第20話 最弱

 実はエルフの大森林に来てから身体の調子がすこぶる良い。テラに来てからとい


うもの身体が軽く感じていた。大森林に来るとそれに輪をかけて力が漲っているの


をヒシヒシと感じる。一応シオリさんに報告しておこう。




 「それは「世界樹の恩恵」の効果ですね」


 「それってエルフだけが使える特殊魔法だったよな」




 シオリさんは頷きながら手から一本の枝を生やした。




 「正確にはわたしとステラ様とエルフとハルさんです」


 「俺も使えたんかーい!」


 「代行者として制作したのがハルさんですよ? 当たり前じゃないですかー」




 制作したとか作品みたいだな俺。代行者ハル、現品限り。




 「それと以前に話した魔力放出出力を上げた指輪を試作しました。放出される量


  がかなり上がっているのでつける前にわたしに言ってください」


 「お、作ってくれたのか。最近寝苦しかったから助かるわ」




 それを聞いたシオリさんは少し俺を見つめた後、俺の瞳孔や身体を調べ始めた。


そしてこう言った。




 「ハルさん、まさかとは思いますが……。指輪に依存してませんか?」


 「そんな事あるわけないじゃねぇか」




 まったく失礼しちまうぜ。俺は地球にいた頃からアクセサリーの類には興味なか


ったからな。そんな俺がたかが指輪に依存とかありえねぇ。


 あーこれで夜グッスリ眠れるぜ。




 「方針を変えようと思います。しばらく魔力放出指輪はわたしが回収し、使用を


  禁止します。現状ハルさんの魔力量はそれなりの数値になっており多少休止し


  ても大丈夫だろうと判断しました。」


 「いやいやいや、それがないと俺、安眠できないかもしれねぇよ?」


 「それが依存です」


 「お、おう」




 まじか。俺、指輪に依存してたのか。全然気づかなかったぜ。




 「しっかり安眠できるように、大森林との適応値を上げ「世界樹の恩恵」を使い


  こなせるように、特訓を追加する事にします」








 翌日から俺は馬車から降ろされ走らされる事となった。しかも道ではなく道に沿


った森の中を迷彩服で。




 「ハル様がどこにいるか全然わかりませんわ」


 「あの服はわたし特製で森の中で隠れるのに適した作りになっています」


 「「世界樹の恩恵」で大森林の中では能力が上がっているはずのわたしでも感知


  しきれないぞ」


 「僕もどこにいるのか全然わからないね」


 「正解は、すぐ真横を走っているのじゃ」




 やべぇ。道なき道を馬車と一緒に走るってとんでもなくきついぞ。「世界樹の恩


恵」の影響なのか、周囲の様子や気配を感じ取れるので危険回避はできる。だが木


を避けたり藪を突っ切ったりの繰り返しは普通に走るのとは全く違う過酷さがあっ


た。




 オーロラたん曰く、境界の集落から実家のあるバゲンまでは集落がないとの事で


今日は野営をするらしい。ここを通る人はみんなそうするため夜営に適した場所や


設備がいくつか用意されている。夜営と言えばキャンプ!それを楽しみにしつつ今


は頭を空っぽにして走るっ!


 後で「ウォーター」を頭から浴びよう。




 「ハアハア、やっと着いたみてぇだな」




 俺は背中に担いでいたワイルドターキーを下ろした。こいつはさっき不幸にも俺


に追突してきやがった。お付きの料理人にさばいてもらえば何品か増えるだろ。き


っと肉食系エルフのオーロラたんも喜ぶはずだぜ。




 「ワイルドターキーが道の近くにいるなんて珍しいですね。血抜きして夕食に加


  えますよ」


 「そうなのか? 道のすぐ側でぶつかったぞ」


 「よく無事でいられましたね」




 運ぶために荷車を持って来ると言う料理人を止めた。




 「俺が運んでやるよ。どこで血抜きするんだ?」


 「それじゃあそこまでお願いします。よく普通に持てますね」


 「鍛えてるからな。これぐらい持てねぇと鬼教官にどやされちまう」


 「一つ聞きたいのですが鬼教官とはどなたの事でしょう?」


 「そりゃシオリさんに決まってるじゃねぇか……ん?」




 料理人はあそこに置いてくださいと言って離れていく。なんなんだ。後ろを向く


とそこには鬼教官がいらっしゃった。




 「や、やぁシオリさん。て、天気良いね」


 「もう夕方ですよ。話をそらそうとしないでください。鬼教官とは誰の事でか?」


 「くっそおおおおお。おまえだー!」




 走って逃げようとする。が、逃げられるわけないんだよなぁ。見えない何かで拘


束された俺を見下ろしながら鬼教官は告げる。




 「今日はハルさんの前世のお肉で夕食はタンパク質豊富ですね。夕食までにお腹


  と胸を破壊しましょう」








 「俺の前世やっぱりワイルドターキー!」と叫びながら筋トレした。もう動けん。


俺はもう一歩も動けんぞ!


 そんな状態の俺を心配したソフィーちゃんがやってきた。




 「ハル様、大丈夫ですの?」




 答える事も出来ずに頷きだけを返す。




 「それじゃ。えいっ!ウォーター!」




 ソフィーちゃんにウォーターをぶっかけられた。




 「お、お、溺れ、がぼぼぼぼぼ」


 「キャーッ!ハル様大丈夫ですか!?」




 ソフィーちゃん、自分でぶっかけときながら大丈夫ですかはねぇよ。一体どうし


てこんな事に。




 「シオリさんに疲れ果てたハル様はウォーターをかけられると元気になると聞い


  て。わたくしも半信半疑でしたの。ごめんなさい」




 シュンッとうなだれるソフィーちゃん。




 「いや、いいんだ。後でウォーターを浴びるつもりだったからソフィーちゃんは


  気にしないでくれ」




 鬼教官マジ鬼。気を抜いた瞬間の追い討ちも忘れない。


 やはりソフィーちゃんは少し騙されやすいんじゃねぇかな。心配だしオーロラた


んだけじゃなくソフィーちゃんもしっかり観察しよう。




 その晩の夕食は丸々一頭のワイルドターキーがあったお陰で夜営にしてはかなり


豪勢だった。残りは次の日の朝食と日持ちのする干し肉にするらしい。


 こうしてキャンプの火を見ていると地球にいた頃を思い出す。あの頃から俺はシ


オリさんにしごかれてワイルドなキャンプをしていた。時には明日香も連れて普通


のキャンプにも行ったなぁ。年頃の女の子なのに虫を嫌がったりしなかったのも今


となっては納得だ。




 「どうしたんだい?」




 金属製の容器に入った酒を片手に現れるレオ。




 「こうやって火を見ていたら昔の事を思い出してな」




 こういう時に酒は合うのかもな。思い出に浸る。今は遠く届かない。そんな場所


や人を想って。




 「俺も一杯貰えるか?」


 「いいよ。ハルはお酒飲んだ事ないんだよね?」


 「あぁ。いざとなったらステラ様もシオリさんもいるから大丈夫だろきっと」


 「これも弱めのお酒だし平気かもね。それじゃ乾杯をしよう。ハルの初めてのお


  酒に」




 レオはそう言うとニヤリと笑い、酒を注いでくれる。




 「ははは、なんだそれ」




 乾杯をして一口軽く飲む。アルコールで少し舌先がピリッとするがうまいし普通


に飲めそうだ。




 「酒なんて初めて飲んだが結構イケるなこれ」


 「僕も好きなんだよね。これはテラ中で一番親しまれてるお酒じゃないかな」




 作られる地方ごとに使う素材が違うので味も変わるらしい。基本的にフルーツを


使うから果実酒みたいなもんかな。ゴクゴク飲めるわ。




 「あら、お兄様もハルさんもこちらにいたのですね」


 「初めての酒の味をレオに教えてもらってな」


 「ずるいですわ。わたくしも早く一緒にお酒を楽しみたいです」




 ソフィーちゃんだけは未成年だ。オーロラたんは成人してるみたいだけど酒飲ん


でるところは見た事ねぇな。




 「ソフィーもあと少しじゃないか」


 「だな。その時は皆で祝おうぜ」


 「それはすごく楽しみですわ。オーロラもわたくしが成人するまで待っていてく


  れてるのですよ」




 そういうわけだったか。本当に仲が良い2人だぜ。「かわいさと美しさを兼ね備


える2人がお酒を飲んでキャッキャウフフするとかなんのご褒美なんだ。そんなの


心の隠しフォルダに動画として保存していつでも見放題にするしかないじゃねぇか。


待ち遠しくて心が飛びはねそうだぜ」




 「ハル? もう酔ったのかい?」


 「俺は全然酔ってないぞ。俺は全然酔ってないぞ」


 「あ、あの!ハル様はわたくしとオーロラが仲良くしてるのが好きなんですの?」


 「そりゃあソフィーちゃんとオーロラたんが仲良くしてるのは目の保養になるか


  らな。見てるだけで幸せになれるぜ」


 「ハ、ハル。本当に大丈夫かい?」


 「大丈夫大丈夫。俺がこの程度で酔うわけねぇぜ」




 ソフィーちゃんが走り去ったと思ったらオーロラたんを連れてきた。なんかよく


わからねぇがやったぜ。




 「ハル殿、酒を飲んで大丈夫なのか?」


 「初めて飲んだけどうまいし大丈夫だぞ」




 みんな心配しすぎだ。俺はこの通り平気だっていうのに。




 「わたくし達はこのジュースを飲みましょう。ほらオーロラも」


 「ありがとう。ふむ、これはうまいな」


 「でしょう? 旅の途中で飲もうと思って持ってきたのですわ」




 ソフィーちゃんがオーロラたんの膝の上に手を置いて話してる。2人から目が離


せない。魔法でも使われてんのかっていうぐらい抗い難い空間ができあがっちまっ


てるぜ。




 「レオ、お前は平気か?」


 「僕は慣れてるからね。これぐらいじゃどうってことないよ」




 まじでか!こんな空間に慣れてる上にどうってことないとか……。子供の頃から


こんなうらやまけしからん光景を見てきたというのか。ぐぬぬ。




 「今は軽めだけどもっと濃い方が僕の好みかなぁ」


 「なんだと……!?」




 レオ、お前はなんて罪深いヤツなんだ。俺は今の2人を見ているだけでもう限界


だというのに。




 「たぶんこの辺に少しだけあったはずなんだけど……」




 レオが何か言っているがその間にソフィーちゃんはなんとオーロラたんの膝に頭


を乗せて膝枕されている。




 「もうソフィーはいつまで経っても甘えん坊だな」


 「それでも甘えさせてくれるオーロラが好きですわ」


 「ほら、ハル殿も見ているじゃないか」


 「ハル様、あまりジッと見ないでください。恥ずかしいですわ」




 ダ、ダメだ。攻撃力が高過ぎる。これは俺には刺激が強過ぎるぞ!




 「これはくるねー!やっぱりこれぐらい濃い方が僕は好きさ」


 「俺、完敗」


 「ふふっ乾杯」








 例えこのパーティーで最弱の俺を倒しても次なる刺客が現れるだろう。

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