第4話二番目のわたしと一番の彼4

「そうだよな、新入社員でそれも他の部門の主任と仲良くなんかしてる子なんていないもんな。俺は気にしないけどね?あぁ、でもまた誰かにからかわれて君が傷付いちゃうと俺も悲しいな」


山岸さんは、わたしから少し離れて他の人にも聞き取れるような声でわたしに話しかける。


「変な噂でも流されちゃうと困りますもんね、他の部署ってだけでもずいぶんと大きな壁に感じちゃいますね。もしからかわれたら山岸さんに守ってもらいますね。」


わたしはいたずらめいた微笑みを山岸先輩に投げかけた。そんなやり取りを見ていた向かい側のパートーナさんは不思議そうな顔をしていた。

でも、すぐに自分たちの話題に戻っていった。わたしと山岸さんはこっそりと微笑みあった。ふと、誰かに見られているような気がして周りを見渡した。目があったのは武田くんだった。少し怒っているような不機嫌そうな顔をしていた。わたしはなぜ武田くんがそんな顔をしているのわからなかったが、気まずいので目線をそらし山岸さんとの会話に意識を戻した。

しばらく当たり障りのない会話を楽しんでいると、幹事の高橋さんが声を張って話し始めた。


「今日はみなさん歓送迎会に参加していただきありがとうごいます。今回は他の店舗に異動する人のみで新しい人は来ません。今回他の店舗に異動される方は他の店舗でも頑張ってください!レジの女子社員から花束の贈呈です。」


高橋さんがそう言うと、レジの女子社員の人たちが大きな花束を持ってお店の入り口付近から現れた。


「あっ、中島さんだ。これをするためにレジの先輩に連れて行かれたんだー。」


「おっ、これは初めての試みだなーいい演出だと思う。」


山岸さんも身を乗り出して見ている。

武田くんの他に2人の社員さんが他の店舗に異動になっているようだ。中島さんがどうやら武田くんに花束を渡すようだ。付きあっている事はみんなが知っている。心憎い演出だ。中島さんが武田くんに大きく綺麗な花が束ねてある花束を渡そうとすると。


「この花束は中島さんからじゃなくて、もう一人の同期の斎藤さんから貰いたい。」


武田くんはみんなに聞こえるよな大きな声で言い放った。突然の出来事でみんな口が開いたまま塞がらなかった。一番驚いているのは名指しで指名されたわたしだ。

「斎藤さん、お願いしてもいいかな?」


武田くんは、さっきとは違う優しいトーンでわたしに話しかけてくる。わたしは動揺しながらも花束贈呈をしている机と机の少しスペースのあるところへと移動する。他の人たちもざわざわとしているものの誰も何も言えないままだった。


「わざわざ来てくれてありがとう、さあ中島さんから花束を受け取って僕に渡してくれるかな?」


わたしはわけがわからないまま、中島さんから奪うように花束を受け取り武田くんに手渡す。武田くんは嬉しそうにニコニコとしながらわたしの耳元でありがとうと囁くと先ほどまで座っていた自分の席に戻っていった。

わたしも他の人たちもわけがわからないまま自分たちの席に戻った。

中島さんもわたしの隣に戻ってきたので山岸さんも自分の席へと戻っていった。

不機嫌そうな中島さんがわたしに話しかける


「なんなの?どうなってるの?ねえ?」


「わからないよ、わたしだって教えて欲しいよ。なんでこんなところで武田くんがあんな事するのか。わたし武田くんに聞いてくる。」


わたしは、中島さんの返事を待つ事なく武田くんの席へと向かった。

周りはまだざわざわとしていたが適度にお酒の入っている人もいるので冷やかすような声が少し聞こえてくる程度だった。わたしは武田くんの腕を掴むと他の人たちに見えない場所まで武田くんを無理やり連れて行った。わたしは周りの事など考えず大きな声で武田くんを問いただした。


「ねえ?なんであんな事言ったの?何を考えてるの?中島さんの気持ち考えてないの?」


武田くんはわたしを落ち着かせようとして、慌てているように見える。


「なんで?せっかくみんな楽しい気分でいたのに、あんなわけのわからないことして‥‥」


わたしは半分泣きながら武田くんを責め立てた。武田くんは困ったような顔になって、少しづつ話し始めた。


「ごめん、まさかこんな風になるなんて思ってなくて。ただその‥‥」


武田くんはしばらく黙り込んで、こう続けた。


「君があんなに楽しそうに山岸さんと話し込んでいるのを見て嫉妬しちゃって‥‥。ごめん、もっとちゃんと考えて行動するべきだったよね。迷惑かけちゃってごめん。」


「もう謝らないで、わかったから、今すぐに中島さんに謝って来て?そうすれば許してあげる。いい?」


「わかった、ごめん。また落ち着いたらメールするね。」


そう言うと武田くんは中島さんのところへ小走りで向かった。わたしは安堵のため息をついた。そのままみんなのいるところへ戻るのが少し気まずくてわたしはトイレに行くことにした。いろいろなことを考えていたり、武田くんの行動があったりしてすっかり忘れていたがもうかれこれお昼に会社の食堂でお昼ご飯を食べてから6時間以上が経っていた。もうお腹はぺこぺこだ。席に戻ったら何かお腹に溜まるような物を食べないと体が持たないだろう。なにせ会社から車で家までは早くても一時間はかかるからだ。母親には晩御飯はいらないと今朝言ってきたので帰ってもご飯は用意されていない。そんな事を考えながらトイレを済ませて自分の席に戻ると、もうそこにわたしの座る場所はなくなっていた。なぜなら武田くんと中島さんが仲良さそうに二人で座っているからだ。


「あーどこ行ってたの?心配しちゃったよー先に帰っちゃったのかと思って」


中島さんがテンション高めで話しかけてくる。わたしはどこかホッとしながら答える。


「帰ったりしないよー少しトイレに行ってただけだよ。どう武田くんとはちゃんと話し合えた?」


「うん、なんかね。場を盛り上げようと言ったみたいなんだけど、ほら武田くんってそんなキャラじゃないからみんなの反応を見て反省したって。」


中島さんは嬉しそうにニコニコしながら武田くんの腕に抱き付いている。それにしても、同じ職場の先輩が見ているのにこんな事が出来る中島さんにはいろんな意味で驚かされてしまう。わたしもこれぐらい積極的になれればいいのだろかと考えたが、やはりよくないと思い直しどこか他に座れる場所はないかと周りを見渡してみた。ちらほらと電車で通勤している人たちが帰り始めていたので座る場所は選ばなければあるようだ。どこに座ろうか悩んでいると右腕を乱暴に掴まれてそのまま倒れこんだ。痛みで目を開けると、お尻のしたに柔らかい感触があった。わたしは慌ててその感触から逃げようとジタバタする。笑い声が聞こえてきてわたしは少しだけ冷静になって自分が今どうなっているのか確認した。どうやらわたしは北野さんに引っ張られて北野さんのあぐらを組んでいる足の上に座り込んでしまったようだ。北野さんは少しお酒臭いようだ。


「よー座る場所探してたんだろ?ここに座りな」


北野さんはわたしを囲うように腕で通せんぼする。


「ちょっと、やめてください。座る場所なら他にもたくさんありますから!」


わたしは北野さんを振りほどこうとしたけど、成人男性の力に叶うわけもなくしばらくの足の上にいる事を強いられた。わたしは恥ずかしさと動揺で目を伏せる事しか出来なかった。酔っ払っているのだとわかっていてもこんな事を北野さんがするなんて信じられない。他の男性社員の声が聞こえて来る。わたしをからかおうとしているのだろう。でも、なぜ北野さんはこんな事をするのだろう。やはりからかい甲斐があるのだろうか。わたしはまだ社会に出たばかりの新人でこうゆうからかいには慣れていない。恥ずかしさと馬鹿にされた悲しみでわたしは声をあげる事もなく涙を流した。周りの男性社員たちがざわざわとしだしたのが伝わってくる。何事だろうと伏せていた涙でいっぱいの目を開けるとそこには、普段から想像できない程怒っているような顔をしている店長の姿が見えた。


「みんないい加減にしないか!いくら楽しい場だと言っても、やっていい事とやっちゃいけない事の判断ぐらい出来るだろう!」


周りにいた男性社員さんたちは店長の方を向いて頭を下げている。すいませんだのやりすぎましただのいろいろな言葉が聞こえて来る。そんな中、北野さんはわたしを囲うように通せんぼしていた腕を離してくれた。わたしは涙を手の甲でぬぐいながら北野さんの足の上から腰を上げて少し離れたところへ歩いて行き、安心して力が抜けてその場にぺたんと座り込んでしまった。背中をさすられて驚いて背中をさすっているのが誰なのかを確かめようと顔をあげると中島さんだった。


「大丈夫?ひどいよね、北野さん。いつもレジの女子社員に変な事してくるんだよ。」


わたしは北野さんの事はあまり知らなかった。特別興味もないし、レジの女子社員さんたちとのやり取りも知らなかった。事務所などで会う事もほとんどなかった。まさかこんな事をしてくる人だなんて思っても見なかった。

わたしは、動揺を隠すようにいつのテンションで中島さんに答える。


「全然大丈夫だよ、ごめんね。心配かけちゃって。ありがとう」


中島さんはわたしの目をまっすぐに見ている。


わたしは更に動揺を隠すために思い切り笑顔を作って見せた。中島さんは、はぁとため息をついてわたしの頭をくしゃくしゃとした。わたしは驚いたが、中島さんなりにわたしを慰めようとしてくれているのがわかった。わたしは、少しくすっぐたいような気がして中島さんにはにかんで見せた。中島さんのそばにいた武田くんも心配そうな顔でわたしを見ている。わたしはNさんには気付かれないように武田くんに微笑んで見せた。武田くんは安心したかのように頷いてわたしたちの側を離れた。しばらくNさんと話をして気分を落ち着かせる事にした。10分程経った頃、後ろから声をかけてくる人がいた。わたしは不思議に思いながらも振り返る。そこにいたのは山岸さんだった。


「そろそろお開きみたいだけど、帰ろうか?」


山岸さんは優しい声でわたしの目を見て話しかけてくる。

わたしは、山岸さんの目をしっかり見て頷いた。わたしは中島さん、武田くんに先に帰る事を告げてお店を山岸さんとこっそりと出て行く事にした。本来であればあれだけの事があったので店長に一言言う必要があるのだろうが、山岸さんが気を利かせて代わりに帰る事を店長に伝えてくれていたのだ。ただ素直に山岸さんの優しさに感謝をした。

お店を出るとき、鞄の中から下駄箱の鍵を取り出して下駄箱の中から山岸さんと自分の靴を取り出した。そして、履きやすいように並べて置いた。山岸さんはほぉーと感心したような声を出した。


「わざわざ俺の靴まで閉まってくれてたのか?頼んでなかったのに、ありがとう」


山岸さんはわたしの頭をぽんぽんと叩いた。わたしは悪い気がせず、それを嬉しい気持ちで受け入れた。


「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいです。」


わたしは山岸さんに微笑んで見せた。山岸さんもこども見るような優しい目でわたしを見つめ返してくれる。二人で山岸さんの車が止めてあるお店の駐車場まで歩いて行く。今度は誰にも何にもぶつからないようにわたしが歩道の内側を歩き、山岸さんが車道側を歩く事になった。そういえば山岸さんは体はもう大丈夫なのだろうか、心配になったわたしは山岸さんの歩く姿を立ち止まって後ろから見てみた。うん、よし。大丈夫そうだ。腰に手も当てていないし、ちゃんと歩いているように見える。ふと山岸さんが立ち止まり振り返った。


「おーい、何してるんだ?置いて帰っちゃうぞ?」


「あっ、ごめんなさい。置いていかないでくださいよー」


わたしは慌てて小走りになって山岸さんの背中を追いかける。もう少しで山岸さんに追いつける、自分が思っていたよりも長い時間山岸さんの背中をみつめていたようで追いつくには時間がかかった。息を切らして少し頬が赤くなるのを感じながら山岸さんの隣にたどり着いた。山岸さんは微笑んでいた。わたしはそれが嬉しくて、こんな時間がいつまでも続けばいいのにと願った。でも、そんな楽しい時間がいつまでも続くわけもなく。二人で山岸さんの車に乗り込んだ。わたしの車が置いてある会社の駐車場に着くまでそれほど時間はかからなかった。山岸さんはわざわざ車を降りてわたしの車の前まで付いて来てくれた。そして帰り際に耳元でこう言った。


「今日の歓送迎会はいろんな事があって動揺したりして疲れただろう?気を付けて帰ってゆっくり休むんだぞ?後、また北野の奴に何かされそうになったりしたらすぐに俺を呼べ。何があっても助けてやるから。」


それだけを早口で言い終えると、山岸さんはまたわたしの頭をぽんぽんと軽く叩いて自分の車へと戻っていった。何が起こったのか飲み込むのに時間がかかったが状態が飲み込めた頃には山岸さんは車の窓を開けてわたしに手を降っているところだった。わたしも慌てて手を振り返した。山岸さんの車が視界から消えるまで手を降り続けた。しばらく立ち尽くした後、鞄の中から車の鍵を探そうと携帯のライトをつけて鞄の中を照らし出した。そこにはみた事もない紙が一枚入っていた。何かと思いその紙を手に取ると紙の間から車の鍵が出てきた。わたしは不審に思い、紙を開いて中に何がかかれているのかを。確かめた。そこには達筆な字でこう書かれていた。


『お疲れ様、いろいろ大変そうだったから。迷惑だとは思うけど勝手に鞄の中を少し覗かせてもらって車の鍵を探しておきました。これからはハンカチみたいに、ちゃんとしまう場所を作ってください。山岸。』


わたしはすっと力が抜けて心が暖かい気持ちになった。本来ならこんな事されれば気持ちが悪いと思うが、今のわたしには感謝の気持ちしか出てこなかった。車の鍵をぎゅっと握りしめて車の扉についているキーレスのボタンを押す。ピピッという音と共に車の鍵があいてわたしは扉を開けて運転席へと乗り込み扉の鍵を閉めてエンジンをかけて先ほどの余韻に浸った。しばらく経った頃、車の通風孔から涼しい風が出てきた。そうか、エアコンから涼しい風が出てくるまでの時間わたしは山岸さんの事ばかり考えていた。何気なく見た、車の時計はもう11時を回っていた。わたしは慌ててシートベルトをつけライトをつけて、車を発進させた。家までは一時間程の道程だ、毎日のように通っている勤経路なのですいすいと運転をして家へと向かった。家に着くと山岸さんに言われた事を思い出して、お風呂に入ってすぐに布団の中に潜り込んでゆっくり休む事にした。明日はシフトでは休みになっている。ゆっくりと眠ろう、今日の嫌な事を忘れられるように。わたしは布団を頭までかぶって目を閉じた、そしてすぐに意識を失うように眠りについた。

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二番目のわたしと一番の彼 ぺこ07 @peco07

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