰して顔や肌に塗ってその上、全身迷彩服だぞ。そり
ゃ衛兵にも野生動物に間違われるわ。
こいつら俺の行動に慣れ過ぎて麻痺してやがる。ヨハンさんがこの部屋へ「
転移魔法」で現れた時、きっとこう思ったはずだ。
(なんで巨大な動物が座ってるんだ? ペットか?)
俺なら大切な問題をしゃべる巨大なペットに任せようとは思わない。身ぎれ
いにすれば多少は印象が変わるだろうと少し部屋を失礼する事にした。
「ウォーター!」
外に出て強めに魔力を込めた「ウォーター」の強力な水圧で汚れを落とす。
魔力を込めればほら、かんたーん。どなたでも手軽に頑固な汚れを落とせちゃ
うんです。
「ウィンド!」
濡れた後もこちらの風圧で一気に吹き飛ばせちゃいますよ。わーこれは画期
的ですね!そして仕上げには。
「クリーン!」
これであなたもまるで新兵のような輝きを取り戻せます。やったぜ。
部屋に戻ると首長同士で深刻そうに話し合いが行われてた。母親幼女とステ
ラ様を残し他の皆は別の部屋へ移動したようだ。
「んで、首長さん達は何を話し合ってるんだ?」
「最近の出来事についてまとめてるようです」
「少し待ってくれじゃと。ハルもこっちで茶菓子でも食べて待つのじゃ」
「あぁ、少しスッキリさせてきた。これでまともに話してくれるだろ」
俺達も少し気づいた事をまとめておくか。
「野生動物が結界を越えてくるってどんな場合があるんだ?」
「結界に穴がある場合ですね」
「そりゃもう欠陥結界だな。新たなに作り直すかリフォームした方がいいん
じゃねぇか」
「エルフが街等に使う結界は「世界樹の恩恵」で作られてるんです」
「世界樹に何か異変があった。そういう事か」
「恐らくは」
「またハルの出番になるやもしれんのう」
まぁ十中八九そうなるだろう。今も「本当にあいつにやらせるのか!」とか
聞こえてくるし。ヨハンさん、キレイにしてきたけどこれでもダメなのか。
そりゃ俺は美形揃いのエルフ族と違って、こんな見た目だがここまで毛嫌い
される理由がさっぱりわからねぇ。
「俺はお前を認めねぇからな!」
そう言ってヨハンさんは出て行ってしまった。
「ハル君ごめんねー。ヨハンは首長になったばかりでまだ若くてねー」
「わたしからも謝罪する。ヨハンには後でキツく言っておく」
「あそこまで嫌われる事が新鮮で少しワクワクしてるぜ。見た感じ俺とあま
り年も変わらなそうだし」
エルフ族は人間族と比べ長寿らしいから見た目じゃ判断つきづらいんだよなぁ。
「オスカルさんはいくつぐらいなんだ?」
「僕かい?僕は140歳ぐらいだったかなー」
自分の年齢ぐらいしっかり覚えておけとエッラさんに窘められる。
「ヨハンさんは?」
「ヨハンは今年で24だったはずだ」
「24才で首長ってとんでもなくエリートエルフなんじゃねぇか」
エッラさんの年齢も聞きたいが、さすがに聞くわけにはいかない。以前シオ
リさんに実際の年齢を聞こうとしたら「女性に年齢を聞くと死にますよ」と言
われ記憶がなくなった。絶対に聞いてはいけ……ない……。
「首長同士の情報交換は終わりましたか?」
シオリさんが話を戻す。
「待たせてすまないな。ヨハンは反対しているがわたしとオスカルは代行者
としてハル君にお願いしたい事がある」
「おう、まずは詳しく話を聞かせてくれ」
「今ねーこのエルディスタンで問題が多発してるんだー。そしてその原因は
世界樹にあるというのが僕らの見解だねー」
「世界樹はわたしが治めてる領地にあってな。わたしのこの格好も首長兼世
界樹の巫女であるからなんだ」
ほほう。独特な衣装だと思っていたが巫女様だったのか。
「世界樹の巫女であるという事は言わばステラ様の巫女!首長という立場上
我慢してたがもう我慢できん!」
母親幼女に飛びかかって抱きつき頬ずりしてる。母親幼女はくすぐったいの
じゃーとか言ってるだけだから放っておこう。やっぱり女同士って最高だぜ。
エルフって実はやべぇ種族なんじゃねぇかな。
「ごめんねー。エッラはステラ様が本当に好きなんだよー」
オスカルさん、あんたの娘のオーロラたんもスライムにつっこんで粘液塗れ
になるぐらいかわいいもの好きだぞ。
「まとめると世界樹にある問題を俺に解決して欲しいって事でいいか?」
「そうそうー、さすが代行者だけあって頭の回転も良さそうだねー」
「わかった。世界樹の問題は俺に任せておけ。ただし二つ条件がある」
「なんだい?僕達にできる事だといいんだけどー」
エルフ領に来た目的の製紙技術の提供について話しておかねぇとな。
「一つは新しい製紙技術をエルフ族に提供しようと思う。ただしそれは木材
を大量に使うため「世界樹の恩恵」を持つエルフ族にだけ使わせる予定だ。
それを全世界に流通させて欲しい」
「それだけを聞くとエルフ側にメリットしかないように思えるねー」
「メリットしかないぞ。既にマルア王国にはある技術を提供してきたし各国
に独自の技術を提供するつもりだ」
「それに関してはエッラもヨハンも賛成するんじゃないかなー」
「二つ目はステラ学院への留学生を増やして欲しい」
「理由を聞いてもいいかなー?」
「ステラ学院は各国へ最先端の技術や情報を発信するために作ったんだ。た
だ留学生でエルフ族だけ極端に少なくてな。このままだとエルフ族だけ各
国から取り残される可能性がある」
エルフ族は大森林から離れる事を嫌がるからなぁ。それだけで「世界樹の恩
恵」を受けられなくなり弱体化するようなもんだし。
「「世界樹の恩恵」が得られなくなる事なら心配しなくていいぞ。中央都市
は範囲内だ」
オスカルさんは少し考えている。
「条件とは言ったが世界樹の問題は俺が解決するつもりだから、まずはエッ
ラさんとヨハンさんと話し合ってみてくれ」
「エッラ、ちゃんと聞いたかいー?」
「あ、あぁ取り乱してすまなかった。概ね賛成だ」
エッラさん、そういう事は母親幼女を降ろしてから言ってくれ。母親幼女が
また、ただの幼女になっちまってるじゃねぇか。
「それじゃ嫌われたままなのも嫌だし俺がヨハンさんに話してくるわ」
そう言ってヨハンさんを探しに出た。探すと言ってもさっき部屋でヨハンさ
んの魔力は感知済みなので魔法を使うだけだ。
「「魔力感知」対象ヨハン」
これは無属性魔法で過去に魔力の形を感知した事がある相手の場所を特定す
るというとんでもない魔法だ。魔力の形は指紋のように人それぞれ違う事から
可能なのだ。ただ魔力の形を理解できる人は存在しないので事実上母親幼女と
シオリさんと俺の専用魔法って事になる。
この魔法も広めようと思えば広められるんだが止めておいた。俺でさえこの
魔法をストーキングに使ってるというのに他のやつに広められるわけないじゃ
ねぇか!
「ヨハンさん、こんなところにいたんだな」
ガチャガチャ!「おい、今日は賓客がたくさん来てるんだ急げ急げ!」
「お前か。わざわざこんなところまで来てどうした」
ガッシャーン!「新人!皿洗いもできねぇのか!」
「ヨハンさんと話がしたくて探したんだぜ」
「あれだけ喧嘩腰の俺を」
「おい!ここに置いてたワイルドどこやった!?」
「探しにくるなんておめでたい奴だな」
「バカヤロー!そいつがターキーだ!」
ってかうるせぇよ!なんて場所でこいつたそがれてやがんだ。完全に修羅場
ってる調理場でなんで俺らも修羅場らないといけねぇんだ!
「ただこれだけは言っておくぞ。エッラさんに少し手を握られたからって調
子に乗るなよ!」
「そうだ!料理長調子に乗るなよ!」
「新人、後で屋上こいや」
あーこれは勘違いってやつなのかにゃあ? とにかく早めに弁解にきておい
て正解だったぜ。あと新人、紛れてバレないように言ったつもりだろうがな、
完全に料理長キレちまってるじゃねぇか!
「ヨハンさん勘違いしてるみたいだが、俺はエルフの男も女も大好きだ!」
「え……。さすがにそれはちょっと」
「違ぇよ!続きを聞いてくれ。その中でも俺はオーロラたんが好みなんだ。
エッラさんは確かにキレイだけどな」
ヨハンさんは少し考えている。ガチャガチャガヤガヤと騒がしい調理場で。
「俺の早とちりみたいだな。この通りだ、すまん」
「わかってくれたならいいんだ。俺の方こそ勘違いさせちまって悪ぃな。年
もそんなに離れてないしハルって呼んでくれよ」
「あぁ、俺もヨハンって呼んでくれ」
そう言って拳を当てあった。いやぁなんとなく仲良くなれそうな気がしてた
んだよな。これで一件落着ってやつだ。
「あ、あ、それじゃ俺はも、もう少しここで考え事をしてから上に行く」
なんか様子がおかしいがもう大丈夫だろ。
「おう、それじゃ俺は先に行くわ。またな」
声をかけ調理場を出たんだ。
そこには貼り付けたような笑顔をしたソフィーちゃんが立っていた。ヨハン!
あいつ見えてたな!くっそおおおおお!
「ハル様こんなところで会うなんて奇遇ですわね」
「お、おう。そ、そうだな」
俺、なんかまずい事したか!? 思い出せ!
「俺はオーロラたんが好みなんだ。エッラさんは確かにキレイだけどな」
……。これだわ。完全にこれだわ。こういう時にやる事は決まっている。
「すみませんっしたー!」
もうそれはジャンピング土下座しかないだろう。下手な言い訳をしても余計
こじれる気しかしない。それなら男らしくやってやる。
ソフィーちゃんは土下座した俺の上に座るとこう言った。
「わたくしは悲しいですわ。エルフと見れば男の方だろうと女の方だろうと
見境のないハル様が」
「俺はエルフの男も女も大好きだ!」の方だったかー。
「ハル様はわたくしのようなただの人間には興味を持ってくださらないので
すか?」
「ソフィーちゃんの事はいつも見てるぜ。さっき別の部屋にいる時にお菓子
を食べ過ぎて気にしてた事とか」
「な、なんで知ってるんですの!?」
俺の上でジタバタするソフィーちゃん。羽のように軽いな。
「だからソフィーちゃんの事はいつも見てるんだぜ。それじゃダメか?」
「やっぱりハル様はずるいですわ」
俺から降りてしまうソフィーちゃん。ずっと座ってくれてても良かったんだ
ぜ。
「ハル様!」
そう言って後ろを向くソフィーちゃん。俺の名を呼ぶと少し間を空けて。
「わたくしは」
顔だけ半分振り返り笑顔で言う。
「ずっと一緒にいたいですわ」
「それではまた後程」
そしてそのまま走り去って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます