第2章 王都編

第10話 旅路

 夏季休暇までの一週間はあっという間に過ぎた。テラでの初めての遠出にまるで


遠足の前日みたいなテンションで毎日のように準備の確認をした。しかもテラに来


てほとんど半監禁状態だったしな。


 先日レオ達が来た時に移動手段が馬車だと聞いたのも楽しみの一つだ。地球にい


たら馬車に乗る機会もなかったからな。王家特製の馬車なので揺れも少ないですし


乗り心地は良いはずですわとソフィーちゃんも太鼓判を押していた。




 「母親幼女もだいぶここを空ける事になるが一緒に行って大丈夫なのか?」


 「何かあれば転移で戻るからのう。問題ないのじゃ」




 俺の特訓が終わり戻ってきてからやたら甘えん坊になったなこの幼女。今も俺の


膝の上に座ってご機嫌だぜ。




 「出る時に宮殿に結界を張るので留守にしても問題ないですよ」


 「結界といえばそろそろ新しい無属性魔法教えてくれないか?」


 「そうですね。今回の旅の間に転移は覚えて貰おうと思ってます」


 「まじで!? やったぜ」




 これは嬉しい。移動系の魔法は魔法の概念がなかった地球でも有名だからな。帰


りまでに習得してレオ達を驚かせてやろう。げっへっへ。






 そして前期も終わりを迎えマルア王国へと向かう当日となった。


 街の人々にしばらく宮殿を離れる旨を数日前にお触れとして出していたせいかま


たお祭りのような騒ぎになっていた。あちらこちらからステラ様コールがかかって


いる。




 「母親幼女は本当に愛されてるよな」


 「この星の皆の母みたいなものですからね」


 「うむうむ、特にこの街の者はワシのためにいろいろと尽くしてくれるからの」




 今回は大騒ぎにならないように初めから認識阻害結界で3人共姿を確認できない


ようにしてあり、待ち合わせ場所に向かう。


 待ち合わせ場所では既に馬車が止まっており、俺達が到着するのを待っていた。


王家の馬車とは聞いていたがすげぇな。




 「ハルかい?」


 「おう、認識阻害結界で確認できないだろうが俺だ」


 「これはすごいね。全く本人だとわからない上に注意を向ける事ができないよ」


 「俺達にしかわからないを質問してみてくれ」


 「あそこにエルフがいるけどあれは誰だかわかるかい?」


 「あぁもちろん。オーロラたんだ」


 「確実にハルだね」




 さすがレオは頭が回る。一瞬で確実な確認方法を考え付いたな。




 「それではワシらも騒ぎに巻き込まれる前に出発しようかのう」


 「はい、ステラ様。こちらへどうぞ」




 馬車の中には既にソフィーちゃんとオーロラたんが乗っていた。二人とも外の会


話を聞いてたようで俺達は何事もなく馬車へ乗り込む。最後にレオが乗り込むと御


者に声を掛け馬車は動きだした。




 「そろそろいいかのう」




 認識阻害結界を解く。同種の認識阻害結界を掛けられていた俺達には全く何も変


化がないように感じるがレオ達3人にとっては違ったらしい。少しずつ、まるで幻


覚から覚めていくかのように俺達の姿が現れたと言われた。




 やがて中央都市の検問を抜けた。こんな簡単に検問抜けさせて大丈夫なのか?




 「中央都市はワシ自ら特殊な魔法をかけておってのう。だから悪意や何らかの犯


  罪に加担している者は自動的に網に掛かるようになっておるのじゃ」


 「そりゃまたすげぇ仕組みの魔法だな」


 「エルフ族は魔法適性が比較的高いのだがそんな魔法は聞いた事もないな」


 「うむ、ワシがあの都市のために作った魔法だから特別なのじゃ」




 母親幼女が住民に愛されてるのは星の化身だからというだけではないんだな。




 「そうだ。専属シェフ置いてきて平気だったのか?」


 「彼は丁度良いので再度実家で修行してくるらしいですよ」




 再度修行とか。あれ以上になって戻ってきたらもう完全にチートだぞ。




 「ヤツの料理を食べられないのは残念じゃがのう」


 「あの方の料理は本当においしかったですわ。しかもおいしいだけでなく気配り


  も垣間見えて、わたくしあの感動を忘れられませんわ」


 「うむうむ、そうじゃろうそうじゃろう。ソフィアはよう分かっとるのう」




 ステラ様に褒められてしまいましたわと言いながらうふふと笑うソフィーちゃん。


馬車の中がほんわかとした空気になる。これは天性のものだよなぁ。レオとオーロ


ラたんが同じ事をやっても絵になるが、俺がやったら確実に大惨事。馬車の中が凍


りつく事うけあいだ。






 王都までは5日程かかるらしくその間いくつかの町や村で宿をとる予定だ。馬車


から外を眺めていたが街道はしっかり整備されており道幅もそれなりに広かった。


馬車や徒歩が移動手段のテラでは必要な事だったのかもしれない。




 「恥ずかしながら中央都市が出来る前は、ここまで整備された街道ではなかった


  んだよね」


 「そうだったのか。これだけ整備されてたら馬車もほぼ揺れねぇな」


 「ドワーフに依頼して手伝ってもらったのさ。ドワーフの人達は土魔法をうまく


  使うんだ。僕達人間にはできない芸当でね」


 「ドワーフは火と土に精通しているのだ。わたし達エルフは逆に水と風に適性を


  持つ者が多い。一部を除いてだがな」


 「わたくしも水と風を使えますのよ。エルフになれるかしら」


 「そのままのソフィーがわたしは一番だと思う」


 「もう、オーロラったら。でもありがとう」




 キャッキャウフフしてるなぁ。さすが王族会話だぜ。俺もレオと王族会話するし


かねぇな。




 「レオはどんな属性魔法を使えるんだ?」


 「僕は火と水だね。この組み合わせはなかなかいないらしいよ」


 「正反対だもんな。人間は結構適性に幅があるのか」


 「うん。様々な適性持ちの人が多いね。ただ、その分特化型にはなりづらいよう


  なんだ。ハルはどんな適性があるのかわかったのかい?」


 「俺か? 俺は全部だ」


 「なっ!?」


 「全部だ」


 「ハル……君は本当に人間かい?」




 おうぞくかいわにしっぱいした。




 「ひでぇな。正真正銘れっきとした人間だぞ」




 見た目だけな。




 「全属性を使える者はわたし達エルフ族でも賢者と言われている1人。魔法を得


  意とする魔族ですら数人らしい」


 「ハル様すごいですわ。人間族で全属性を使える方は初ですのよ」




 やっべぇ。俺もついにチートの仲間入りしちまったかー。




 「まーこの2人に比べると俺はまだまだだ」


 「あとは継続ですよ」


 「ワシらは生きた時間が違い過ぎるからのう」




 俺の膝の上に座って外を眺めて「わー」って言ってる幼女が最強だからな。シオ


リさんは未知数ではあるが。もう完全に定位置になりつつあるなそこ。


 ちなみにシオリさんはオーロラたんに抱っこされている。以前言っていたがオー


ロラたん、可愛い物に目がないらしい。オーロラたんを度々観察していた俺はシオ


リさんを目で追いかけてる事に気づいた。




 「オーロラたん、シオリさん抱っこしてみるか? もちろんシオリさんが良けれ


  ばだが」




 そう聞くと食い気味に答えてきた。




 「ほ、ほ、本当にいいのか!?」


 「ええ、わたしは構いませんよ。どうぞ」




 ぴょんっという感じでオーロラたんの膝の上に乗るシオリさん。最初は恐々とだ


ったが今は愛おしそうに撫でている。




 「オーロラは昔から可愛い物大好きでしたのよ」


 「どうしても目で追ってしまってな。全部お見通しだったか」




 恥ずかしそうに言うオーロラたん。観察してたら誰でも気づくと思うぞ。テラの


住人節穴だらけ説あるな。




 「さすがハルさん、並大抵のストーカーじゃないですね。ナイスストーキング!」




 ウチの家政婦さんが犯罪者扱いしてくる件について。しかもなんだそのナイスス


トーキング!って。意味もわからないまま空気を読んでシオリさんと一緒に親指立


ててるレオもまじやめてくれ。


 ストーカーの概念がどうやらないらしいテラで、このままじゃストーキングが相


手の隠された良い部分を見つける高尚なスキルとして定着しちまうぞ。




 その晩泊まった町は牧畜が主産業だったので絞りたてミルクを自棄飲みした。レ


オは軽く酒を飲んでたな。自己紹介してもらった時にも軽く聞いたが、国ごとに多


少の差はあれどテラでは15歳前後で成人を迎える。


 俺はこの友人達の中で一番年上なのだがテラ歴は一番短いので酒を飲んでない。


むしろ飲んだ事がないので少し怖いというのもあるな。酒乱だったりして暴れたら


今の俺の場合まじでやべぇ。


 王都についたらシオリさんか母親幼女同席で一度試してみるのもいいかもな。




 その後、ミルクを飲み過ぎて腹痛を起こした俺は己との戦い、死闘に向かうので


あった。まじつれぇ。ぐぬぬ。








 5日はあっという間に過ぎた。俺達は数ヶ月のブランクを埋めるように沢山語り


合いそして笑い合った。俺の場合馬車からの景色も楽しめたのもある。猪のような


見た目で大きな鹿の角をした野生動物とかどっちだよ!とつっこみたくなった。




 「あれは昨晩食べたワイルドターキーですね」


 「ターキーなのか……。うまかったな」




 俺を混乱させようとしてんのかテラは。地球にいた動物と似ているものさえ名前


が入れ代わってやがる。だから食材の名前とかわけわからねぇ事になってんのか。


俺は考えるのを放棄し1人の時はオススメを頼もうと決めた。飲み物はそのままだ


ったりするから余計混乱するぜ。




 「王都には明日着くんだよな?」


 「あぁ、何事もなければ明日の昼には着く予定さ」


 「レオ達は王城へ向かうとして俺達はどうするか?」


 「城下に宿をとりそちらを拠点にいたしましょう」


 「いえ、さすがにそういうわけには……。まず父とお会いいただき、城を拠点と


  して使ってもらう事になると思います」


 「ワシが来る事はもう伝えてあるんじゃよな?」


 「はい、使いの者を通して既に伝えてあります」


 「うむうむ、それなら良いのじゃ。王都に着いたら王城へ行きマルア王と会見す


  るかのう」




 宮殿で少し慣れたが王城は初めてだからな。どんな場所か楽しみだぞ。




 「まあ。来てくださるのですね。城には庭園があってそこでティータイムを楽し


  むのがわたくしとても大好きですの。招待いたしますので是非いらしてくださ


  いね」


 「庭園か。それはすごいな。楽しみにしてるぞ」




 俺は口下手だから曖昧な返ししかできないが、レオならこう言うんだろうな。


「でも庭園のどんな花よりも君の方が可憐で素敵さ」と。




 「もう、からかわないでください、ハル様ったら。ですがまるでお兄様みたいで


  素敵でしたわ」




 頬を染めるソフィー。あ、これまたやっちまったか。




 「ハルって心の中で考えてる事は意外とロマンチストだよね」


 「今のは俺の中のレオのイメージが言わせたんだ。ソフィーちゃんもまるでお兄


  様みたいって言ってるじゃねぇか」


 「おっと、とんだやぶへびだったみたいだね」




 そう言って笑う。初めての馬車の旅ももうすぐ終わりだ。あの特訓の日々が夢の


ように遠く感じる。基礎訓練は毎日続けてるが、安眠できて最高だ。


 レオ達3人には指輪に絶対触れないように言ってある。まじで危ねぇからな。下


手したら国家反逆罪になりかねん。


 明日は王都!初ダンジョンも楽しみだぜ。




 この時の俺はダンジョンでまさかあんな事になるとは思ってなかったんだ。

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