第3章 世界樹編

第19話 葛藤

 今、ハル殿は馬車の中で正座をさせられている。


 わたしも突然馬車から出て走り出すという奇行はどうかと思ったが、戻ってきた


後が特に良くなかったのではないかと考える。


 戻ってきたハル殿はエルフのどんなところが好きかとか、エルフに対する思いの


丈をわたし達の前で熱く語り始めた。小一時間程。当のエルフであるわたしは恥ず


かしいようなむず痒いようないたたまれない気持ちでどんな顔をすればいいかわか


らなくなってしまった。




 それが悪夢を招いたのかもしれない。底冷えするかのような魔力を発し強烈なま


での圧迫感で呼吸をする事さえ困難になる。一体何が起きているのか。答えは自分


のすぐ隣にあった。


 そこには満面の笑みを浮かべるソフィー。ただしその瞳からはいつもの太陽のよ


うな輝きが消え失せ焦点が合っていない。


 ソフィーはレオナルド殿の事で暴走する事が稀にある。これはその時と同じ兆候


なのだ。ハル殿と知り合ったキッカケの時もそうだったが、暴走状態のソフィーは


何をしでかすかわたしにもわからない。今まではレオナルド殿の事以外で暴走する


事などなかったのだが……。




 「ハル様、こちらにいらしてください。そこで正座をしていてください」




 (これはまずい)




 きっとハル殿はソフィーからの殺気や圧力をわたし以上に感じているはず。その


証拠にあのハル殿が青ざめた表情で何も言わず正座をした。ソフィーも何も言わず


正座しているハル殿を見ている。




 ハル殿との出会いがわたし達を変え始めている。彼はわたし達が思いもよらない


事を考え実行し結果を出す。わたしはエルフ族の若者の中でもそれなりの実力で認


められてきた。だが、そんなわたしも彼には遠く及ばない。ステラ様の代行者であ


るハル殿とただの一エルフでしかない自分を比べる事自体おこがましいか。




 ソフィーは自分でも気づいていないだろうがハル殿に思いを寄せていると思う。


子供の頃からの付き合いだ。それぐらいわかってしまう。普段のソフィーはごく親


しい人を除き明るく柔らかい対応しかしない。もちろん言うまでもなくレオナルド


殿が関連する事も除くが、喜怒哀楽を人にぶつける事は決してしない。




 思い起こせばその知り合ったキッカケでソフィーが様々な感情をハル殿にぶつけ


た時点で既に始まっていたのかもしれない。……わたしもな。




 この想いは羨望や憧れだ。そういう事にしよう。そうすればわたしもソフィーも


今のままでいられる。ソフィーを宥め正座をさせられているハル殿を助けるという


自分の役目に戻るとしよう。




 「ソフィー、そろそろハル殿を許してやらないか? きっと悪気があったわけじ


  ゃない。エルフ領に入って少し道が悪路になった分つらいだろう」


 「もう、オーロラがそこまで言うのでしたら……」














 「と言うと思いまして?」




 背筋がゾクッとした。ソフィーがこちらを見ているという、ただそれだけで。だ


がソフィーの表情はいつも通りに戻った気がする。




 「冗談ですわ。けどオーロラばかりずるいです。やっぱりわたくしもエルフにな


  れないかしら。うふふ」


 「あ、あぁ」




 冗談なのか本気なのか、わたしにはそう返す事しかできなかった。そしてソフィ


ーは少し近づくとわたしの耳元でこう囁いた。




 「ごめんなさい。照れて喜んでいるオーロラを見て少し心がチクチクしてしまい


  ましたの。でも、オーロラも身を引く事は絶対にしないでくださいね。きっと


  ハル様なら良い道を示して下さいますわ」




 わたし達は子供の頃からの付き合いだ。全部バレてた。






 そんなこんなありつつも馬車は今日泊まる予定のエルディスタン最初の集落へと


到着した。ステラ様とシオリ様とレオナルド殿はそんな中でもずっと熟睡してた。










 「いやーさすがの俺も長時間の正座はつらかったぜ」


 「これに懲りたらわたくしの事ももっと褒めてほしいですわ」




 プクーッと頬を膨らますソフィーちゃん。いつも褒めてるつもりだったがその大


半が心の中での叫びだったな。




 「すまんすまん、いつも心の中でソフィーちゃんまじかわいいプリンセスとか思


  ってるぞ」


 「ハル様のばかばかー」




 顔を赤くしてポカポカ叩いてくる。かわいい生物だぜまったく。








 「そうだ、エルディスタンでステラ様このままで大丈夫か?」




 人類種の中で特にエルフ族と魔族にとって母親幼女は信仰の対象となっているら


しい。エルフは自然や世界樹を大切にしている。万物そのものである母親幼女は神


と同じなのだろう。




 「集落を通る度に平伏されるやもしれん」


 「それはまた、面倒だな。オーロラたんの家に到着するまで認識阻害結界でステ


  ラ様を隠そうと思うがいいか?」


 「ふむ、それができるなら名案かもしれん」




 母親幼女を起こすと自分だけに認識阻害結界をかける様に言った。




 「むにゃむにゃ、それじゃ仕方がないのう。むにゃむにゃ」




 これで誰がどう見てもただの幼女になった。




 「オーロラたんの家に着いてからどうするかはオーロラたんの親も交えて話して


  から考えようぜ」


 「それがいいですわね。わたくしもエルフの慣習にはそれ程詳しくないので」


 「わたしの一存で決められる事でもないからな。そうしよう」


 「この集落には宿屋とかあるのか?」


 「ここはマルア王国との境界の集落でな。商人や旅人もよく訪れるので宿屋もあ


  る」


 「まじか!? やったぜ」


 「喜んでるところすまないが、わたし達が泊まるのは村長の家の別宅だぞ?」


 「そうだったのか……」




 俺のテンションを返してくれ。初めて宿屋体験できると思ったがそうはいかねぇ


よな。なんていったって隣国の王子、姫それに加えてこの国のお姫様一行が普通の


宿屋に泊まるわけないわ。もし泊まるとしたらセキュリティー万全でその国でも屈


指の宿屋だろう。俺みたいな山賊崩れの様な見た目のやつが泊まったとしても怪訝


な目を向けられない、うらぶれた宿屋等にこの煌びやかな面子は合わない。




 母親幼女には認識阻害結界をかけたままで村長の家に挨拶へと向かう。境界にあ


る集落だけあって、人間族に対してもおおらかで丁寧な村長さんに別宅へ案内して


もらった。その別宅も清潔にされており隣国の王子、姫が来訪する事も話が通って


いたんじゃねぇかと推測される。


 おそらく母親幼女の事だけは完全に内密の話になっているんだろう。毎回平伏さ


れて祀られたり宴を開かれたりしてもお互いに大変だからな。






 「不勉強で悪いんだがエルフの食生活ってどんな感じなんだ?」




 俺の想像してきたエルフは肉をあまり食わずに野菜やハーブ等の自然食材を使っ


た食生活をしてるイメージだ。地球的に言うなれば軽めのベジタリアンぐらいの感


じではないかと想像している。さすがにヴィーガンまではいかないんじゃねぇかな。




 「人間族とそこまでの違いはないと思う。森の恵みから得られる食材を好むぐら


  いではないかな」


 「そういえばオーロラたんはマルア王国でも俺らと同じ様な食事してたもんな」




 普通に俺達と同じ物食べてたけど何も文句言ってなかったわ。イメージ先行の偏


見だったのか、すまねぇ。




 「ただし森の恵みから得られる食材で作られた料理をなぜか無性に食べたくなる


  事があるんだ。なぜかはわからないが」


 「さっきから出る森の恵みって具体的にはどういった物を指すんだ?」


 「それはこの大森林、世界樹の力が及んでる場所で採れる食材全てだ」


 「それじゃ肉や酪農で採れる物も大丈夫なんだな」


 「むしろ肉は大好きだ」




 目をキラキラさせていた。オーロラたん肉食でした。肉食エルフって逆にいいな。


深い意味で。


 その後、村長さんが手配してくれた食事は野菜も多かったが肉もふんだんに使わ


れていた。独特な香辛料とハーブで味付けされていてうまかったぜ。例の如く何の


肉とかさっぱりわかんねぇけどな。






 エルフの集落や家は結構イメージに近かったぜ。普通の木で作られた家もあるが


でかい木をそのまま家として利用していたり、巨大な木同士を繋げて木の上に家を


作ったり、木の成長と共に階層を増やしたような大きい家もあった。エルフすっげ


ぇわ。これは世界樹と共に生きる種族という看板に偽りなしだ。




 村長さんの別宅も湖畔に立っていて、まるで別荘みたいな佇まいで趣があった。


今度は決して声に出さないがエルフいいわぁ。地球では接する事ができなかった架


空の存在が実在して目の前にいるってのもあるが、生き方とか生活習慣とか共感で


きる部分が多々ある。俺の前世きっとエルフだ。




 「プッ、ハルさんの前世はワイルドターキーですよ」


 「俺、食用かよ!エルフに食われるなら本望!」


 「ハル様?」


 「いえ、何でもないであります!マム!」


 「前世なんてないですけどね」




 くっそおおおおおおお。完全に釣られちまったぜ。ぐぬぬ。




 「前世ないってまじなの?」


 「重要機密に該当するのでお答えしかねます」




 そりゃそうか。地球でもテラでも生と死の答えなんてまだ見つかってないんだか


らな。正直俺も知りたいけど知りたくないって気持ちの方がでかいわ。別の宇宙と


かぶっ飛んだ場所まで来ちまったが世の中は謎に満ちてる方がおもしれぇ。


 母親幼女の代理人とはいえ俺の中身は世間知らずのガキでしかねぇんだ。いろん


なもん見て、いろんな人と出会って、代理人として恥ずかしくない自分を目指すだ


けだぜ。


 そういった意味でもここ、エルディスタンに来た事は大きい意味を持つはずだ。


オーロラたん以外のエルフと初めて接する機会を持てた上に、これからのテラの人


々の生活を一変させる技術を提供しに来た。


 できるなら本当は母親幼女の力を借りずにやりてぇとこだが。今の俺はどこの誰


ともわからない人間族の子供っていうのが正当な評価だろう。








 よく考えたら代理人の割に全然表舞台に立ってねぇ!


 ヘンリーさんとミアさんとは仲良くさせてもらったがマルア王国の国民は誰一人


として俺の事を知らねぇまであるぞ。話してたの訓練に混ぜてもらった兵士さんと


かダンジョン前の兵士さんぐらいじゃねぇか。




 「なぁ、シオリさん。俺って代理人の割に表舞台一切出てないけどいいの?」


 「えぇ。問題ないですよ。あくまでわたし達が直接関与できない部分をどうにか


  してもらう事が目的ですから」




 それなら俺が表舞台に立ってテラの人々に顔を覚えてもらう必要はないのか。




 「各国の首脳陣ぐらいにはしっかり覚えてもらいます。テラの人々に知られない


  まま、裏からテラを牛耳るとかハルさんワルですね」




 聞こえは悪いがこのままいろいろ実行していったらまじでそうなりかねない。




 「ハルはそんな事しないさ。もしそんな事になるなら僕が止めてみせるよ」


 「レオ……お前……」












 「やっと起きたのかよ」






 ステラス関連で疲れてたんだろうけどさぁ!あまりの熟睡っぷりに起こすのも気


が引けて起こさなかったが、寝起きでもイケメンか!




 「ないとは思うがその時は頼んだぜ」




 そう言って肩を叩き合った。

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