第18話 出立

 「ステラス」販売の準備は着々と進んでいた。そこに俺が新しい試みをねじ込ん


だわけだが。これから王家が運営していくに当たって味のバリエーションを増やせ


るという事は間違いなく武器になる。人ってのは飽きやすいものだからな。




 俺達が王都を離れる日も近づいてきた事だし早速あのジュースに合いそうなスラ


イムを詰めた即席シェイカーを持ってレオを連れておっさんの農場を訪れた。




 「よう、おっさん。話してた通りきたぜ」


 「だから俺はおっさんじゃねぇと何度……レオナルド王子様!?」




 俺に対する態度とレオに対する態度が違い過ぎるだろと突っ込もうとしたが、よ


く考えなくてもレオって王子様だし当たり前だったわ。




 「貴族の坊っちゃんだとは思ったがまさかレオナルド様の知り合いだったとは」


 「驚いただろ? この間話した通り商談が成立すればおっさんのとこのナシをか


  なり発注する事になるぜ」


 「一度王家で買い上げてお店に回す予定だからね」


 「まずは、飲ませてもらおうぜ。おっさん一杯頼むわ」


 「おう、ちょっと待ってな」




 おっさんはわざわざ搾りたてを用意してくれた。搾りたてとか最高だぜ!そうい


うの好きだわ。それをシェイカーに入れ軽く振って混ぜる。それをレオに渡す。




 「これで量的には半々ぐらいだ。飲んでみろよ」




 レオはゴクゴク飲んでいく。と、止まらねぇ。こいつ全部飲む気かおい。




 「ハル!これはおいしすぎるよ!「ステラス」だけでも未知の食感なのに、これ


  は最高だ!すぐに契約しよう」


 「そうなる気はしてたぜ。おっさんが訳わかってないから説明してやれ」


 「そうだね。これはまだ内密の話なのだが、ここ数日中に王家から新たな飲み物


  を販売する事になった。その飲み物にこちらのナシを使わせてもらえないだろ


  うか?」


 「え、えぇ。ウチとしては嬉しい限りなんですが本当にいいんですかい?」


 「おっさん、自信持てって。ジュース屋もきっと繁盛するぜ」


 「そうか? それじゃうちのナシでよかったら使ってくれよ」




 買い上げる量や値段を話し、後で城の者に取りにこさせる事を伝え俺達は一旦城


に戻った。




 「レオがゴーサイン出したから即契約しちまったけどよかったのか?」


 「あぁ。今回は全てレオに任せたからね。それにハル君がそこまで言うなら僕と


  しては反対する理由なんてないさ」


 「それならよかったぜ。それと宣伝の事なんだが……」




 母親幼女の「投影魔法」を2回分準備した。これを明日、明後日のお昼時に王都


中に流す予定だ。俺達が王都を発つ日がオープン日だがこの日はオープン時間に生


母親幼女を店の前に登場させる。完璧だぜ。




 内容はこうだ。


 真っ暗な場所で一人蹲る母親幼女。そして誰に語りかけるでもなく話し出す。




 「ワシは悲しい。知られる事もなく本来の役目を果たせない者が居る事が。皆に


  は衝撃的な事かもしれないが」




 ここで母親幼女にスポットライトが当たる。




 「ワシはスライムを飲み物として作ったのじゃあああああああ」




 ここでナレーションが入る。




 「今日はそんなスライムのAさん(仮)の声を特別に聞けるようにしました。プラ


  イバシー保護のため一部音声を変えてお送りしております」




 母親幼女「お主はスライムに生まれてだいぶ経つらしいが、この先どうなりたい


      と思っておるのじゃ?」


 スライムA「ステラ様、僕は人間さんに飲んでもらいたいんです。でも人間さん


       は僕を見ると逃げてしまって……」


 母親幼女「人類種に飲んでもらうとお主はどうなるのじゃ?」


 スライムA「僕は魔力から生まれたんです。僕は飲んでもらう事で大いなる魔力


       の奔流へと帰っていけるのです。それはどんなに喜ばしい事か!」


 母親幼女「かわいそうにのう。それではワシがお主を飲んでやろう」


 スライムA「ステラ様が!? わぁ、僕こんな嬉しい気持ちになれたのは初めて


       です」


 母親幼女「そうかそうか。この入れ物の中に入るのじゃ」






 そして母親幼女はいつも通り「おいしいのじゃー」と連呼しながらスライムを一


気に飲む。




 「皆にもこんなにおいしいスライムを飲んでほしいのじゃ」




 ここでまたナレーションが入る。




 「な、なんとこのスライムを使ったドリンクをこの王都で販売する事になったぞ。


  その名も「ステラス」!ステラ様直々にお付けになった名前だぁ!国王様と王


  妃様もオススメしているぞ!」




 ここで王様と王妃様が「ステラス」を飲みながら華麗に登場しウィンクする。




 母親幼女が覚えやすいフレーズで「ステラス、ステラス、スーテラース♪」と歌


いながら魔法で幕が降りる。




 幕の前に王都の地図と人形みたいなシオリさんが現れ販売店の場所を「バシッ」


という効果音と共に指す。




 「ステラCHいかかでしたでしょうか? 少しでも興味が持てた人は高評価とチ


  ャンネル登録、そして「ステラス」を是非買いにきてくださいね」






 完璧過ぎて自分が怖ぇな。ちなみにヘンリーさんとミアさんの登場シーンを2日


目はレオとソフィーちゃんにやってもらった。娯楽の少ないテラでこんなのをチー


ト持ちの母親幼女使って流したらドッカンドッカン間違いなしだぜ。










 両日ともめちゃくちゃ盛り上がった。ステラ様効果凄過ぎて構成を考えた俺も少


しドン引きしてる。既に並ぼうとしてるヤツらまで出てきて「並ぶのは当日朝から


でお願いします」と行列整理担当の店員さんがオープン前から臨時で働き始めた。




 「ヘンリーさん、いよいよ明日開店だな。俺らがいなくなった後は頼んだぜ」


 「あぁもちろん。ハル君には何から何まで世話になってしまったね。けど何も明


  日に出発しなくても良かったんじゃないかい?」




 その疑問ももっともだ。店のオープンに合わせて出発じゃ慌ただしいからな。




 「店のオープン前に生のステラ様をあの場所に降臨させるつもりなんだ。そして


  最後のアピールをする。演出上そのまま旅立つ。これでステラスが廃れる事は


  確実になくなる予定だぜ」


 「ハルにとってはそれも計算の内ってわけだね。その発想力が羨ましく思うよ」


 「レオも俺と行動してればある程度は身につくはずだ。レオなりの発想力ってや


  つがな」




 これたぶん一緒にいる時間が長ければ長い程、俺が地球での記憶をたどっただけ


の発想だから身につけちゃう気がするんだよなぁ。




 「こちらに帰ってきて久しぶりに会ったレオは、以前とはだいぶ考え方や雰囲気


  が変わった気がするわ」


 「そうですわね、お母様。お兄様もハル様もとても頼りになりますもの」


 「空いた時間に一緒に訓練とやらをさせて貰ってるがわたしは着いてくのがやっ


  とだからな。わたしももっと精進せねば」




 この先の事もあるし機会を作って一度全員の実力を見ておいた方がいいな。今の


今までそれを確認してこなかったのはまずいぜ。




 「その通りですよ、ハルさん。ハルさんの実力は特訓の成果と毎日の日課でズバ


  抜けていますが多人数だと何が起きるかわかりません。しっかりわたしを守っ


  てください」


 「心読んでくる上に最強クラスのチートキャラに守ってくださいと言われても」


 「そこはほら俺が守ってやるぜぐらいの気概を見せてください」


 「そうなのじゃ。ワシも守ってほしいぞい」


 「わかったわかった。俺がまとめて守ってやるぜ」




 周囲を見る。あ、これまたいつものパターンだ。これ誘導尋問じゃねぇのかよ!




 「ハル様、ちゃんと守ってくださいね?」


 「わたしは一緒に戦うが守ってもらうのも悪くはな……ごにょごにょ」


 「レオよく見ておくんだ。あれが口説き文句だよ」


 「さすがハルだね。息をする様に口説く」


 「王家も安泰かしらねぇ」




 こうしてマルア王国最後の夜も過ぎていった。この夜景もしばらく見納めか。全


員をこの夜景と一緒にフォルダにそっと収めた。かけがえのない人達とかけがえの


ない時間を切り取って。




 翌日起きると天気は快晴、店のオープンにもエルディスタンへの出発にももって


こいの日になった。さすが母親幼女天候すら操るとでもいうのか。




 「ワシは特に何もしとらんのじゃ」


 「この季節の王都周辺はあまり悪天候になったりしませんからね。わたしが少し


  だけ調整しておきましたよ」


 「お、おう。」




 やっぱり操作はされていた。深く考えるのはやめよう。そうしよう。




 「そういえばエルディスタンに向かうという事でハルさんにはこれを用意しまし


  た」




 取り出したのは迷彩のフルセットだった。俺、エルフと戦争でもさせられるんだ


ろうか。ギリースーツじゃないだけまだマシか……。




 「しかもこれ生地が明らかにまずいやつじゃねぇの」


 「わたし達だけが使う分には問題ありませんよ。ステラ様のタンブラーも平気で


  すしね」


 「そうなのか。その辺の区切りがいまいち理解できん」


 「許可できないものの場合はわたしが現れるから大丈夫です」




 だからこえーよ!実体があるだけにホラーなんかと比べ物にならん。




 「時間もない事だし着替えて行きましょう」


 「ワシはいつでも準備万端じゃぞ」


 「おう、それじゃさっさと着替えるわ」


 「街中で目立つ事うけあいです」




 せやな。そりゃ目立つだろうよ。けど今日の主役は「ステラス」とステラ様だか


らな。俺は裏方に徹しよう。


 エントランスまで来るとみんなもう待っていた。挨拶を交わしあう。




 「僕達は馬車に乗っていつでも出られるように待機してるよ」


 「開店セレモニーが終わったらすぐ向かうぜ」




 レオ、ソフィーちゃん、オーロラたんの3人は馬車で待機していてもらい、ヘン


リーさんとミアさんには開店セレモニーに出てもらう。




 「レオ、ソフィー気をつけて行くんだよ」


 「2人がいなくなるとまた寂しくなるわね。頑張ってらっしゃい」


 「はい、父上、母上」「わかりましたわ、お父様、お母様」


 「ハル君も2人の事頼んだよ」


 「あぁ、任された」




 もう昨日のうちに別れを済ませたのかだいぶアッサリしてたな。オーロラたん曰


く昨晩ソフィーちゃんはミアさんと一緒に寝たらしい。本当にプリンセスってかわ


いらしい生き物だな。俺と同じ人間とは思えん。




 「ヘンリーさん、ミアさんそろそろ行こうぜ」


 「そうだね。少し急ごうか」




 一旦レオ達と別れヘンリーさんとミアさんと一緒に馬車へ乗る。今回母親幼女に


は生放送LIVEをしてもらうので、店の前に着いたら「転移魔法」で店の上空へ


と移動し浮遊していてもらう。時間になったら光と共に降臨していただく。




 店の前は人だかりと行列でもうカオス状態だった。店員さんまじ頑張れよ。母親


幼女は既に上空へ飛んでった。




 「それじゃヘンリーさん、ミアさんよろしく」




 馬車から簡易的に作った舞台まで優雅に2人が歩いていく。まるで海外の俳優と


女優みたいだな。


 母親幼女に2人は「拡大魔法」を使ってもらっている。声の大きさを文字通り拡


大させる魔法だ。この魔法は特殊過ぎて母親幼女以外に使える人類種はいない。2


日間流した「投影魔法」にも「拡大魔法」を使って音を拡大してもらった。そうし


ないと初日の花火みたいに無音になるからな。


 拡声の仕組みを応用して拡声魔法作った方がいいかもしれねぇ。




 ヘンリーさんとミアさんの挨拶も終わり特別ゲストが紹介された。まるで太陽が


落ちて来るかのような後光を纏いゆっくりと母親幼女が降りてくる。さっきまでの


喧騒が嘘のように静まり返った。こりゃすげぇ確かに降臨だわ。


 店の上で停止すると話し始める。




 「ワシは今日という日を待ち望んでいた。「ステラス」が皆に認められ共に楽し


  みを分かち合える日を」




 ここで一呼吸置くと歓声が上がった。その歓声に片手を上げ応え再び話し出す。




 「ワシは今日マルア王都を離れる」




 落胆の声と「ステラ様行かないでー」という声。




 「安心するがよい。お主達が踏み締めてる大地、生きてる場所がワシなのじゃ」




 ジャンプしながらステラコールが始まる。テラの人ってノリがいいのか?




 「ただ……「ステラス」の事だけが心残りなのじゃ。ワシが再びマルア王国を訪


  れた時にこの店が無くなってたら悲しいのじゃ……」




 ここで俺が指示した通り泣きまねをする母親幼女。そうだ!ここで泣き落としに


入れ!


 これを見た人達は「ステラ様泣かないで!」とか「ステラスは俺が守ります」と


か「ステラ様サイコー」とか泣きながら叫んでいる。




 「皆の気持ちは充分伝わったぞい。ありがとうなのじゃ。「ステラス」を飲んで


  元気いっぱいになるのじゃ!それではこれより「ステラス」販売開始じゃ」




 「転移魔法」で戻ってくる母親幼女。




 「ふぅ、疲れたのじゃ」


 「良くやった。やればできるじゃねぇか。俺はやればできる子だと思っていたぞ


  」


 「これだけ人が溢れていると通るのも大変ですし今回は特別に「転移魔法」で行


  きましょう」




 シオリさんがそう言うと俺達はレオ達の馬車の中に移動していた。




 「な!?」




 3人が驚く中シオリさんに聞いてみる。




 「「転移魔法」ってなにも唱えずにつかえるのか?」


 「熟練の域に達すれば魔法名なしで使えますよ」


 「なるほどな。おっそういえば3人とも驚かせてすまん」


 「「転移魔法」ってびっくりさせられますわ」


 「そうだね。魔法感知外からの魔法だから気づくこともできないよ」


 「以前も感じたが、わたしの知っている「転移魔法」とは別物だなこれは」




 驚きを口にする3人。オーロラたんが気になる事を言ってるぜ。エルフで使える


人の「転移魔法」を体験してみたいもんだ。エルディスタンに着いたらお願いして


みよう。


 城門を顔パスで通り抜けていく。いろいろあったがマルア王国はかなり楽しめた。


また来たいもんだぜ。「ステラス」飲みにフラッとくるかもしれねぇな。


 次は俺の大好きなエルフの国エルディスタンだ。今から楽しみで胸の高鳴りが抑


えきれない。ダメだ!もう耐え切れん!




 「ちょっとお外走ってくるぜ。うおおおおおおおおお」




 俺は馬車から飛び降りると馬車と並走しだした。明日香!俺はお前に言われた通


り真っ直ぐ走ってるぜ!

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