第8話 温泉回

 夕食前にいた部屋に戻ってきた。どうやらこの部屋を自室としては自由に使って


いいらしい。体のストレッチをしながら魔力操作の練習をする。


 転移魔法とかあんなのを間近で見せられたらテンションマックスで訓練にも身が


入るってもんよ。




 「ハルさん、魔力操作はもっと心を静め落ち着いて行ってください」


 「あ、はい」




 情熱は静かに燃やす。きっと息をするように魔力操作を行えるようになる頃には


叫びながらでも魔法を使えるだろう。そうなる自分を想像して今は努力するのだ。


 そろそろレオを誘って件の温泉へ行こうと思いシオリさんにレオの部屋へ案内し


てもらう。




 「そろそろ温泉入りに行こうと思うんだけど一緒にどうだ」


 「ありがとう。僕もステラ様の宮殿で一人で入りに行く勇気はなくてね。ハルを


  待ってたんだ」


 「待たせちまったみたいですまんな。少し食後の訓練してたんだ。とりあえず話


  しながら行こうぜ」




 この宮殿もとんでもない広さだな。これからは俺も一緒だが母親幼女が一人で暮


らす設計にしては余りに広過ぎる。


 そんな中をシオリさんが右へフワフワ、左へフワフワしながら浴室まで連れて行


ってくれる。




 「本当に不思議な方だね」


 「シオリさんか? 俺は物心付いた時には既に一緒にいたからなぁ」


 「見た目は僕が知るこの星のどの種族にも当て嵌まらないんだよ」


 「あぁそういう事か。今のシオリさんの姿は擬態みたいなもんで本来のシオリさ


  んの見た目は人間そのものだぞ」




 実際はどの種族にも当て嵌まらないから合ってるぞ!レオは王族だけあって考察


力が優れてるな。




 「そうだったんだ。今の姿はオーロラも気に入ってるみたいだね」




 ふふっと微笑するレオ。俺もこの笑顔習得したいわ。明日香に笑い掛けて怖がら


れた事が完全にトラウマになっちまってやがる。自然な笑顔のコツをレオに伝授し


てもらいながら浴室へ向かった。




 「こちらが浴室になります。混浴もございますがいかがいたしましょう?」


 「いや普通に男風呂行くでしょ」


 「僕はどちらでも構わないよ」




 この返答に少し驚いた。




 「あの2人は女性用に行くだろうし、子供の頃は一緒に入っていたからね」


 「あちらは年頃だし今は嫌がったりするんじゃないか?」


 「どうだろうね。あの2人は平気そうな気がするかな」




 これは王族だからなのか、それともこの星の常識としてなのか判断に困るな。男


専用があるし無難にそっちに行っておこう。残念だったな!




 「まー男用があるし今回はそっちに行こうぜ」


 「そうだね。僕達は僕達で温泉を堪能させてもらおうよ」




 温泉に入りながらテラの温泉事情を聞かせてもらった。この場所を除くとテラに


ある温泉街は二ヶ所しかないらしい。一つはドワーフ坑道の真上にある温泉街。も


う一つは魔族領にありかなり遠いらしい。温泉がそれだけレアだと女性陣が目を輝


かせてたのもわかるな。


 母親幼女自身がテラだし、HPCSが地下深くまで根を下ろしてる事を考えれば


ここに温泉があってもおかしくない。永遠に近い時間を生きるにはこういった刺激


や楽しみが必要なのかもしれない。




 「それじゃそろそろ出よう」


 「あぁそうするか」




 男同士の風呂なんてこんなもんだ。ただ疲れが吹き飛んだような気がする。プラ


シーボ効果だろうけどすげぇな温泉。




 「バルコニーからの夜景がキレイらしいから妹ちゃんとオーロラたん誘って行こ


  うぜ」


 「この宮殿はだいぶ高台にあるし楽しみだね。ところでオーロラたんってなんだ


  い?」




 やべぇ心の中でいつもそう呼んでたから自然に出ちまった。




 「オーロラちゃんを噛んだだけだ。気にするな」


 「そっか、ごめんごめん。それにしても夜景楽しみだなー」




 うまく誤魔化せたようだ。やったぜ。




 「シオリさん、ステラ様と妹ちゃんとオーロラたん温泉から出てきたらバルコニ


  ーに呼んでもらってもいい? 部屋の場所わからないから」


 「えぇ、もちろん構いませんよ。ところでオーロラたんってなんですか?」




 流してよ!流してくれよ!絶対わかってるでしょ!


 吹けない口笛を吹きながらバルコニーへ向かった。プス〜♪






 「確かに……これはすごいね」




 バルコニーからの眺めは朝街を一望できた時とは違う顔を見せていた。俺は言葉


すら失ってしまっていた。家々の灯りだけではなく街中が不思議な色の光で満たさ


れており幻想的な雰囲気を醸し出していた。




 「これはすげぇとしか言いようがねぇな。マルア王国の王都もこんな感じなのか?」


 「いやまさか!ここはテラでも最先端の街だからね。でもマルアの王城からの眺


  めも素晴らしいよ。ハルにも見せてあげたいね」


 「あぁ、機会があれば是非見せてほしいぞ」




 そう言い夜景を堪能する。




 「こちらにいらっしゃったのですね」




 母親幼女とシオリさんに連れられて妹ちゃんとオーロラたんもやってきた。




 「喉も渇いたじゃろ。飲み物を頼んでおいたぞい」




 すぐに執事が飲み物を持って現れる。本当に使い魔みたいな感じなんだな。それ


を受け取り今度は軽く乾杯した。




 「この夜景はワシの自慢でもあるからのう」


 「ステラ様、わたくしこんな美しい夜景見たの初めてですわ」


 「こんな夜景はエルフ領でも存在しない。素晴らしい」


 「うむうむ、そうじゃろそうじゃろ」




 母親幼女は褒められてご機嫌である。




 「僕もこの夜景には言葉を失ってしまいました。さすがステラ様の街です」


 「俺も今朝聞いてたけどこれはすげぇよ。心のフォルダに保存しまくった」




 全員が「心のフォルダ?」と首を傾げたが気づかないフリをした。




 その後、少し冷えてきたので俺の部屋に移動し遅くまで色々と話をした。中でも


気になったのは、エルフ領にあるという世界樹の話。マルア王都の郊外にダンジョ


ンが出現して手を焼いているという事。


 シオリさんはそれを聞き何かを思いついたようにこちらを見ている。しかしハル


は気づかなかった!




 「ところで俺ってステラ学院でどういった立ち位置になるんだ?」


 「ハルさんは研究室を持つ事になるので名誉客員教授という扱いですね」


 「という事はハルは学生として通うわけじゃないのかい?」


 「どうやらそうらしいな。まーでも俺がいる時はいつでも研究室にきてくれよ」


 「わたくしも行ってよろしいのですか?」


 「もちろん妹ちゃんもいつでも来ていいぞ」


 「もうハル様ったら。わたくしの事は妹ちゃんではなくソフィーとお呼びになっ


  てください。特別ですのよ?」


 「お、おう」




 いやこんな絶世の美少女にそんな事言われたらまともな反応返せねぇから!レオ


なら完璧な返答できるだろうけど、俺にはそんなスキルがないらしい。




 「わたしは愛称とかなくてな。好きに呼んでくれて構わない」


 「それじゃオーロラたんで」


 「即答!?」




 やっぱり「たん」って付けてたのかとかレオが呟いてるけど関係ねぇ!その通り、


俺は即答する。オーロラたんはオーロラたん以外ありえねぇんだ!








 「先程ハルさんにスルーされましたが、以前お話したようにハルさんには暫くわ


  たしの決めたメニューに沿って訓練していただきます。まずはそのマルア王都


  郊外に現れたというダンジョンを目指しましょうか」


 「確かに困っていますが、よろしいのですか?」


 「えぇ、ステラ様の代行者としてそのダンジョンの問題をどうにかしましょう」




 あそこなら初の実戦として手頃ですしと呟くシオリさん。




 「俺の意思と関係なしで話が進んでいって腑に落ちないが、任せとけ」


 「ハルさんがマルア王国に行く約束を温泉の中でしたんじゃないですか」




 少し呆れながらシオリさんが言う。


 そんな事したか俺?


 あ……。完全にしてたわ。




 「オーロラたんに聞きたいんだが、エルディスタンって人間族の俺でも行けるの


  か? 世界樹ってやつをどうしても見てみたくてな」




 俺が普通の人間かは別として。




 「ハル殿は身元もしっかりしてるし問題ない。エルフ族の者が外へ出て行く事は


  少ないが外からくる人は歓迎している」




 俺が知る地球での多くの物語では少し排他的なところもある種族という場合が多


かったがテラの実在エルフはそんな事ないのか。




 「世界樹はエルディスタンの象徴でもあるのだ。その世界樹に興味を持ってくれ


  るとはこれほど嬉しい事はない。ハル殿も実際に見たら圧倒されるはずだ」


 「そこまで言われると余計見てみたくなるな」


 「ハル様、わたくしもお勧めいたしますわ。わたくしが拝見したのはもっと子供


  の頃でしたが、見上げていたらあまりの大きさにそのまま転がってしまいまし


  たの」




 フフフッと笑い掛けてくるソフィーちゃん。まじ天使。




 「そうだ、それなら夏季休暇に行ってみないかい? 僕も随分と行ってなくてね」


 「さすがお兄様、名案ですわ」




 俺だけの一存では決められないからな。シオリさんを見てみる。




 「良いと思いますよ。むしろ一度は行っておいてもらいたいです。夏季休暇にマ


  ルア王国とエルディスタン両方に行かれるのはいかがですか?」


 「ふむ、それは良いかもしれないな。わたしも久しぶりにマルア王都に行きたい」


 「それじゃ夏季休暇にマルア王国とエルディスタンに行くか!」




 まだ先の事をあれやこれやと話しながら夜は更ふけていった。






 ちなみに母親幼女は俺の部屋へ来て少しするとこっくりこっくりと船を漕ぎ出し


たので執事さんに自室へ運んでもらった。おねむの時間じゃ仕方ないからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る