第6話 襲来

 ーーー???sideーーー






 街は人で溢れかえっていた。ほとんどの者が滅多に大森林から出ない自称引きこ


もり種族の我々にとって少々つらい。右から左から、時には上にも人がいて前にも


後ろにもほとんど動けない現状にクラクラと目眩すら覚える。




 「大丈夫ですか?」




 それに勘付いた親友が心配して尋ねてきた。多少腕に覚えもあり幼い頃からの親


友でもある彼女の護衛を買って出たが、護衛をする側のわたしが心配されていては


お話にならない。




 「心配しないで大丈夫だ。知ってると思うがわたしはあまり人混みに慣れていな


  くてね」


 「それなら良かったですわ。わたくしも街へこうやって出る機会などありません


  でしたので少しドキドキしていますの」




 そう言いながらくすくす上品に微笑む彼女はまるで可憐な花のようであった。こ


んな笑顔を向けられると女のわたしでも気恥ずかしくなってしまう。既に女性とし


て完成された気品やオーラを纏まとう彼女を、親友として誇らしく思うと同時に見習い


たいと思っている。ある一点を除き。




 事実このような人混みにあってもわたし達の周囲だけまるで結界でも張られたか


のように常に数人分の空白地帯ができていた。周囲を見渡すわたしを見て彼女は言


った。




 「人混みに酔ってるようでしたので少しだけ結界を張らせてもらいましたの」




 事実結界が張られていたようだ。




 「わたしの為にすまない」


 「こういう時は謝罪ではなく感謝をしてほしいですわ」




 頬を膨らませて怒ったフリをする彼女にわたしは照れながら、




 「ありがとう」




 そう素直に伝え笑い合うのだった。








 「お兄様ったらどこまでいらっしゃってしまったのかしら。折角のお買い物でし


  たのに」




 と続ける彼女。わたしは周囲の人の話に耳を傾けると、その中から現在の状況に


照らし合わせて情報を収集した。




 「周囲の人の話によると今日は久方ぶりにステラ様が街の方にいらっしゃったら


  しく御覧の有様みたいだな」


 「あら、そうだったのですね。わたくしもまたステラ様とお会いしたいですわ」


 「ふむ、ステラ様が降臨なされた時以来か。ステラ学院に通うとなればお目にか


  かる機会もあるかもしれない」


 「実はわたくしそれも楽しみにしてましたのよ」




 コロコロと表情が変わり、楽しそうにふふっと笑う彼女は見ていて飽きない。わ


たしが男なら放っておかないと思わせるに足る魅力に満ちていた。早くはぐれた彼


女の兄上殿と合流できるといいのだが。何事もなく。




 この時既に自分の中で、アクシデントに見舞われる予感が生まれていた。この予


感は毎回必ず的中する。


 どうか無事でいてくれよ、レオナルド殿ー!










 ーーーsideハルーーー






 背中を流れる冷や汗が止まらねぇ。例えるなら、目の前に鋭利な刃物を突きつけ


られて瞬きすら許されぬそんな感覚。そんな経験ないけどな。


 それは噴水広場に2人の少女が入ってきてこちらを見た途端唐突に始まった。




 逃げたい、逃げたい、逃げたい、逃げたい、逃げたい、逃げたい、逃げたい。




 ……だがレオを残して逃げるわけにはいかんよなぁ。逃げて生き残ったとしても


貴族を置いて逃げたとなれば絶対にただじゃ済まねぇし、そもそも知り合ったばか


りとはいえ友を置いて逃げるとか俺の矜持きょうじが許さねぇ。




 震える体にムチを入れ力と気力を振り絞りレオの前に立つ。


 悪魔はゆっくりとこちらに近づいてくる。ヤバイのは恐らく前にいるヤツだ!見


た目はこの世のものとは思えない程美しくかわいらしい。が、それが余計に俺の本


能を刺激する。金髪ツインテールの縦ロールとかリアルのこの世の中に存在するは


ずねぇだろうが!


 最悪俺が殺ヤられる間にレオだけでも逃がそう。ただで殺ヤられはせん。




 「レオ、短い間だったが俺はお前と友達になれてよかったぞ」


 「僕もそう思ってるけどどうしたんだい? まるで今生の別れみたいなセリフじ


  ゃないか。あっ!おーいこっちだよー」




 レオはまだこの冷気を帯びた殺気に気づいてないようだ。しかも何故かこちらに


向かってくる悪魔に呼びかけていやがる。くっそ、なんなんだこの状況は……。あ


まりの緊迫感で時間が引き延ばされたようにすら感じて混乱してきたぞ。




 「お兄様やっと見つけましたわ」


 「先日ソフィーから聞いたここにいれば合流できると思ってね」


 「街中凄い騒ぎでしたし本当に心配したのですよ?」


 「ごめんごめん。今日の埋め合わせはまた今度するから機嫌を直してくれよ」


 「もう仕方ないですわね」




 ん? お兄様? ソフィー? もしかして俺は何か思い違いをしていたのか。ど


うやらレオがはぐれた妹とその友人というのが彼女達の事だったらしい。


 それじゃさっきまで感じた恐ろしい気配は? と考えているとレオの妹ちゃんが


こちらを向いた途端、先程まで感じていた震えるような圧迫感が俺を襲った。おい、


そこの護衛!あちゃーみたいなリアクション取ってないで止めてくれ、いやまじで。




 「そこのあなた。わたくし、あなたの事存じ上げておりませんの。」




 そう言いながらこちらにゆっくり近づく彼女。




 「お兄様のお知り合いやご友人は全て把握しております。わたくしの記憶にあな


  たはおりません。一体あなたはどこの誰で何の目的でお兄様に近づいたのです


  か?」




 あー俺をレオに近づく不審人物として疑ってたのか。これもう街角でぶつかって


意気投合しちゃったぜ!とか言える雰囲気じゃないじゃねぇか。レオのやつは気づ


いてないようで首を傾けているし、護衛なんてもう諦めて天を仰いでる。




 どうしたものかと考えていると、妹ちゃんが何かを呟いた瞬間体が動かなくなっ


た。




 「いきなり魔法を使うのは関心せんのう」


 「ハルさんへの魔法の行使を確認。ただいまより関係者とこの区域を隔離いたし


  ます」




 気がついた時には俺とレオの妹ちゃんの間に母親幼女とシオリさんが現れていた。


そして動かなくなった体も動かせるようになり先程まで感じていた圧迫感もなくな


った。噴水広場にいたはずがいつのまにか何もないとしか言えない空間に移動して


いる。展開が目まぐるし過ぎて全然ついていけねぇぞ。




 ステラに気づいた3人は頭を垂れるがそれを止める。




 「よいよい、堅苦しいのは苦手じゃからのう。途中から見とったが何やらすれ違


  いのようなものでハルが困っておったから来たんじゃよ」




 ちなみにハルとはそやつじゃと言い俺を指す。




 「もしやハルがはぐれたと言っていたのは……」


 「こいつらだな。結局手を借りる羽目になっちまったが。落ち着いたところで妹


  ちゃんと友人に弁解させてくれ。さっき俺達はお互いに一緒にいた相手とはぐ


  れた後、街角でぶつかっちまったんだ。それで連れ合いが見つかるまで一緒に


  いようという事になり意気投合して噴水広場で待ってただけなんだ」




 さすがにもうあの殺気を向けられたりしないよね? 大丈夫だよね?




 「わたくしの方こそまさかステラ様の関係者の方とは露知らず御無礼の数々大変


  申し訳ございませんでした。その上魔法までかけてしまうとは、申し開きのし


  ようもございません。わたくしはどのような罰を与えられても構いませんので


  どうかマルア王国と兄とオーロラはご容赦くださいますよう何卒お願いいたし


  ます」


 「護衛でありながらソフィーを止められなかったわたしにも非がある。罰するの


  であればまずわたしを!」


 「いや、僕がついていながらステラ様を引っ張り出す問題にまで発展させてしま


  ったのは僕の監督不行き届きです。全責任は僕にあるので罰するのであれば僕


  を!」




 いやーこれもうどうしよ。母親幼女とシオリさんは完全に知らん振りで丸投げす


る気まんまんだ。改めて母親幼女の崇拝されっぷりを感じさせられたわ。少し内容


を考え処罰の内容を伝える事にする。




 「それじゃステラ様に代わり俺が罰を言い渡す。俺はこの都市に来てまだ日が浅


  く魔法や常識にも疎い。そんな俺と友となる事。それが俺が3人に与える罰だ」




 母親幼女はうむうむと頷きシオリさんは「ハルさんも大きくなられて」とか言っ


て泣きまねをしてる。シオリさんは小さくなったがな!


 3人は暫くきょとんと呆けていたが顔を見合わせると笑い出した。イケメンと美


女2人が笑い合ってる姿ってほんと絵になるなー。心のフォルダにそっとしまって


おこう。


 金髪ツインテールの縦ロールは実在したんだ!二次元からそのまま出てきたかの


ようなこの世の美しさ全てを詰め込んだ容姿は男を虜にする。堕ちるな。


 そして妹ちゃんのインパクトで気づかなかったが妹ちゃんの友人はエルフなんだ。


エルフなんだ。生エルフなんだ。今ここに人類が憧れてやまない完全体のエルフ様


がいらっしゃるんだ。


 こ、こんな機会滅多にねぇ!拝んでおこう。




 ん? 2人が顔を赤くしてる。レオを見ると苦笑してた。




 「ハルは随分と好意をストレートに表現できるんだね」


 「俺もしかして口に出してたか?」


 「それはもうバッチリとね」


 「あー、それはすまん。俺は思ってる事がそのまま口に出ちまう事があるんだ。


  気にしないでくれ」




 2人は首をブンブン縦に振って頷いてくれた。だいぶ大袈裟に頷いてるがちゃん


とわかってくれたのだろうか。


 母親幼女がわざとらしくごほんっと咳払いをし話しを切り出す。




 「ハルの友となった3人を今晩の夕食に招待するのじゃ。3人とも急であるが予


  定は大丈夫かの?」




 代表してレオが答える。




 「謹んでお招きにあずかりたいと存じます」


 「それではワシも準備があるからの。時間になったらお主らの屋敷に使いの者を


  やるのじゃ」


 「隔離区画解除、元の時空間へ戻ります」




 シオリさんがそう言うと元いた噴水広場へ戻っていた。魔法なのかHPCSの技


術なのかわからんがとんでもねぇな。


 3人とはまた後でと別れの挨拶を済まし一旦帰る事になった。




 「ところでいつから見てたんだ?」


 「ハルがレオナルドとぶつかった辺りからじゃな」


 「わたしははぐれた直後からですね」


 「これさ、どう考えても初めてのなんとかだよな」


 「手っ取り早く一番安全な場所でテラを体験してもらったんですよ。お陰で適応


  値も順調に伸びています」


 「ワシもハルの成長を楽しませてもらったぞい」




 これはなんとも言えない気恥ずかしさを覚えたので話題を転換する。




 「街に出た時と違って人だかりにすらならなかったけどどういうこった?」


 「認識阻害結界をかけてるからじゃな」


 「他の人からは注意を向ける必要のない一般人に見えてるはずです」


 「それ最初から使えば良かったじゃねぇか!」


 「ワシもたまには宮殿から出て街の者に顔を見せてやらんとならんしのう。丁度


  良かったのじゃ」


 「ハルさんも自由に動きたかったでしょうしね」




 完全に掌の上の自由だった。どこからどこまでが計算の内だったのか全くわから


ん。


 帰りながら自宅外観を見ると母親幼女が言う通り宮殿だった。正しくは宮殿と城


が混ざったような外観で、白を基調とし街の屋根と同じ様な明るい色を取り入れた


モダンなデザイン。同じコンセプトの基に作られたのがわかる。




 「この階段を登り降りするのはかなりきついぞ」




 宮殿は高台に立ってるのだ。という事は宮殿へと続く立派で長い階段がある。




 「ワシは浮遊魔法を使ってるからのう。本来なら転移してしまうんじゃが、こう


  いう不便さも家族と一緒なら良いものじゃ」




 すげぇいい話だな。思わず泣きそうになっちまった。ただ母親幼女よ、なぜその


浮遊魔法を俺にもかけないんだ。その家族である俺をもっとよく見ろ。息切れして


ちょっと吐きそうになってるじゃねぇか!


 これ本気で鍛え直さないとまずいな。




 「その通りですよ。便利な魔法に頼るとどうしても直接的に体を鍛える事が難し


  くなってしまうのでどちらもしっかり鍛える必要があります」


 「ハアハア、確かにそうだ。地球でシオリさんから訓練を受けてる頃はこんなの


  余裕だったもんな」


 「ワシには魔法以外の事はわからんからのう。そっち方面はシオリに一任するの


  じゃ」




 話すだけで息も絶え絶えの俺は明らかにまた心を読まれていたがツッコミを入れ


る余裕すらねぇ……。




 「今日はまだ初日ですし10kgの負荷しかかけてません」




 段階を踏んで少しずつですね階段だけにガハハと真顔で言ってくるシオリさん。




 「なんてことしてくれてんじゃあああああああ」




 一歩一歩踏みしめるように、そして時に踏み外しそうになりながらも耐えて進む。


後ろを振り返る事もあるだろう。動けなくなり立ち往生してしまう事もあるかもし


れない。そんな中も季節は変わらずに移ろっていく。


 走り出すんだ!全てを追い越して向こう側へ!




 「という思いで駆け上がったが本気で吐きそう」


 「初日としては及第点としましょう」


 「ワシ知ってるぞい。そういうのを厨二とか言うんじゃろ。なかなか格好いいの


  じゃ」




 さすが俺の母親幼女だけあってよくわかってるぜ。今度、これからのテラにおけ


る厨二スタイルについて語るのもいいかもしれん。




 「それじゃワシはシェフに客人がある事を伝えてくるのじゃ。部屋はそこにおる


  執事に案内してもらってくれ」




 そう言うとトコトコ歩いて行った。残された俺と帰ってきてフワフワ状態に戻っ


たシオリさんは執事さんに部屋まで案内してもらった。


 レオ達が来るまでその部屋でシオリさんに魔力操作を見てもらいながら待つ事に


した。

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