第3話 提示

 次の日、HPCSの宿泊施設で目を覚ました。早く外に出てみたいがシオリさん


曰く適応レベルがある程度に達していないとどんな危険があるかわからないらしい。


なのでシオリさんからの許可が下りるまで施設内で過ごすしかないようだ。


 ラウンジへ行くともう2人は起きていた。挨拶しながら話しかける。




 「そういえば、シオリさんがフワフワ浮いてたり母親幼女が手も使わずにお茶の


  準備をしてたけどあれ一体なんなんだ?」


 「魔法ですよ(じゃよ)」


 「」


 「魔法ですよ(じゃよ)」


 「いや別に聞こえなかったわけじゃないから。唖然としただけだから」




 そりゃ平然と魔法とか言われても現実問題地球の人間がそう簡単に受け入れられ


るか。こっちは18年間なんとかレビオーサの存在しない世界で生きてきたんだ。




 「ハルさんもすぐ使えるようになりますよ」


 「まじでー!? ヒャッハー!魔法大好きー!」


 「お主、ワシが生きてた事を知った時より喜んでないか?」


 「そんな事ないよ母さん、ハハハ」




 これを喜ばずにいられるだろうか? いやいられない!これだけSFチックなも


のを散々見せつけられてきてからの魔法!本当に俺を作ってくれてありがとう!




 「魔法で思い出しましたがハルさんの当面の予定をお伝えしておきますね。


  ハルさんの適応レベルは把握できているので、まずこれから適応レベルを上げ


  ていくための基礎を学んでいただきます。


   まず第一に惑星テラにおける国、種族などの国際情勢について。今回は軽く


  触れる程度にします。


   第二に魔法について。こちらも時間をかけ継続的に訓練していかないとなら


  ないため短時間で基礎的な知識のみを叩きこみます。


   第三に科学について。これは地球と惑星テラの違いです。宇宙を隔てる事で


  常識や法則の違いがあるのでそれを学んでもらいます。


   まずはこんなところでしょうか」




 この適応レベルってやつは文字通り俺がどれだけ惑星テラに適応できたかってい


うのを数値化してるみたいだな。まずは正攻法で地道にやっていきますか。




 「わかったよ、シオリさん。すぐ始めるのか?」


 「ハルさんも起きたばかりですし朝食を済ませてからにしましょう」


 「そうじゃな。ハルが起きてくるのを待ってたからワシもお腹ペコペコじゃ」


 「お、すまんな。待たせちまったみたいで」


 「昨日はハルさんも限界だったようで晩御飯も食べずに眠ってしまいましたから。


  そう考えるとステラ様とハルさんは初めてご一緒するお食事ですね」




 と言い準備をしてくれている。


 そう昨日は話し込んでたらいつのまにか眠気で意識が落ちちまった。




 「そうだったな。起きたらベッドの上だったんだが誰が運んでくれたんだ?」


 「あのまま寝させるのもアレだったからのう。ワシが運んだんじゃぞ」


 「ありがとうな。やっぱそれも魔法ってやつか?」


 「うむ。物体を浮遊させ移動させる魔法じゃな。物体の重さによって使う魔力が


  変わるんじゃよ」


 「魔法ってホントすげぇな。地球じゃそんな便利なもんないから使えるようにな


  るのが楽しみでしょうがないぞ」


 「よくわからんがお主はワシのDNAとかいうのでできてるらしいから魔法に対


  する潜在能力はかなり高いはずじゃぞ」


 「なんかよくわかんねぇけどきっとすげぇんだな。やったぜ」




 そんなお互い内容も認識もフワフワとした会話をしていると本家フワフワ漂って


るシオリさんが朝食をフワフワ浮かせながら持ってきた。フワッてんなー。




 「お待たせしました。こちらはテラの人類種の間で定番となってる朝食になりま


  す。パンの上に好きな物を乗せたり挟んだりして食べるのが人気のようです」




 パッ見た感じではそこまで地球との差異は感じられない。具も奇をてらった物は


なさそうだ。強いて言えばパンというよりナンやピタに近い感じか。




 「ワシもこれが好きで朝はいつも食べておるぞ」


 「それじゃ食べてみるか。オススメの具とかあるか?」


 「それならこれとかおいしくておすすめなのじゃ」




 母親幼女の意見を取り入れながら作っていく。シオリさんはニコニコしながらそ


んな俺達を見ている。地球にいる頃もそうだったがシオリさんはそういう光景を見


ているのが好きなのかもしれない。




 「それじゃ旨そうにできあがったし食べるか。いただきます」


 「いただきます」


 「いただきますなのじゃ」


 「おい幼女、この挨拶は地球で局所的な場所でしか使われない限定的なものなん


  だがなんで知ってんだ?」




 母親に向かって幼女だのとなんて事言うんじゃこやつはとかブツブツ呟きながら




 「明日香とシオリから聞いていただけじゃよ」


 「そういう事か。こっちにもあるのかと思ってびっくりしたぞ」


 「お主がテラで広めたいというなら自由にするが良いのじゃ」




 よくよく考えると惑星テラ自身であるステラがいただきますを言うのは自分の一


部をいただきますって言ってるのと同じ気がしてきた。まぁこういうのは単なる様


式みたいなもんだから深く考えるのはやめよう。




 「地球に残してきたハルさんの身体ですが、明日香様がおいしくいただきましたと


  言ってましたよ」


 「いや、こえーよ。スタッフがおいしくいただきました的なノリでなんでうちの妹


  カニバッてるの!?」


 「原子分解して地球に還元しただけですよ。まさか食事中にそんな猟奇的な話をす


  るわけないじゃないですか」


 「そ、そうだよな。もちろんわかってたぞ。ははは……」




 もちろんわかってなかったぜ。ぐぬぬ。


 朝食はオススメされたなんだかわからない肉と野菜に特製のタレをかけて、それ


をパンの上に乗せて食べたがなかなか旨かった。この様子なら食文化が合わなくて


痩せ細る事態にはならんだろう。さすがに虫を見つけてこれは貴重なタンパク源だ


!とか言われてもちょっとつれぇわ。




 朝食も終わり片づけを済ますと学習に適した区画があるようでそちらに移動した。


一言で表すならそこはブリーフィングルームのような場所であった。確かにここな


ら色々と捗りそうだ。




 「それでは早速始めましょう」




 シオリさんがそう言うと空中に文字が現れ始めた。




 「惑星テラの人類種は大まかに分けると人間族、エルフ族、ドワーフ族、魔族この


  4種族になります。魔族だけは細分化すると多数の種族から成り立っています


  が、今は便宜上魔族一種で覚えておいてください」




 俺は渡された紙に書き込みながら覚える。これは地球にいる頃からだが書いた方が


すんなり頭に入ってくれる。




 「それでは次にこの地図を見てください」




 俺は空中に現れた地図を見ると違和感を覚えた。国名らしきものが書かれてるがあ


まりに少ないからだ。




 「これは世界地図じゃなく一地方の地図なのか?」


 「いえ、これが現在の世界地図ですよ。地球とはだいぶ違うので驚いたでしょう?」




 地球は国が多いからな。まさかテラの国が片手で数えられる程だとは思ってもみな


かったが。




 「それでは簡単に説明していきますね。まず大陸の中央にあるのがアーク連峰と


  いう山脈です。その内部はドワーフ達によって坑道になっており大ドワ−フ坑


  道と呼ばれています。


  アーク連峰より北は魔族領ユーケ共和国になっています。


  アーク連峰より南西が人間族のマルア王国、南東が同じく人間族のトワ帝国で


  す。そのマルア王国とトワ帝国の間に挟まれた南部の部分を大きく占めた位置


  にあるのがエルフ族の住まうエルフ自治領エルディスタンです。


  ここまでよろしいでしょうか?」


 「あぁ問題ないぞ。見たままを描いてみたがなかなか上手く描けた」


 「確かによく描けてるのう。大体こんな感じじゃぞ」


 「あら確かにお上手ですね。それでは続けます。


  今いるHPCSはマルア王国、トワ帝国、エルディスタン、大ドワーフ坑道と


  接する場所の地下にあります。そしてハルさんを今後動きやすくするためにこ


  の真上に中立の中央都市という場所を作りました。


  ステラ様には既にこの星の化身として降臨してもらい各国の首脳陣の許可も得


  ての事です」




 ステラ様が星の化身として降臨。すげぇパワーワードだな。俺の左目が疼いて仕


方がねぇ。どんな感じに降臨なされたのか母親幼女に今度聞いてみるとして続きを


聞こう。




 「急にまた話の規模がでかくなったな」


 「そうですね。ですがこの星の人達に脅威を感じてもらい一つにまとまってもらう


  必要があったのです。惑星テラは元々種族間の仲が大変良いのですが、中央都市


  ができた事により交易等も盛んになり各国の情報共有も円滑に進むようになりま


  した。近々この星における最高学府も完成します」


 「にも関わらず人類のタイムリミットは残り数百年ってわけだ」


 「それをどうにかするためにもこの中央都市を基点としてハルさんには頑張って欲


  しいですね」


 「ここまでお膳立てして貰ったらやるしかねぇな。ところでちょっと気になったん


  だがこの東と西の空白は一体なんなんだ?」


 「それより先は魔物の生息域になっています。現在各国が防壁を築きこちら側に来


  られないように結界を作り追い払ってる状態です。その上各地にダンジョンがで


  きておりその対処にも追われてるという後手後手に回る状況ですね」


 「それもう既にだいぶまずい状況になってるんじゃ?」


 「それはこれからハルさんにどうにかしてもらうとして、魔物に関する説明がまだ


  だったのでさせてもらいます。一概に魔物と言ってもそこまで脅威のある魔物は


  極一部なんですよ。その極一部の魔物も自らのテリトリーを侵されなければほと


  んど動きません。ですので生息域をこれ以上広げさせなければ差し当たって問題


  なしというのが今の見解ですね」


 「大体理解できた。少し考えさせてくれ」




 先程から俺には気になって気になって仕方のない事があったんだが、区切りの良い


ところまで説明を受けた。昨日、人類種が滅亡すると聞かされた時、このテラにいる


人間が絶滅すると思ってたんだ。


 だがしかし、今日シオリさんから講義を受けてみてわかったがテラにおいて人類種


というのは単に人間を指すのではなく人間、エルフ、ドワーフ、魔族という4種族を


人類種と呼んでいるのだ。


 これはすごく重要な事だ。主に俺のモチベーション的な意味で。




 俺はエルフが好きだ。


 エルフとは想像上の種族に過ぎないにも関わらず様々な物語に登場し、おおよその


イメージが一般的に根付いているぐらい有名な種族である。


 人間より遥かに長命でその永き生の中で叡智に至る。見た目はモデルのように細長


い手足を持ち、髪はプラチナブロンドで絹の如きストレート、男女ともに彫刻かと見


紛う程の美形。そして俗にエルフ耳と呼ばれるあの尖った耳。もう想像しただけで早


口になっちまいそうだ、さすがエルフ。




 そんな考えに耽っている俺をシオリさんと母親幼女は白い目で見ていた。




 「お主、少し考えさせてくれと言いながら何を考えておるのじゃ」


 「確かにモチベーションは大事ですが母親の前でさすがにそれはないかと」


 「待て待て。なんでわかるんだって、俺はまた口に出してたのか……。ちなみに


  どの辺りから?」


 「気になって気になって仕方ないの件からかのう」


 「全部じゃねぇか!ツッコんでくれよ!なんで何も言わずに聞き出してんだよ」


 「考えをまとめるために必要なのかと思いまして」




 このニコニコ笑いの時のシオリさんは絶対に嘘だ!しかしこのニコニコしてるシオ


リさんには勝てる気がしないんだよなー。




 「そういう事にしておくのでさっきの事は全部忘れてくださいホントお願いします」




 俺は潔い男なのだ。幼女に全裸を晒して逃げようとした俺グッバイ。




 「エルフの長にエルフを紹介して貰ってもよかったのじゃがのう」


 「な、なんだってー。母上その事について後程詳しく」




 シオリさんが手をパンパンと鳴らして




 「はい、それじゃそろそろ続きに戻りますよ」




 と脱線しかけていた話を戻そうとした。少し気が緩んでる今ならいけるかなぁと思い


聞いてみる事にした。




 「これだけ超高度な施設に攻撃能力がないとは思えないし、それに加え星自身の力が


  加われば魔物なんて問題にならないんじゃ?」




 2人は気まずそうに顔をそらしている。やべぇ、狙ってやったがこれは予想以上に


良心が痛む。別にいじめたいわけではないのでこの辺にしておこう。




 「いや別に2人を責めてるわけじゃないんだ。リアクションでなんとなく察したし、


  答えられない範囲にあたるんだろう」


 「申し訳ありませんがHPCSの情報にはアクセス権限が設定されておりまして、全


  て公開できるというわけではないのです。こちらも適応レベル次第で開示可能な情


  報が増えていくと思います」


 「ワシの方はのう、介入すると決めたのじゃが直接的な介入方法、例えば魔法を魔物


  の生息域にぶっ放して吹き飛ばすみたいな事はできないのじゃ。なぜできないのか


  ワシもわからんしシオリに聞いても答えられないらしいのじゃ」




 なるほど。母親幼女にはなんらかの制限が存在していると見ていいだろう。適応レ


ベルを上げ開示可能情報を増やす事で、シオリさんがやるべき事を提示してくれると


信じて今はやるべき事をやってやろう。




 「続けて魔法と科学の講義を行おうと思っていましたが、だいぶいい時間になってし


  まいましたね」




 時計を見ると12時を回っていた。




 「切りも良いですし、続きは昼食を済ませて午後にいたしましょう」


 「そうじゃな。その方がいいじゃろ」




 そう言うのを聞き俺も頷く。早く魔法を使いたくて気が逸るが何事も忍耐が大切。ま


ずは腹ごしらえをしてからだ。


 昼食を済ませ少し休憩をしてから午後の講義を行う事になった。


 シオリさん……頼むから赤いソースみたいな物で「エルフ大好きハート」とか書くの


はやめてくれ。地球では完全に隠し通してた事がバレちまった!

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