異世界なんてあるわけない!

さくら

第1章 適応編

第1話 飛翔

 翔んでいる。夢であるという自覚があるので明晰夢というものであろう。一切自


分の意思で動く事はできないが、夢特有の突拍子もない調子で場面が次々に切り替


わっていく。




 激しい吹雪と雪に包まれ美しさだけでなく自然の脅威をも感じさせる険しい山々。


枝葉を横に広げ尚且つ天辺が雲にかかる程巨大な木。


 ぼんやりとした不思議な光に包まれ、不思議な形の塔が立ち並ぶ幻想的な場所。




 どのシーンも脳裏に焼き付く現実感であった。




 (けどこんな景色見た事ねぇな)




 と頭の中で独り言つ。


 ゲームやアニメの記憶が混ざってるのかもしれない。最後に薄紫色の髪をした幼


女が泣いている場面が出てきた辺りでそう結論付けると急速に意識が覚めていくの


であった。








 「という夢をみたのさ」




 手際良く朝食の準備をする妹の明日香に向かいダイニングキッチン越しに話し掛


ける。明日香は一瞬手を止めたもののその手を腰に当て、




 「はいはい、わかったからお兄ちゃんあそこのお皿取ってね」




 と溜め息混じりに言った。起きた後も完全に覚えていて説明できる程レアな夢を


はいはいでバッサリされたぜ。ぐぬぬ。




 「まだできあがるまで時間かかるから先にシャワー浴びてきたら?」




 日課の訓練を終えたばかりで軽く汗ばんでいた俺は




 「おう、そうさせてもらうわ」




 と答え風呂場へと向かう。




 幼い頃、俺達は両親を交通事故で亡くしたらしい。その後親戚に引き取られたが


その人も多忙な人で今も世界中を飛び回っている。




 親がいないという悲しみも感じた事はないが、小学生の頃授業で両親についての


作文を書く事になった時はなんとなくもやっとした覚えがある。


 なぜその程度で済んだかというとやはり親戚の友人であり現在も家政婦をしてく


れている栞シオリさんの存在が大きいだろう。今でこそ明日香と栞さんが分担し


て家事をしてくれているが、それ以前の田村家は栞さんが一切の家事を取り仕切り、


様々な教育をしてくれる事で成り立っていた。


 親戚が全てを任せたのもわかるぐらいなんでもこなす人だ。その上、見た目が昔


と全く変わっていない。完璧過ぎてこわい。




 そう洗濯機の前にいるクラシカルなメイド服を着た美しい銀髪の方である。




 「その様子ですと先にシャワーを浴びて来るように言われたのですか?」


 「そうなんだよ。そういう事なのでシオリさんちょっといいかな」




 うちは洗濯機の横が脱衣所も兼ねているので……さすがにこのまま脱ぐという訳


には……。顎の辺りに人指し指を沿え少し考えるとハッと気付いてくれたようで、




 「わたしは気にしませんが春ハルさんも思春期ですからね」




 あらあらと言いながら出て行ってくれた。わかってくれたのは良かったがあまり


子供扱いされるのもなぁ。




 こ れ が 思 春 期 か。




 たぶん俺が大人の男になったとしても栞さんには敵わないんだろう。そう確信し


ながら手早くシャワーを済ませた。




 着替えてリビングに戻ると朝食の準備も既に終わっていたらしく待っていてくれ


た。




 「先に食べてても良かったんだぞ」


 「やっぱり家族一緒に食べたいじゃない? 早く座って座って」




 そんな会話をする俺達を栞さんはうんうんと頷きながらニコニコと見ている。俺


がいつもの席に着くと揃って




「「「いただきます」」」




 と言い朝食を食べ始めた。


 やはり明日香の作るご飯はうまい。もう栞さんとも遜色ないのではないだろうか。


オーソドックスな日本の朝食であるが本当においしい。んっ? 明日香が真っ赤に


なってるがどうしたんだ。




 「ふふふ、春さんまた思った事が全部口に出てますよ。わたしも明日香様に負け


  ない様にしないといけませんね」




 と胸の辺りで両手をグーにして片方の腕を挙げえいえいおーをしていた。あまり


のかわいさにお茶を噴き出しそうになったが耐える。明日香もその間に気を取り直


したのか会話に入ってくる。




 「あっ、そうそうお兄ちゃん、今日の夜はちゃんと予定開けておいてくれた?」


 「誕生日とはいえ春休みだからなー。特に何もないぞ」


 「それなら良かった。栞さんと一緒に腕を振るっちゃうんだから期待しててよね!」


 「それじゃあ今日は家族3人でお祝いいたしましょう」




 こういう時にさり気無く自分も家族として数える栞さん最強。そんな他愛もない


会話をしながら朝食の片付けを始める。


 その後、栞さんから以前貰い何度も読み返してる本を読みながらゆっくりと夜ま


で過ごした。




 明日香が言ってた通り、その夜の食事は二度と忘れられないであろう。好みを知


り尽くした2人による合作は筆舌に尽くしがたく、語彙力の乏しい俺にはまさに神


としか言えない出来栄えだった。


 しばらく食後の団欒を楽しんでいたが、タイミングを見計らったように明日香が




 「お兄ちゃん、話があるんだ」




 と切り出した。明日香と栞さんの様子を見てなんとなく言いづらそうにしてる雰


囲気を感じ取った俺は、




 「なんだ2人とも遠慮せずに言ってくれよ」




 と優しく笑いかけた。




 「そ、そんな怖い顔しないでよ! 余計言いづらくなっちゃうから」




 春は笑いかける事に失敗した! 笑いかけたつもりが怖い顔って……ショック過


ぎるだろ。笑顔は今後の課題にしよう。




 「んー。とりあえず話すより見てもらった方が早いと思うから付いてきて」




 そう言う明日香と栞さんの後ろを付いて行った。勝手知ったる我が家にそんな言


いづらくなるような物があったかなぁと考えていると進む方角的に栞さんの部屋に


それはありそうだと気づく。


 確かに子供の頃は入り浸っていた栞さんの部屋も長らく来てなかった。女性の部


屋ですし……良い香りがしますし……。


 久しぶりに訪れた栞さんの部屋は相変わらず片付いていて清潔感があった。




 「春さんどうぞ遠慮なさらずお入りになってください」


 「それじゃ遠慮なく」


 「ちょっと待っててね」




 そう明日香が言うと和室には似つかわしくない電子パネルみたいな物を操作しは


じめた。スキャンみたいな事が行われているのが見えた。




 「え……」




 俺が半分固まっていると操作も終わったようで、音もなく畳がすべるように横に


動きそこには硬質そうな階段が現れた。電気も連動してるようで次々に明かりが点


っていく様が見える。




 「どう? 驚いたでしょ?」




 明日香は満面の笑みでドヤ顔を決めている。




 「これに驚かない方が無理あるだろ」




 いつも通りの明日香を見て少し平常心を取り戻した。




 「ここからも驚きの連続だから気をしっかり持ってね、おにーちゃん」




 そうかわいく言うと明日香と栞さんは慣れた様子でその階段をサクサクと下って


いく。俺もその後をおっかなびっくり降りて行った。




 下まで降りて感じた事は、ここは何らかの研究所ではないかという事とうちの妹


と家政婦さんは一体どんな組織の一員なんだという事だ。




 よく考えて欲しい。誕生日に話があるから付いてきてと言われ、付いて行った先


には自宅にあるはずのない地下があり、更には研究所のような建造物がある。もう


これあかんやつやん。エセ関西弁が飛び出るぐらいの驚愕っぷり。




 「お兄ちゃーん。こっちだよー! 早く早くー」




 明日香、お兄ちゃんもう膝にきちゃってガックガクだよ。それに気づいた栞さん


が支えに戻ってきてくれた。




 「春さん驚かせてしまってごめんなさい。もう少しなので頑張ってくださいね」


 「ごめん。まさかここまでとは思わなかったんだわ。もう大丈夫」




 明日香のいる方へ歩き出し明日香が先に開けてくれた扉の中へ入る。




 「この部屋で滅菌処理するから少し待ってね」




 やっぱり研究所的な何かだったかーと思いながら黙って頷く。あまりビビり過ぎ


ても兄の沽券に関わるからな。ここら辺で男らしさを見せていこう。


 部屋に入って少し待つと部屋の中が薄ら赤くなった。これだけで終わりかと考え


ていると、シュッという音と共に霧状の液体が突然噴霧された。




 「うおっ」




 あまりに突然だったのでびっくりしてしまった。2人を見ると明日香はニヤニヤ


し栞さんもニコニコしていた。沽券とは一体。ぐぬぬ。




 「もう終わりだから大丈夫だよ。それじゃ入ろー」


 「お、おう」




 明日香に続き進んでいく。すぐ後ろには栞さんが付いてきてくれてるようだ。次


の扉をくぐると少し開けたラウンジのような場所に出た。




 「それじゃ一旦ここで話そ? お茶の準備するね」




 そう言って近くの席を勧めてきた。隣の席に栞さんも座りしばらく談笑している


とすぐに明日香も戻ってきた。




 「はい、どうぞ。熱いから気をつけてね」


 「「ありがとう(ございます)」」




 栞さんとお礼を言い飲み始める。




 「それじゃ俺に黙って一体どんな事をしていたか教えてもらおうか?」




 まぁ2人の事は誰よりも信頼しているから危ない研究をしているとかではないと


わかってはいる。ただ俺に全く気づかせる事なくこれまできたのは何らかの意図が


あったのであろう。




 「初めに言っておくけど、わたしにも制限があって全てを話せるわけじゃないん


  だ。だから影響が出そうな部分は栞さんカットお願い」


 「任せてください」


 「それじゃまずわたしの事について話すね。わたしは地」


 「カット」


 「早くない!?」


 「すみません。たぶんその知識は向こうに着いてからでないとまずいかもしれま


  せん」


 「えー、それじゃほとんど何も話せなくなっちゃうよー」




 明日香はあーとかうーとか唸りながら考えている。栞さんは困りましたねーと言


いながらチラッチラッとこちらを見ながら言っている。あーこれは今の会話情報だ


けで察して欲しいパターンだな。




 「まぁなんとなくわかったぞ。何か話したくても話せない事情がある。そしてそ


  の事情は向こうとかいう場所へ向かえば知る事ができる。そして恐らく向こう


  とかいう場所に俺が行く事は決定事項なんだろう? オーケー任せろ。そこへ


  行こうじゃないか」




 明日香は驚いたようにこっちを見ている。栞さんは親指を立ててウィンクしてた


ので噴き出しそうになったが。




 「なんかそこまで冷静に返されると散々緊張したこっちが馬鹿みたいじゃないも


  う」




 と言いながらも照れ笑いをしている我が妹。尊い。




 「明日香様、春さんにはしばらく会えなくなると思います。お別れをちゃんとし


  ておいた方が良いですよ」


 「それもそうね。それじゃ……」




 明日香が突然抱き付いてきた。初めての事で戸惑うが涙など見せた事のない明日


香が泣いてる様子なのでしっかりと抱き締め返し頭を撫でてやる。




 「もう大丈夫。湿っぽいのはこれでおしまい。また会えるからね。それまでお兄


  ちゃん死んだりしちゃダメだよ」




 ハハハ……え、俺死んだりする場所に行かされるの?




 「大丈夫です。わたしが付いて行きますのでそう簡単には死なないと思います」




 栞さんが一緒に行くと知り少し安心する。栞さんは俺に訓練の基礎を鬼教官のよ


うに叩きこんだ人であり、自身もとんでもない身体能力をしている。


 以前街を一緒に歩いてる時、軍人崩れの酔っ払い数人に絡まれたのだ。栞さんだ


けでも逃がそうと前に出た瞬間、相手は全員横になり気を失っていた。本人は記憶


にないと言ってるがアレは完全に栞さんの仕業だろう。目で追う事はできなかった


が後ろにいたはずの栞さんの柔らかい香りがフワッと鼻を掠めたのだ。それからの


俺は一層栞さんに逆らう事はなくなり敬語混じりになった。




 「ところで説明がほぼないからよくわからんが話の流れ的に俺は今日すぐ行くん


  だよな? 持ち物とか着替えとかどうすりゃいいんだ?」


 「そうそう、お兄ちゃんの18才の誕生日じゃないと駄目みたいなんだよね。持


  ち物とかは特にいらないから気にしないで」


 「その俺の誕生日、あと15分ぐらいで終わるけど」




 時計を見る明日香。そして急に焦りだす。




 「やっばーい。栞さんなんで教えてくれなかったのー!?」


 「明日香様がギリギリの別れを演出してるのかと思いまして」




 ニコニコしてる、これは栞さん気づいてたなー。ただし突っ込まない。俺は空気


が読める男なんだ。




 「春さん全部聞こえてますよ?」




 またやっちまった。急いだふりと勢いで誤魔化すしかねぇ!




 「明日香、時間がないなら急ぐぞ」


 「そ、そうだね。お兄ちゃんこっち来て。栞さんも全開で準備して」


 「イエス、スターティング」




 明日香に手を掴まれ連れて行かれる。施設はまるで突然息を吹き込まれたかのよ


うにゴウンゴウンと低音を響かせながら稼動しはじめたのがわかる。


 研究施設なんて行った事ないが一つだけわかるのはこの施設がとんでもない高度


な技術で作られてる事だ。SF映画で「あっこれ見た事あるー」みたいな物の見本


市状態。




 「はい、ここで横になってー。急いで急いで!」


 「お、おう」




 その勢いに飲まれ困惑したまま横になる。あれ、俺どこかへ行くんじゃなかっ


たのか。横になると透明なガラスの様な物で覆われる。やべぇ実験体になるみた


いですげぇ怖ぇ。




 「お兄ちゃん聞こえる?」




 頭の上の方に付いたスピーカーのような場所から聞こえてくる。




 「ちゃんと聞こえてるぞ。けどこれ大丈夫なんだよな? 俺変な実験に巻き込ま


  れてないよな?」


 「あはは、大丈夫だよ。わたしと栞さんをもっと信じてよ」


 「そうだよな。すまん、少し取り乱した。もう大丈夫だ」


 「心拍数血圧共に正常値問題ありません」


 「それじゃ時間もないしそろそろ逝くよ。最後に一言。お兄ちゃんは考え過ぎず


  お兄ちゃんらしく真っ直ぐに走ってね! そんなお兄ちゃんが大ちゅき」




 最後に大事な部分で噛んだのか照れたのかわからないが気持ちはすごい伝わっ


た。泣きそうになっちまう。




 「エネルギー充填完了。開きます」




 その声と共に全てが吹っ飛んだ。文字通り今の俺には五感のほとんどがない。


例えるなら強制的に幽体離脱させられた状態とでもいうか……。




 視覚だけは残ってるから余計それに近いと感じる。そして恐らくとんでもない


スピードで上昇している。目はないのに視覚を全方向に向けられるという本来あ


りえない体験をしていると街の明かりがどんどん遠くなっていくのがわかる。や


がて大気圏外に出たようだ。




 (地球はやっぱり青かったんだなぁ)




 数々の宇宙飛行士が到達した場所にいる事が感慨深い。幽体みたいな感じだけ


ど。更にスピードを上げていく。光速を越え光を置いていくと線状になる現象が


起こる。まさか実際に体験できるとは。




 そうなると俺は物質でもエネルギーでもない未知の何かになっているんだろう


か。サッパリわからん。そうこうしていると栞さんの声が聞こえてくる。




 (春さん、これ以上は人の知覚ですとダメージを受けてしまう領域に入りますの


  で少しの間意識を休止状態にさせてもらいますね)


 (こいつ脳内に直接っ! あっでも今の俺に脳なさそう!)




 と馬鹿な事を考えていると、まるで眠りに誘われるかのように意識は暗い底へ落


ちていった。

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