第21話 野生

 いつ寝たのか覚えてねぇな。口の中がザラザラとして気持ちが悪い。軽い脱水


症状みたいな気だるさが残っている。起きるのを嫌がる身体に鞭を打って無理矢


理起きる。




 (水飲んで「ウォーター」でも浴びれば少しはスッキリするだろ)




 「クリーン」をかけ外に出る。そして頭から「ウォーター」を浴びた後、水を


ゴクゴク飲むと眠っていた身体が徐々に動き出したのがわかる。朝の光と「世界


樹の恩恵」を全身で受けているとみるみる身体が元気を取り戻していく。




 「やぁ、おはよう。昨日はよく眠れたかい?」




 そこにはいつも通り爽やかな王子様、レオが立っていた。こいつには寝起きの


俺みたいな瞬間はねぇのか。ぐぬぬ




 「おう、よく眠れたぜ。ただいつ寝たのか全く覚えてねぇんだよ」


 「初めてのお酒だったからね。そんなに悪酔いはしてなかったと思うよ」


 「それならよかったぜ。みんなに迷惑かけちまったら悪ぃからな」


 「ハル、これだけは言っておくけどハルはあまり強くない気がするよ」




 こ、この俺が未だ弱いだと……。レオはこの星に来て知り合ったが親友と言っ


ても過言ではない。そのレオが俺をあまり強くないと言うならそういう事だろう。


ありがとう!親友よ!これで俺はまた強くなれる!




 「ありがとな!俺はまだ弱いがいつかその弱さも克服してみせるぜ」


 「ハルならすぐ慣れるさ」




 俺達は肩を組みながら朝食へ向かった。俺の暑苦しさをレオの爽やかさで中和


すれば丁度良いだろう。








 オーロラたんの実家があるバゲンには昼過ぎぐらいには到着するらしい。俺は


また道なき道を走らされてる。しかし昨日とはモチベーションが違う。レオに情


けない姿は見せられねぇからな!






 勘違いでやる気を出すハルをよそに馬車の中では外を走ってるハルの話をして


いた。




 「なんだか今日のハルからは強い意志の力を感じるのう」


 「昨晩、レオナルドさん達と初めてお酒を飲んでましたね」


 「うむうむ、ハルにとってかけがえのない経験の一つになったのやもしれんの


  じゃ」


 「ステラ様それは僕らにとってもですよ」


 「3人ともハルの良き友となってくれて感謝するぞい」


 「もったいなきお言葉。末代まで語り継がせていただきます」


 「こちらこそ、これからも仲良くしていただきたいですわ」




 わたくし達は友達で終わるつもりはありませんがと小声で続ける。




 「ハルさんは意外と寂しがりやですからね。2人でそこにつけこむと良いかと


  思われます」




 シオリに聞こえてしまった事にビクッとするソフィー。




 「シオリ様は反対なさらないんですの?」


 「反対する理由が特にございませんので。マルア王国の姫とエルフの姫、これ


  以上ないお相手だと思いますよ」


 「最初の出会いが出会いだったので、てっきり嫌われていて反対されるかと思


  ってましたわ」


 「若いうちは過ちというものがあるものです。それを正して成長できるなら問


  題ないかと」


 「うふふ。オーロラが言っていた通り優しい方なのですね」


 「もちろんハルさんの障害になると判断した時は排除します」


 「あら、怖いですわ。でもそれをわざわざ教えていただける辺りやっぱり優し


  い方ですわね」


 「シオリ殿は見た目通りかわいらしい方だからな」




 オーロラはシオリを撫でながら言った。みんなの絆が深まった気がする。


 こうして何事もなく馬車はバゲンへ向けて走るのだった。








 予定通りバゲンには到着した。汗だくで馬車と一緒に森から出てきた俺に対し


街の入り口を守る衛兵らしきエルフは襲い掛かってきた。


 だがしかし攻撃は当たらなかった!遊んでないで事情を話そう。




 「驚かせてすまん、俺は人間だ」




 武器を下ろして近づいてくる。




 「本当に人間か。こちらこそいきなり攻撃してすまんな。結界があるんだが最


  近野生動物の乱入事件が多くて警戒中だったんだ」


 「そうだったのか。俺はあっちの馬車の連れなんだわ」


 「あの馬車は!? もしかして今日くる予定のマルア王国の王家の方では?」


 「その王家の方とかオーロラたんはあっちに乗ってるから大丈夫だぜ。俺はそ


  んな大層な者じゃないから気にすんなって。御者さんを案内してやってくれ


  ないか?」


 「お前さん良いヤツだな。馬車は案内するからあんたも着いてきてくれ」




 バゲンの第一エルフ人と交戦せずに済んだぜ。野生動物ってのは結界関係なし


に入ってくんのか。物騒な世の中になったもんだ。




 それにしてもこの街はすげぇな。境界の集落も想像上のエルフらしさが垣間見


える作りだったが、バゲンは規模が違ぇ。これは地球上の誰もが「これはエルフ


の里だよね。何かの映画?」って言うぐらいのグッドエルフクオリティだ。


 中央は広場の様に開けていてエルフの人々が沢山話してるのが見える。その周


囲には上も下もエルフ風邸宅が立ち並ぶ。これが本当にすごい。広場からは遥か


遠くに噂の世界樹も見えた。




 (俺は夢の中で見たあの場所へやっと来れたんだな……。)




 「夢にまで見た場所へ来た気分はどうですか?」




 オーロラたんに抱っこされたシオリさんが言う。




 「なんだろうな。ははっ、胸が詰まってうまく言葉にできねぇや。けど最高に


  晴れやかな気分だ」




 俺にできる最高の笑顔で笑った。




 「そこまで喜んでくれるとこちらも嬉しくなるな。ほら、あそこに見えるのが


  わたしの家だ」




 俺の笑顔が通じただと。鏡の前で母親幼女とシオリさんにダメ出しされながら


毎晩練習した成果がやっと出てきて涙が出るぜ。




 「オーロラたん。家がすげぇな。オーロラたん」




 オーロラたんの家はとんでもなくでかい木ととんでもなくでかい家が合成され


た途中でやっぱやーめた!みたいな外観をしていた。もうどうなってんだこのエ


ルフセンス。




 「いつ来てもバゲンは圧倒されますわね。ハル様もそう思いません?」


 「本当にその通りだわ。もう既に心のフォルダに収めたとこだ」


 「ふふふ、心のフォルダというのにわたくしも一緒に収めて欲しいですわ」


 「もちろん僕もね」


 「それじゃわたしもだ」




 どうぞどうぞとかシオリさんが言ってるが絶対につっこまないからな!




 「オーロラよ。首長の下へ案内してもらってもいいかのう」


 「はい!お待たせしてすみません。今、案内させてもらいます」


 「お主、ワシにだけ硬いのう。普段通りでいいのじゃ」


 「いえいえ、そんな事ありません!それではこちらへ」




 誰がどう見てもカチカチなオーロラたんだった。母親幼女の存在って場所や人


種によってだいぶ違うな。本当に全エルフ集めて平伏とかしそうな勢いだぞ。


 オーロラたんに続き歩いて行く。俺の中でエルフは人間を嫌ってるようなイメ


ージもあったが周囲を見る限りでは全然そんな事はなさそうだ。王族一行とわか


っているのか手を振ってくるエルフもいる。マルア王国と良い関係を築いてきた


証拠かもしれんな。




 オーロラたんの家の前には既にオーロラたんの家族らしき人達が待ち受けてい


た。代表してレオが話す。




 「オスカル様、ご無沙汰しております。マルア王国第一王子レオナルドです。


  突然の訪問をお許しいただきありがとうございます」


 「レオナルド君久しぶりー。ソフィアちゃんもいつもオーロラが世話になって


  るねー」


 「いえ、こちらこそオーロラに助けられてばかりですの」


 「ここじゃなんだし、初めての人達もとりあえず中に入って話そー」




 なんかオーロラたんと親父さん全然タイプが違うんだな。さっさと家の中に入


って行く親父さんの後を追い俺達も家の中へと入った。家の中も木がそのまま張


り出してたりすげぇな。後でゆっくり見せてもらうとしてまずは話をしねぇとな。






 「人数分はあると思うから座って座ってー」




 親父さんに促され座る。椅子も床から生えてきたみてぇだな。このゆったり口


調の親父さんなら母親幼女の認識阻害結界消しても反応薄そうだな。


「あ、ステラちゃんきたんだー。お久ー」とか言いそうだぜ。




 「それじゃお初の人達の紹介をしてもらっていいかなー?」


 「父上には黙っていたのだが今日は重要な人達を連れて来た」


 「それがその人達かなー」




 オーロラたんに目で合図をされたので母親幼女に認識阻害結界を解除してもら


おう。きっと見る間に見覚えのある姿になっただろう。




 「久しぶりじゃな。認識阻害結界はもう解けたじゃろ」


 「ス、ステラ様……?」




 しばらく固まっていた親父さんは突然椅子から飛び降りると。平伏した。本当


だ!母親幼女とわかった途端首長ですら平伏したぞ!




 「よいよい、ワシは今回はあくまでオマケじゃ」


 「そうすると彼が……」


 「そうじゃな。ワシの代行者となっておる」




 俺に振られたみたいだから自己紹介しとくか。




 「ステラ様の代行者でハルだ。娘のオーロラさんとも友人として仲良くさせて


  もらってる。よろしく頼む」


 「あー君の事はオーロラからの便りで届いてたよー。うん、これは僕だけじゃ


  ちょっとまずいねー。爺やいるかいー?」




 少しすると杖をついた爺ちゃんエルフが現れた。エルフの爺さんって一体何歳


ぐらいなんだ。




 「ステラ様と代行者様をお迎えしてさすがに僕だけというのはまずいので他の


  首長も連れてこさせますねー。少し時間がかかりますがステラ様よろしいで


  すか?」


 「うむ、時間ならたっぷりあるのじゃ。その間ゆっくりさせてもらうぞい」


 「ありがとうございます。それじゃ爺や、「転移魔法」でエッラとヨハンを連


  れて来てもらえるかいー?」


 「話は大体聞かせて貰ったでな。大急ぎで魔力を溜めて行ってくる」




 おっ、この爺さんが「転移魔法」使えんのか。ちょっと見させてもらおう。




 「今飲み物持ってこさせるからちょっと待っててねー」




 爺さんは魔力を溜め続けている。初めて「転移魔法」を使った時を思い出すぜ。


あの時は城の結界ぶち壊す程魔力込めてたんだよな。




 「はいどーぞー。エルディスタンで取れた新鮮な果実から作った飲み物だよ」




 爺さんは魔力を溜め続けている。




 「ハル殿これはわたしが子供の頃から大好きな飲み物なのだ」


 「オーロラたんの大好きな飲み物だとおおおおお!?」


 「ハル様……?」


 「はい!大人しくしてまーす」




 爺さんは魔力を溜め続けている。




 「そういえばハルは意外と風景や夜景を好きだよね」


 「そうだけど意外は余計だぞ」


 「ははは、ごめんごめん。確かバゲンの夜景も幻想的で綺麗だったはずだよ」


 「そうだねー。夜景が好きならおすすめだよー」


 「それは心のフォルダにしっかり保存しないといけねぇな」




 爺さんは魔力を溜め続けている。




 「オスカルよ、エルディスタンで最近変わった事とか起きてないかのう?」


 「そうですねー。最近結界が弱くなって野生動物が入り込んできたりしてま


  して、現在警戒に当たらせてます」


 「それバゲンの入り口で聞いたぜ。シオリさん、そんな事ってあるのか?」


 「通常ですと野生動物が結界を越えるなんて事は絶対にありえませんね」


 「何か異変が起きてると考えた方がいいのかもねー」




 爺さんは魔力を溜め続けている。

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