第5話 到着

 「失礼いたします」




 HPCS宿泊施設はホテルの個室のような作りになっており特殊な認証システム


で鍵がかかるようになっていた。ハルが割り当てられた部屋も例に漏れずそういっ


た部屋であった。


 しかしシオリさんはそんな認証システムを無視して介入できるらしく、昨日寝る


前につけたはずの指輪もベッドの近くにあるリングケースにしまわれていた。今も


目の前をフワフワしている。




 「あら、もう起きてらしたんですね」


 「あぁシオリさん、おはよう」


 「おはようございます。昨夜はよく寝られましたか?」


 「あの指輪の効果すごいな。すぐ眠りに落ちたし朝もすっきり起きられたぞ」


 「ハルさんが寝ている間に身体や精神のチェックを行いましたが特に異常は


  見られませんでした。適応度も順調に上がってきているので問題なしと判


  断しました。昨日話した通り本日は少し外へ出てみましょう」


 「やったぜ」




 シオリさんに渡された服に着替えて部屋から出る。この服意匠を凝らしてる割に


カジュアルな感じで不思議なデザインだな。その上着心地はとんでもなく良い。




 「今日着てもらった服は中央都市で今人気のあるデザイナーに作っていただいた


  オーダーメイドなんですよ」


 「なんかすげぇな。俺なんかが着て浮いてないか?」


 「いえいえ、とてもお似合いですよ。今日は街の方にも行きますが違和感なく馴


  染めるかと」




 話しながらシオリさんに先導されて歩く。ラウンジを過ぎどこに向かってるのか


わからない俺は聞いてみる。




 「ところでどこに向かってるんだ?」


 「言ってませんでしたね。本日まずはHPCSの真上に位置するステラ様のご自


  宅で朝食をとります。ステラ様は既に準備をなさってますのでそちらに向かっ


  ているところです。」


 「そうだったのか。そりゃ楽しみだ」




 会話の間も歩き続け正面にエレベーターの様な入り口が見えてくる。これはエレ


ベーター以外の何物でもないな。




 「もしかしてこれが出入り口か? 地球とは違うんだな」


 「本来の出入り口はエレベーター式ですよ。地球のは明日香様の特別製です。な


  んでも「秘密の組織といえば隠された出入り口に階段よ!」とおっしゃられた


  ので」




 すごい言いそう。しかも本人の声ソックリだった。




 「以前録音していたものを再生しただけでございます」




 もうナチュラルに心読んでるよね。








 エレベーターに乗ったが無音で動いてる気配すら感じない。ただ階層表示だけ動


いているのでそれなりの速度で上がっているのはわかる。恐らく地球の技術よりも


っと高度な重力制御云々とかで作られてるんだろうけど、そういった技術なしで同


じレベルのエレベーターあったしこれぐらいではさすがに驚かない。


 そして扉が開きようやく母親幼女の家に着いたようだ。




 「なんじゃこりゃああああああああ」




 そこはエレベーターから降りた瞬間から普通の家ではないとわかる場所だった。


高い天井にはシャンデリアが、大きな多数の窓からは外の光が取り入れられ、磨き


あげられた大理石のような床は顔が映りそうだ。




 「シオリさん、どう見ても普通のご自宅ではないんですがここ」




 あらあらとイタズラが成功した様子でフワフワするシオリさん。飾りたい。




 「星の化身として降臨したステラ様のために作られたのがこの中央都市。その象


  徴とも言えるステラ様の住居ともなればこれぐらいは当然かと。こちらにいら


  してください」




 シオリさんに促されて着いていった場所はバルコニーだった。この場所は高台に


あるらしく街を一望できるようだ。


 そこから望む中央都市の街並みは朝の日差しを浴び輝いていた。同一の建築様式


で統一され明るい色の屋根が連なっていく、街の中を流れる大きな水路と美しい橋


も見えた。




 (心を打たれるとは正にこういうことを言うんだな)




 カメラなんて持ってない俺はその景色を静かに心のフォルダに納めるのだった。








 「おーここにおったのか。なかなかこないから心配になって迎えにきたぞい」




 後ろには綺麗におめかしした母親幼女がきていた。




 「シオリさんにここへ連れてきてもらったんだが、あまりの美しさに感動しち


  まってな」


 「うむうむ、ここからの景色は素晴らしいじゃろ。ワシも好きでよく来るのじ


  ゃ。朝も良いが特に夜景がキレイでのう」


 「そこまで言われると夜景が気になるな。今度また来よう」




 少しの間朝の街並みを眺めていたが母親幼女が迎えにきた理由に気づいたシオ


リさんが言う。




 「ステラ様がお迎えにきたという事はもう朝食の準備の方が出来たという事で


  よろしいでしょうか?」


 「そうじゃった。折角作らせたのに冷めてしまってはシェフに悪いからのう。


  早速行くのじゃ」




 俺は頷くと案内されて食事の用意された場所へ行くことになった。途中高そう


な壺や絵画が飾ってあったができるだけ遠ざかって歩いた。フラグはいつも俺を


狙ってやがる。




 「ここじゃぞ。早く入るがいい」




 扉を開き中へ入るとそこは小ホールの様な場所で既に3人分の席が準備されて


いた。現在絶賛デフォルメ化中のシオリさんの席はテーブルの上だったが。




 「初めに言っておくがテラのマナーとか全然わからんからな」


 「そんなこと気にするでない。ワシもわからんのじゃ」


 「わたしは知っておりますが、地球でのマナーは堅苦し過ぎるので普段通りで


  大丈夫ですよ」


 「客人があると言ったらシェフが張り切っておった。いつもはここで一人で食


  べておったからの……」




 少し寂しげにそういう母親幼女に




 「これからは俺達が一緒に食べるからそんなに寂しそうにするなよ」




 それを聞き嬉しそうにうむうむ頷いてる母親幼女。やっぱり幼女じゃねぇか。




 食事が運ばれてくる度に説明をされたが食材の名前も調理法も何一つわからな


かった。これ生活していく上でまずいんじゃねぇかな。


 なんだかわからない物を食べているがどれも素晴らしい出来だった。だからと


言ってシェフを呼んで親指を立てるのやめてくださいシオリさん。しかもシェフ


の方もなんで親指立てて分かり合ってんだ。




 「一つ聞きたかったんだが、ここに来る前日に夢を見たんだけど全然見たこと


  のない景色を次々に見せられる内容だったんだ。この星となんか関係あった


  りするのか?」




 食事も終わり気になっていた夢の内容について聞いてみる。




 「それはどんな景色だったのじゃ?」




 と聞き返され夢で見た景色について説明する。




 「ハル様の移動には地球のHPCSからは純粋なエネルギーを、テラのHPC


  Sには道標となるべく同じ血を持つステラ様に魔力を投入してもらっていた


  のです。その際ステラ様の記憶にあったテラの景色が時間を遡さかのぼり夢に映し


  出されたのではないでしょうか」


 「ワシには詳しくわからんが、お主の見た景色の説明と合致する場所がテラに


  は存在してるのじゃ」




 全くもって不思議だが2人がそう言うならそうなんだろう。あの夢の景色も実


際に見られるというなら少し楽しみではある。バルコニーの景色同様、心のフォ


ルダの空き容量はまだたっぷりあるからな。








 「それではハルさん少し街の方まで出てみましょう」


 「ワシも一緒に行くからちょっと余所行きの格好にしたのじゃ」




 クルッと回る母親幼女。




 「あぁ、母さんとても似合ってるよ」




 それを聞きぴょんぴょん跳ねて喜ぶ母親幼女。あぁとても似合ってるさ、幼女


としてな。




 「それではわたしはステラ様に持ち運びしてもらいましょう」




 完全に人形を持って歩く幼女と化した母親幼女を連れ街へ行くことになった。








 なんとなくそんな気はしてたんだ。




 ウチの母親幼女はやはり有名だった。街へ出た途端、噂が噂を呼びもう街中がお


祭り状態へ突入。そんな状態になってる中心部に筋力も衰え魔力も鍛え始めたばか


りの俺がいられるわけもなく……。


 はぐれました。ものの見事に。


 教訓、筋力も魔力も鍛えてやる絶対にだ!




 まぁ母親幼女もシオリさんも一般人の俺から見たらとんでもない存在だから大丈


夫だろう。暫くして落ち着けば迎えに来てくれるはずだしブラブラする事にする。


 お祭り騒ぎになったが元から活気があって良い街だろうと感じる。そこら辺を歩


いてる人が「ステラ様が街にいらっしゃってるらしいぞ」とか気軽に声を掛けてく


る。すっげぇフレンドリーで今、ステラ様サイコーとか一緒にやってる。




 街並みを生活する人の目線で見てみるとバルコニーから眺めた時とはまた違った


景色が見えてくる。まだできたばかりで新しい石畳、家やお店も色とりどりだった


り真っ白だったり見ているだけで飽きない。


 そんな風にキョロキョロと辺りを見回していたせいか、曲がり角から出てきた人


に気づかなかった。


 思いっきりぶつかり派手に倒れた、俺だけ。




 「すまない、大丈夫かい?」




 ぶつかった相手だと思われる人物から手を差し伸べられる。俺はその手を掴み起


こしてもらう。




 「いや、こちらこそすまん。連れとはぐれてから街を見回っていたんだが少し注


  意散漫になっていた」


 「大丈夫なようで安心したよ。随分派手に転んでいたからね」




 フフッと微笑しながらサラサラの金髪をした美青年は言った。いや、イケメン過


ぎるだろ。顔から身なりから対応まで完璧過ぎる。




 「僕もこのお祭りで連れとはぐれてしまってね。これも縁だしお互い連れが見つ


  かるまで一緒に過ごさないかい?」


 「あぁ、俺もこの街に不慣れだからそうしてくれると助かるな」


 「この先によく待ち合わせに使われている噴水広場があるというのを先日妹に聞


  いたからそこへ行ってみよう。実は僕もまだこの街には不慣れでね」




 そう言ってウィンクするイケメン。もうあれだ、一挙手一投足がイケメンだわ。




 「ところでさっきから言ってるイケメンとはなんだい?」




 ブフォッと噴き出した。また考えが口に出ていたようだ。ぐぬぬ。イケメンにつ


いては誤魔化しながらお互いの自己紹介を軽くしつつ噴水広場へ向かった。




 「僕の名はレオナルド。ステラ学院に入学するためにマルア王国から来たのさ」




 イケメンは名前も格好いいなーと思ったが、学院の名前でまた噴き出しそうにな


った。最高学府の名前ってステラ学院っていうのか……。この都市の人達ウチの母


親幼女大好き過ぎじゃねぇか。




 「俺の名前はハルだ。俺もステラ学院に通うらしいんだがまだ詳しく説明受けて


  ないんだよなぁ」


 「おぉ、君もステラ学院に通うのかい? 偶然街でぶつかった相手が同じ学院に


  通う学生とは……これもステラ様のお導きかもしれない。君の事ハルと呼んで


  いいかい? 僕の事はレオと呼んでくれて構わないよ」


 「お、おう。いいぞ。俺もレオと呼ばせてもらう」




 たぶんこのテラでは常識なんだろうけどステラ様()のお導きとか俺の前で言われ


ると正直腹筋がヤバイ。それを悟られないように気をつけなくては。




 その後も取り留めもない話を続ける。俺と同じでレオにも妹がいるらしい。その


妹もステラ学院に入学するため中央都市に一緒に来ており、今日偶々買い物に出た


ところで騒動に巻き込まれはぐれたということだった。




 「すごい人出だけど妹さん、大丈夫か?」


 「護衛として腕の立つ妹の友人もついてるし、この都市は犯罪なんて滅多に起き


  ないから心配いらないんじゃないかな。妹も護身程度の魔法は使えるしね」




 ペラッペラッ重要な情報話してるがこれ聞いて俺大丈夫か? 護衛とかレオの上


品な物腰とか絶対にマルア王国の貴族の方だろう。暗殺とかされないよね?


 できるだけ情報を引っ張り出さないようにしよう。




 「犯罪が滅多に起きないっていうのもすごいな」


 「どうやら特殊な施策を講じているようなんだ。王国のためそれも学べたらと思


  い父に頼んで留学させてもらったのさ」




 あー選択肢間違えた。これ貴族は貴族でも結構上の方の人じゃないですかー。そ


れでも、もうこの選択肢で進めるしかない!




 「ほほう、特殊な施策か。それはちょっと気になるから後で聞いてみるか」


 「中央都市に知り合いの方でもいるのかい?」




 やっぱり選択肢間違えるとどツボにはまるな。俺もペラッペラッじゃねぇか。




 「おう、ちょっと知り合いがいてその人を頼ってこの街にきたんだ」




 これなら大丈夫大丈夫なんとか軌道修正できそうだ。




 「へーそうなんだ。今度機会があれば紹介してくれると嬉しいな」


 「あぁ任せとけ!」




 なんとかこの件は社交辞令で会話を着地させられそうだ。やったぜ。




 話していて気づいたがレオとは相性が良かった。会話の流れとかテンポとか。も


しかしたらレオが合わせてくれていたのかもしれないが、心地良い時間が過ぎてい


く。学院でも仲良くしてくれると良いんだが。なんといっても俺にとってテラでの


第一星民である。母親幼女とシオリさんの他に知り合いすらいない俺としては早い


段階で友人ができるのは喜ばしい限りだ。




 第一星民はさっき一緒になってステラ様サイコーをやってたヤツだがなかった事


にしよう。運命とは時に非情である。






 そんなこんなでだいぶ時間も経ち、お祭り騒ぎも一段落し街も人も落ち着きを取


り戻していくのが見て取れた。




 「人の流れも穏やかになったしそろそろ合流できるんじゃないかな」


 「だな。俺の方はまだなんとも言えないが」




 俺の方はこのお祭り騒ぎの元凶だしな。






 そんな時、悪魔が降臨した。俺は平和な場所で生きてきて命の危機を感じた事な


んて一度もない。そんな俺ですら感じる、脳が訴えかけてくるんだ。




 全力で逃げろ……と。

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