第2話 衝撃

 夢と現の間、あの明晰夢の中で見たような美しい光景が広がる。意識はハッキリ


しないまま落ちていく落ちていく。




 (あれは結局予知夢みたいなもんだったのか)


 (あら、もう少しお眠りになっていてください)




 その声を聞くとまた眠りに落ちていく。気になる事はあるが後にしよう。今はま


だ……。








 そこは地球にあった研究所と寸分違わない場所であった。見渡す限り同じ設計者


が作ったのではないかというぐらいである。ラウンジで寛いでいるのが妹ではなく


見知らぬ人物という点を除けば。そこにいるのは研究所という場所には少々そぐわ


ない幼女。飲み物をふーっと冷ましながら床に届かない足をプラプラさせている。


周囲に人影はないが会話をしているようだ。




 「久しぶりじゃな。首尾の方はどうじゃ?」


 「以前の計画通り何の問題もなく進行中です」


 「うむうむ、それなら今回はどうにかなりそうかのう。毎回あれでは同じ外見を


  してるだけあって結構くるものがあるのじゃ」


 「心中お察しします」


 「ところでまだワシにも全容を話す事はできないのかの? 気になって気になっ


  て仕方ないのじゃ」


 「申し訳ありませんが恐らくまだ伝えられない部分が多いかと思います」




 最後にフフッと苦笑しながらそう言った。




 「どうしたのじゃ? どこかおかしなとこがあったかのう」


 「いえ、好奇心旺盛な部分はやはり似ているなと思いまして」


 「そうかそうか。ワシも早くしゃべりたいのじゃ。まだかのう」


 「たぶんそろそろ目を覚ます頃だと思いますので行ってみましょう」




 幼女はそれに頷くと研究所の奥へ消えて行った。








 (ごぼごぼごぼごぼぼ……)


 現在俺は培養槽のような縦長で透明な筒の中を黄色の液体に満たされ全裸で漂っ


ている。


 液体で満たされてるのに息ができるというのはかなり不思議な体験だ。息を止め


てみたり大きく吸い込んでみたりしたが一定の酸素供給を自動でされているようだ


った。仕組みが想像もできない。言う事すら憚られる事も実験しようかと思ったが


被害が出るとただの自爆になるのでやめておいた。


 いつまでもジッと壁を見ていても仕方がないので反対側を向こうと液体の中を動


く。不思議な事に沈む事なく浮いたまま簡単に動く事もできる。そしてバッチリ目


が合った。透明な筒の外で両手をついてこちらを見ている幼女と。




 (まずいまずいまずい!)




 何がまずいって今の俺は起きたばかりとはいえ全裸だ。相手が研究員の子供かわ


からないが大の男が全裸を幼女に晒してる時点でもういろいろとアウトなご時世。


素人だろうがなんだろうがネットニュースのネタになって掲示板やSNSで叩かれ


た上に逮捕とかもう目も当てられない。トレンド入り確実。


 今後の身の振り方を考えなくては……いやその前に目の前の幼女を言いくるめれ


ば或いは!




 「ハルさん、わたしそんな逃げ方をするような人に育てたつもりはないのです


  が」




 シオリさんの怒りを抑えて震えた声が聞こえてきた。それと同じタイミングで培


養槽の液体が抜け始めた。


 この後正座でめちゃくちゃ怒られた。全裸で。


 幼女はどうしたって? シオリさんの後ろで腹抱えて笑い転げてたよ。ぐぬぬ。




 「今日はこのぐらいにしておきますが二度とこのような事のないようにしてく


  ださいね」


 「イエス、マム!」




 さすが俺の中で怒らせてはいけない人ランキング首位独走のシオリさん。こちら


が非を感じる箇所を的確に突いてくる。まぁだから俺も道を違えることなく生きて


こられたのかもしれない。


 だがどうしても我慢できないので一つだけツッコもう。




 「シオリさんなんかサイズ縮んでない?」




 シオリさんは20cmぐらいのぬいぐるみのようなサイズになっていた。見た目


や声からシオリさんだとわかるが、ディフォルメ化されて目の前をフワフワ浮いて


移動したりしていればもう気になって気になってツッコまずにはいられなかった。




 「あぁこの姿ですね。似合ってますか?」




 そう言いクルッと一回転した。ぬいぐるみやフィギュアにハマる人の気持ちがよ


くわかる。これはいいものだ。




 「この姿や笑い過ぎてヒーヒー言ってる幼女様のことも含めてお話しますね。そ


  の前に着替えましょうか」




 俺全裸だったわ。培養槽の近くにある装置の中に入るよう促される。そこに入る


と丁度良い温度と勢いでシャワーが出てきて全身が洗われていく。しばらくすると


それも終わったようで温風に切り替わり全身が乾かされた。そして小さい機械音と


共に目の前に棚が現れそこには検査衣のようなものが乗っていたので着替える。




 「終わりましたか? 着替えたら出てきてくださいね」


 「もう着替え終えるからすぐ出るよ」




 そう言い装置から出るとシオリさんがフワフワと漂いながら待っていた。かわい


い。




 「それじゃ行きましょうか。何か体におかしいところや痛いところがあったらす


  ぐ言ってください。問題は起きないと思いますが何分初めての事なので」


 「今のところ大丈夫だぜ。むしろ身体が軽過ぎるぐらいだ」




 シオリさんはふむふむと頷きながら全身を眺めると




 「大丈夫そうですね。それではステラ様もお待ちになってますし行きましょう」




 と前を歩きだしたので俺も着いて行く。歩きながらうちの地下にあった研究所と


似ているなぁとぼんやり考えていると同じくラウンジがありそこで幼女様はお寛ぎ


になられていた。


 俺達2人が近づいてくるのを見つけて、




 「おお、遅かったな。こっちじゃこっちじゃ」




 と手招きをしているのでそちらに向かう。薄々感じていたが明晰夢だか予知夢だ


かで出てきた幼女だこの子。こんな印象的な髪色してればそりゃ気づく。近くに席


が用意されていたので座る。シオリさんは浮いたままだ。




 「シオリよ、ワシの事はもう話しても良いのかのう?」


 「はい、ステラ様の知り得る事は大体大丈夫なのでご自由にお話しください」


 「うむうむそれじゃ話すのじゃ。ワシはお主の」


 「ストップ」




 シオリさんが突然止めるとシオリさんとステラ様とかいう人は内緒話を始めた。


内緒話のはずがなぜか丸聞こえだったので全部聞いてしまった俺はめちゃくちゃシ


ョックを受けている。これはシオリさんがわざと俺に聞かせる事でワンクッション


置いたんだろう。確かに一回聞いちまってるからリアクションすら作る事もできる。


 ようやく内緒じゃない内緒話も終わったようで再びステラ様が話しはじめる。




 「待たせてしまってすまんのう。少し話を急いてしまったようじゃ。これから話


  す内容は真実でありお主にとってはかなり衝撃的な事かもしれん。心して聞く


  のじゃぞ」


 「あぁわかったよ、母さん」


 「その通り。実はワシはお主の母なのじゃあああ」


 「なんだってええええええええええぇぇぇぇぇぇ!?」




 なんか順番を一つ間違えたが大丈夫だ、きっと気づいてない。そう思った俺は畳


み掛ける!




 「明日香とシオリさんの3人家族で生きてきたけど母親が生きてたなんて……俺


  嬉しいよ。明日香にも教えてやりたいぐらいだ」


 「ん? 明日香なら元から知ってるのじゃ」


 「なんだってええええええええええぇぇぇぇぇぇ!?」




 動揺しちまってる。少し前の俺に言いたい!何がリアクションすら作る事もでき


るだ。一旦飲み物でも飲んで落ち着こう。




 「めちゃくちゃうまいなこれ。不思議な食感の飲み物だけど、落ち着く事ができ


  たわ」


 「ワシもこれが大好きで、お主がこっちに来る日に合わせてワシ自ら捕まえてき


  たのじゃ」


 「おーそれは、わざわざすまんな」




 母親が生きていて、しかも自分の大好物を子供を思って用意してくれるなんて。


確かな親子の絆を感じる。いやーやっぱり親子っていいなー。




 「ちなみにそれスライムですよ」




 ブフォッと噴き出した。母親幼女に向かって。




 「なんてことするんじゃあ!スライム塗れになってしまったではないか」


 「いや本当にすまん。うまい。うまいんだ。だが、登場するゲームや物語によ


  って強さがインフレしたりデフレしたりする魔物を前情報なしで飲まされた


  俺の気持ちもわかってほしい」


 「ステラ様、地球にスライムは実在しないのですよ」


 「おお、そうであったな。すまぬすまぬ。ただこのままではべたべたぬるぬる


  で気持ちが悪いから少し失礼して洗い流してくるのじゃ」




 確かに母親幼女がスライムの粘液塗れになってる姿を放置し見ているのは忍び


ない。




 「おう。せっかく捕まえてきてくれたのにすまねぇな」




 返事を聞くと母親幼女はとてとてとシャワーを浴びに行くのであった。あっ滑


って転んだ。


 この流れはなんだか黄泉戸喫ヨモツヘグイを連想させられるな。ヨモツヘグイというのは神


話や物語でよく出てくる話で、死者の世界や他の世界での食べ物や飲み物を食す


事により元の世界に戻れなくなるという定番のお話である。物語によっては抜け


道があったりなんらかの方法で戻ってくる事ができたりもするが大抵そのまま帰


れなくなるというものだ。




 「当たらずといえども遠からずといったところでしょうか」




 シオリさんが小さくパチパチと拍手をしながらそう言った。




 「また考えが口に出てたか。しかし遠からずってめちゃくちゃ怖いんだけど」


 「ただここに適応するために必要な事というだけなのでそんなに難しく考えない


  で大丈夫ですよ。異文化に触れて最初は驚くが、次第に慣れていくためには必


  要な通過儀礼とでも考えてください」


 「なるほど、それならしっくりくるな。海外旅行でもありそうな事だし」


 「ただ、ハルさんが適応してくれる事がわたしの大きさにも関わってくるので頑


  張ってくださいね」


 「オッケー了解だ。今すごい重要な事をサラッと言われた気がするんだが」


 「わたしの大きさはハルさんの適応レベルに比例して大きくなりますよ?」


 「ナニソレ」


 「最大適応値に達すると20Mぐらいになります」


 「……。」


 「冗談ですよ」


 「はぁ、よかったー。あまりびっくりさせないでよ。俺シオリさんに言われた事


  大抵信じちゃうから」


 「最大だと100Mぐらいですが普段は以前のサイズや今のサイズぐらいになる


  ので気にしないでください」


 「またまたー」


 「?」


 「今度は本当だったー!?」




 重要な話も一部聞く事ができた辺りで母親幼女が戻ってきた。




 「ふースッキリしたのじゃ。スライムはもうないからお茶にでもするかのう。お


  主たちも飲むじゃろ?」


 「あぁ、俺も普通のお茶を飲みたかったところだ」




 そう言うとお茶の準備を始める。どう見てもお嬢ちゃんお手伝いできて偉いねー


という姿だが、手慣れてるようですぐに準備は終わった。ただアレを手馴れてると


言っていいのか甚だ疑問である。いや、手を使わずに空中をいろんな物が行ったり


来たりしてれば誰だってそう思う。なんなのマジで。




 「アレも先程まで話していた適応に必要な一部なので受け入れてくださいね」


 「ぐぬぬ……。受け入れましょう。全てはシオリさんのサイズのために」




 フラフラ飛びながら会話できるシオリさんを見た時点でもっと深く疑問を持つべ


きだったのかもしれない。しかし、かわいいは正義だからな!


 そして母親幼女が淹れてくれたお茶は普通においしかったです。




 「ステラ様も戻ってこられたことですし、現在の適応レベルで開示可能な部分を


  お話します」


 「ワシが話すよりお主が話した方が良さそうじゃな」




 初めからそうすればよかったのじゃとか呟いてる母親幼女。俺もそう思うぞ。




 「答えられる範囲の質問は後で受けるので、長くなると思いますがまずは聞いて


  ください。この施設はHabitable Planet Creating


  System、以後HPCSと呼びますが、言葉の通り居住可能惑星作成シス


  テムの中枢区画になります。そしてシステムが専用オペレーターとして生み出


  した存在がわたし、シオリです。


  そしてそこにいらっしゃるステラ様は現在わたし達がいる惑星テラそのもので


  ありテラが人型をとった化身であられます。名前は少し安易だと思いますが」




 名前を呼ばれ紹介されたステラ様はえっへんという感じでふんぞり返ってるが絶


対馬鹿にされてるぞ。それでいいのか母よ。




 「このHPCSは管理者の権限で1度だけコピーが可能であり、その際初期の設


  定も全て変更可能なのです」




 これを聞いて「!」ときてしまった。そういう事か。




 「ハルさんはもうお気づきになられたようですね。そのコピーされた新たなHP


  CSで作られたのが地球というわけです。その地球の人型をとった化身が明日


  香様になります」




 HPCSで作られたのが地球って事までしか気づいてなかった。やべぇ、俺の妹


地球だったのか。




 「地球となるHPCSをこちらから送り出す前にステラ様のDNAを採取し地球


  がある程度成熟した段階で作られたのがハルさんというわけです」


 「……。」




 これには絶句するしかない。地球の年齢は約46億年ぐらいと言われている。とい


う事はだ、うちの妹は46億才ぐらいで目の前にいる足プラプラ幼女はそれ以上生


きてる事になる。恐らく実年齢18才のままなのは家族内で俺だけなのだろう。う


ちの妹16才、45億歳以上のサバを読む。おいおい!とかつっこめねぇよ!


 そこへまるで追い討ちをかけるかのようにシオリさんは言った。




 「HPCSについて説明が足りなかったので補足しますと、HPCSは居住可能


  惑星を作成するために宇宙を作り出しその居住惑星に人類へと進化可能な系譜


  をも作るシステムなのです。そしてHPCSによって作成された宇宙は外宇宙


  を隔てた他の宇宙、例えばこの惑星テラのある宇宙から観測すると成熟に至る


  まで早送りされます。


  早送りに関して簡単に説明するとHPCSにより地球のある宇宙が作られ現在


  に至ります。ステラ様、惑星テラからHPCSを射出したのがいつ頃か覚えて


  いますか?」


 「もちろん覚えておるぞい。2年程前だったかのう」


 「ありがとうございます。というように外宇宙を隔てる事で一つの宇宙内での常


  識や法則を無視する事も可能というわけです」


 「お、おうそうなのか」




 人は受け入れきれない現実に直面した時拒絶しちまうんだ、脳が。今の俺の姿が


まさにそう。辛うじて返事をしたがもう全然頭の中に入ってこない。




 「ハルさんも一度に色々な事を聞いて混乱していると思いますので今日はこの辺


  にしておきましょうか。最後に一つだけ重要な事をステラ様からお話してもら


  いましょう」




 頷きながら母親幼女が話し出す。




 「ワシも今聞いておったがほとんど理解できない話であったな。ただすごく回り


  くどい事をしているし、していかなければならないのはわかるのじゃ。そして


  ここからが大切なのじゃが、結論から言うとこの星の人類種はあと数百年で絶


  滅する。その人類種の滅びを回避する事が目的なのじゃ。


  まぁ正確には、この星の人類種は既に5回滅びておってのう……その度に星の


  リセットを行ってきたんじゃよ。今までは傍観者であったのじゃがさすがに忍


  びなくてのう。今回はワシ自らシオリの力を借りて介入する事にしたんじゃ」


 「最後の最後に母親幼女が爆弾投下しやがった。だが地球でシオリさんが俺に色


  々教え鍛えてくれたのはこのためだったんだな。それならやるしかねぇ。俺は


  そうやって進むしかできないからな」




 母親幼女のくだりでステラ様()は何か言いたそうにしてたが最後まで聞くと安心


したようでホッとしていた。




 「さすがハルさんです。また一から頑張るなんて、鍛え直し甲斐があります」


 「ん? また一からとは?」


 「ハルさんが地球で学んできた事は蓄積されてます。ですが訓練等で鍛えた肉体


  的な部分は一切残ってないですよ。身体が違いますから」




 身体が違う? 何か認識に決定的な差がある気がする。




 「俺って地球から惑星テラに身体ごと来たわけじゃないの?」


 「ハルさんのこちらでの器はDNAを元に作られた物で完全な復元はできていま


  せん」




 そう言われ鏡の前に連れて行かれた。




 「誰!?」




 何かおかしいと思ってたんだよね。地球での俺は短髪黒髪の筋肉質で体育会系の


見た目だった。なんだこれ、髪は伸びてるし筋力は相当落ちてそうだ。


 ただ自分大好きな俺はこれも悪くないなと思い始めてる。自分自身がコワイぜ。




 「見た目はだいぶ変わっちまったが中身が一緒ならまぁ問題ない。もう一度鍛え


  直すまでだ」


 「ハルさんならそう言うと思ってこちら専用のメニューを作っておきました。地


  球での訓練は所詮ウォーミングアップみたいなものだったのでこれからは更に


  激しくしていきますね」




 いや地球でのアレかなりきつかったんだけどウォーミングアップって……。




 「お手柔らかにお願いします」




 俺にはそう言うしか道が残されてなかったんだ。正直誘導された気しかしねぇ!

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