第2話二番目のわたしと一番の彼2
ある時、わたしは同じ部署の男性社員の鹿島さんにポロッと愚痴をこぼしてしまった。
「今、友達というかなんというか、恋愛相談にのってて、そのなんていうかわたしなんかがアドバイスしてもいいものかとかいろいろ悩んでまして、少し精神的に疲れてしまって‥‥」
「そうなんだ、君も意外と大変なんだね。でも仕事はちゃんとこなさないとダメだよ?」
鹿島さんは微笑みながらわたしの頭を優しくポンポンと叩いた。
「ふぇっ?何するんですか?」
わたしは間の抜けたような、いつもは出さないような女の子っぽい声を出した。
「なんだ、君もそんな可愛い女の子みたいな声出せるじゃん?いつも仕事の時はそんな声で話してるところも見た事ないし、笑ってる顔も俺見た事ないから、ちょっとドキッとしたよ」
「急になんなんですか?からかうのはやめてください、恥ずかしくなっちゃいます‥‥」
わたしは頬が赤くなったのを隠そうと下向いて言った。
「可愛いねーからかってるつもりはないよ?正直な気持ちを君に伝えただけ、そんな顔を赤くするなんてますます可愛い、気に入った、上の階の食堂で二人でジュースでも飲もうか?」
「は、はい。でもわたしまだ終わらせないといけない仕事があるのでしばらくしたら上の階で待ち合わせでもいいですか?」
「おう、大丈夫だよ、俺も俺の仕事終わらせちゃうわ、また後でな」
わたしは縦に頷くと自分の部署に戻り残っていた仕事を間違えないように出来るだけ急いで終わらせることにした。わたしはお店の奥にある事務所に行き扉を開けた、ちょうど社員さんも店長もいなかった、事務所の中にはパソコンが二台あり、それぞれの仕事の内容によって使い分けてある。わたしが触るパソコンは他の社員さんも使う物で誰か他の人が使っていると待つ事になってしまう。わたしはラッキーと心の中で思いパソコンの前の椅子に座りパソコンを起動させた時、事務所の扉が開く音がして後ろを振り返った。そこにいたのは武田くんだった、武田くんは照れくさそうに少し頭を下げてわたしに微笑んでくれた。
「えっ、どうしたの?ってか私服?」
わたしは驚いてしまい、早口で武田くんにいろいろと質問してしまった
。
「えっ、だって今日は歓送迎会でしょ?俺は仕事終わったからもう来着替えたんだよ。君はまだ仕事終わらないんだー?」
武田くんは少しだけ上から目線でわたしに言った
「そうだったけ?忘れてたよー今日私服すごくダサいのにーていうか、仕事が遅いって言いたいのー?もーひどいな、頑張ってるんだよ?少しは褒めてくれてもいいじゃん」
わたしは少しほっぺを膨らませてパソコンに目線を戻した。
「まーでも君はどんな服でも可愛いから大丈夫だよ。そんな事は言ってないよ、少し冗談言っただけだよーそんなに怒らないで?」
武田くんは後ろからわたしの髪をくしゃくしゃして耳元でクスッと笑った
「もーダメだよ、こんなところで。今日は中島さんも出勤してるんだし見られたら困るよ」
わたしは武田くんを手で後ろに押した。
武田くんは両手を上に上げて参ったというように苦笑いしていた。
その時、事務所の扉が開いた。もしかして中島さんかもしれないとわたしは少し身構えてしまった。でもそこいたのは先輩だった。
「おー武田くんじゃん、もう仕事終わったのか、あーそうか今日は歓送迎会だったけ、少しは仕事できるようになったか?」
鹿島さんはとてもフランクに武田くんに話しかけた
武田くんと鹿島さんは部署が違うので交流はないのかと思っていたが、どうやら普通に会話するぐらいには仲がいいみたいだ。
武田くんと鹿島さんが話し始めたのでわたしは二人に背を向けてパソコンの画面とにらめっこする事にした。
背後では武田くんが気を使いながら鹿島さんと話している声が聞こえて来る、具体的な話はわからないけどそこそこ盛り上がっているようだ。
カタカタキーボードを打ったりマウスをカチカチ押したり、事務的な作業をこなしていく。しばらくすると背後の二人の会話が終わったようで武田くんが事務所を出て行った。武田くんがいなくなると鹿島さんが後ろからわたしに話しかけてくる。
「ねぇ、武田くんて中島さんと付き合ってるんだよね、確か?」
「そうですよ、もう一年とかになるんじゃないですか?」
わたしはそっけない態度で鹿島さんに答える。
「そうなんだ、目障りなぐらい中島さんがはしゃいでたもんなー君はどうなの?武田くんとは?」
内心ドキッとしながらも冷静に対応する。
「そうですねーはしゃいでましたね。どうってなんですか?」
「どうってそりゃ武田くんの事が好きなのかどうかって事だよ」
「何言ってるんですか、好きどころかなんとも思ってませんよ?ただの同期ですもん」
「おー君もなかなか言うねーさっきの見てたよ?俺」
「さっきのってなんですか?」
「武田くんと二人で何か話してて髪の毛触って耳元で何か言われてたんじゃない?」
わたしは動揺して、なんとか誤魔化そうと無理やり事務所を出て早足で自分の部署まで戻った。一人になって落ち着くといろいろな考えが頭の中でグルグル回り始めた、やはり無理やりに事務所を出て鹿島さんとの会話を中断させてしまったのはそうとうまずかったのではないか。今すぐにでも謝らなければいけないのだが、さっきの武田くんとのやりとりを見られてしまったのだ。どんな言い訳をすればいいのか、どんな態度で接すればいいのかもう何も考えられなくなって床に座り込んでしまった。
「はぁーどうしよう、どうすればいいのー」
わたしはため息まじりに言った。ボーッと時計を見ると自分が思うよりも時間が経っていた。わたしは慌てて閉店までにしなければいけない作業にとりかかった。気持ちはどんよりと沈んだままだったが、ふと思い出す、そういえば鹿島さんに上の階の食堂でジュースを飲もうと誘われていたことを。
でも、このままでは鹿島さんに会わせる顔がない、だけど約束を破るなんて事してはいけない。わたしはまた考え込んでしまった。
しばらく考え込んでいると、扉が開く音がした。お客様が何か用事で開けたのかと思い慌てて扉の近くまで歩いて行く。お客様への接客は目を見て話す事が基本なので顔を上げてそこに誰がいるのかを確認する。そこにいたのは、中島さんだった。
「ねーまだ仕事してるのー?もうそろそろ歓送迎会の時間だよ?」
中島さんはこちらの動揺なんて気にもしないでいつものトーンで話しかけてきた。
「ごめん、そうだよね。なんだか仕事に集中出来なくて今さっさと終わらせるから上の更衣室で待っててくれる?」
中島さんは不機嫌そうに頷いて扉を開けて出て行った。
わたしはやらなければいけない仕事をなんとか終わらせると覚悟を決めて仕事を手早く終わらせると、鹿島さんのいるであろう場所へ行く事にした。中島さんとの約束も大事だが、ここで鹿島さんとの事を解決させないとこの後の歓送迎会で合わせる顔がない。
わたしはもう何も考えられなくなるほど緊張してしまっていた。扉の上の方に付いているガラス窓から鹿島さんがいるかどうか覗く。中が全てを見渡せるわけではないが、どうやら鹿島さんはいないようだ。少し緊張もほぐれたので中に入って鹿島さんが戻るのを待つ事にした。扉を静かに開けて中に入る、やはり誰もいないようだ。扉を閉めて周りを見渡す、自分の部署とは置いてある物も場所も何もかもが違う、わたしは興味が湧いて近くの棚からファイルを引っ張り出して中を見てみた。今までにみた事もない単語や金額など、書き殴ったような字でびっしりとA4サイズの紙を埋め尽くすように何十枚も書かれている。わたしはその情報量に驚いてしまった、鹿島さんはいつもくだらない話ばかりしているイメージだったけど、仕事に対しては誰よりも真面目に接しているのだと思った。仕事も出来て、いつも鹿島さんの周りには男女関係なく社員さんやパートナーさんがいる。
今は部署こそ同じくくりではあるが、実際の作業では全く違う事をしているのでほとんど接点はなく、その光景を遠くから見ているだけだった。
基本的には同じような作業だが中身が全く違うのだ。たまに手伝う時も勝手がわからず質問してばかりで本当に手伝えているのか不安になる事もしばしば。
そんな事を考えていると、扉が開く音がして慌てて扉の方を見る。扉を開けて入ってきたのはもう私服に着替えた鹿島さんだった、いつもは仕事場の制服しか見た事がないので少し驚いた。
緑のキャップに細かいイラストがプリントとされたポロシャツ、そしてすこしダボっとしたジーンズを履いていた。
わたしは鹿島さんの足元から頭の上までじっくりと見た。
「おっ、君、さっきは俺が悪かった、ごめんな」
「あっ、鹿島さん、あの‥‥わたしこそごめんなさい!」
「いくら同じ職場の上司という立場でも言っていい事と悪い事があるよな、本当にごめんな?」
鹿島先輩はわたしの顔色を伺っているようだ。
「そんな謝らないでください、わたしこそ話の途中で突然いなくなったりしてすいませんでした。急に言われて動揺してしまって‥‥」
「男女間の事に関して軽々しく口にし過ぎたよ」
鹿島さんは申し訳なさそうに目線を下に落とした。
「いや、でももう大丈夫なんでお互いに謝っておしまいにしましょう?」
「ありがとう、君って優しいんだね」
「そんな事はないですよ、鹿島さんの方が優しくて大人で素敵だと思います」
わたしは鹿島さんの目をまっすぐ見つめて話した。
鹿島さんは少し驚いているように見える、それでも構わずにわたしは鹿島さんに話し続ける。
「実は‥‥さっき話してた事の続きなんですけど‥‥友達の恋愛相談にのってるっていう話で‥‥」
「もしかして、武田くんと中島さんなのか?」
「そうなんです、それで少し困った事になってて‥鹿島さんに話すと嫌われちゃうかもしれないんですけど聞いてくれますか?」
鹿島さんはわたしの目をまっすぐに見て深くうなずいてくれた。わたしはホッと心を撫でおろした。やっと悩みを打ち明けられる相手が見つかったからだ。
「そんなに悩んでたんだな、安心したような顔してるね?でも、話を聞くのは明日以降でもいいかな?今日はこれから歓送迎会だろ、さっき上で不機嫌そうな中島さんを見かけたけど、きっと君を待ってるんじゃないのか?」
わたしはあーっと大きい声を出した。鹿島さんは驚いている。
「そうだった、すっかり忘れてしまた!ごめんなさい、わたし行きますね。また後で!」
鹿島さんは、優しく微笑んで頷いた。
わたしは慌ててタイムカードを機械に通し、階段を駆け上がる。
はぁ、はぁと息を切らして二階の食堂の扉を開ける。そこには携帯とにらめっこしている中島さんがいた。中島さんはわたしに気が付くと、携帯を机の上に置きわたしの方に歩いてきた。
「ごめん!遅くなっちゃって、いますぐ着替えてくるから。ごめん!」
わたしはこちらに不機嫌そうな顔で歩いてくる中島さんを避けるように更衣室の中に入った。中島さんはわたしの後について更衣室の中に入ってきた。
「もー遅いよ!何してたの?ずっと待ってたんだよ?」
「ごめんって、先輩に捕まっちゃって延々話されてわたしも困ってたのー!」
「そっか、じゃぁ仕方ないかー先輩の話を聞かないなんて無理だもんね。許そう」
「ありがとー鹿島さんって話長いもんねー疲れちゃうよね」
わたしは中島さんが許してくれてホッと胸を撫でおろした。中島さんは怒ると怖い上にしつこいタイプなので内心ドキドキしていたのだ。
中島さんと話しながらわたしが着てきた私服に着替える。更衣室は左右にロッカーがずらりと並べられており、一人一人専用のロッカーになっている。女性のみで社員もパートナーさんも同じ更衣室だ。ロッカーの間のスペースは人が二人並んで歩けるほどの広さだ、そして奥の壁には鏡がかけてある。全身鏡だ。
わたしは鏡の前で今日の服装を改めて確認する事にした、この後歓送迎会に行くのに変な格好では恥をかいてしまうからだ。
髪型は先ほどまでゴムで束ねていたので髪の毛にくっきり結んでいた後が残っているが、黒髪のロングヘアーを手櫛で出来るだけ綺麗に整える。
上の服は、半袖のTシャツ、ピンク色で黒猫のイラストがプリントされている。少し襟が伸びてしまっているがそこまで変ではないだろう。下はジーンズの短パンだ、太い足がよくわかるほどの短さだ。これでは少し恥ずかしいような気もして仕事着の黒の長ズボンで行こうかとも思ったが、まあそこまで気にする事もないかと思い、短パンのままで行く事にした。足元はヒールのないサンダルで紐のようなものが飾りが付いている。
まったくお洒落ではない服装だ。自分でもダサいと思う。今日が歓送迎会だとわかっていればもっとお洒落な服装で来たのだが、もう諦めるしかない。
鏡に向かってため息をつく。
「どうしたの?ため息なんてついちゃって」
中島さんが心配そうに聞いてくる。
「いやーさすがにこの服装はないなって思って」
「まー別に大丈夫じゃない?」
「中島さんはバッチリ決めてきてるね?」
「そうだよーだって久しぶりに仕事の時間以外で武田くんに会えるんだもん」
「そうなの?デートとかは最近してないの?」
中島さんは目線を下に下げて話し始めた。
「最近なんだか、武田くんがそっけないんだよね。あたし何か怒らせるような事しちゃったのかな‥‥」
「そうなんだ、倦怠期ってやつじゃない?誰にでもそういう時期ってあるみたいだよ?」
「倦怠期かーどうすればいいんだろー?」
「いつもと違うデートしてみるとか相手が喜ぶようなサプライズをするのはどうかな?」
わたしは考え付く限りのアドバイスをしてみた。でも、きっと武田くんはサプライズとかは好きじゃないだろうなと思った。大人しい人だし優しい人だからサプライズなどされても困ってしまうのではないだろうか。武田くんは中島さんとは会わずにわたしとばかり会っていたのだとすると、中島さんにとても申し訳ない気持ちでいっぱいになった。これからの武田くんへの対応を考えなければいけないと改めて思い始めた。だが、今日はもう先輩に話す時間もないので歓送迎会を楽しむ事にした。
「サプライズかーちょっといろいろ考えてみるよーありがとう、アドバイスしてもらってばっかりでごめんね?ねえ、そろそろ恋人の一人でも作ったら?」
「いいよー大丈夫、こんなんでも役に立てれば嬉しいからね。おーい、それは言わないでよー気にしてるのにー」
「そんなに恋愛ついての知識があるの恋人がいないなんておかしいでしょ?」
「知識があっても外見がとてもモテる外見じゃないからね、仕方ないよー」
わたしは笑いながら中島さんに答える。
「外見もそんなに悪くないと思うけどねー?」
中島さんはわたしの頭から足までを舐めるように見た
「ちょっとやめてよーそんな風に見るのー」
「うーん、改めて見てもそこまでひどくはないと思うなー気持ちダイエットすれば完璧じゃない?」
「う、うん。そうだね、お世辞にも痩せてるとは言えないからねーダイエットして恋人つくるわー」
中島さんと話し込んでいると食堂に誰か入ってくる音が聞こえた。
「まだ、更衣室の中に残ってる人いますかー?」
これは、きっと店長の声だ。慌てて荷物を持って更衣室の扉を開けると店長が微笑んで立っていた。話に夢中になっていて時間のことをすっかり忘れていた。遅番の仕事ではなかったので気が付かなかったが、もう店はとっくに閉まっていて従業員専用の扉も鍵をかける時間になっていたのだ。
「おー遅番でもないの、いつまでも更衣室の中で女子トークしてちゃダメだろ?」
店長は優しく諭すようにわたしたちに話しかけてきた。きっと顔には出さないけど怒っているのがなんとなく伝わってくる。
すいませんと頭を下げて店長の隣をすり抜けて階段を急いで降りてお店の外に出た。お店の外に出るのと同時に誰かに話しかけられた。
「おーい、一緒に行こうよ?」
誰だろうと周りをキョロキョロと見渡す。少し離れたところにTくんが立ってこちらに手を振っている。
「あーたけー‼︎待っててくれたの?嬉しーい、一緒に行こう」
中島さんは急に今までのテンションよりも明らかにテンションが高くなって女の子らしい声を出した。たけとは武田くんのあだ名なんだろう。わたしは中島さんがそうやって武田くんのことを呼んでいるのを初めて聞いた。まあ付き合っているのだからあだ名で呼び合うのはおかしなことではない。武田くんは困ったような顔になってこちらを見ている。
「武田くんと先に一緒に行っててよ?わたし荷物を車に乗せてから車で行くからさ?ほら武田くんの車もそこ停まってるみたいだし、乗せてもらいなよ」
わたしはそう言うと、自分の車が停めてある会社の駐車場に行くために中島さんに背を向けて歩き出した。後ろの方で中島さんの甲高い声が聞こえて来る。
わたしはなにも考えないように早足で自分の車へと急いだ。
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