第16話 ストーリーテラーになりたい。

 世の中に溢れている面白いストーリーを、その面白さを損なわずに、あるいは面白さをプラスして自分の目の前にいる人に語って聞かせたいという欲望が蚊取り線香のように渦巻く。俺の心の中を。


 事務所の女の子たちと話をしていたら、遅番でまだ出社していない新人のおばさんの話になった。女の子たちはもう古株。おばさんは新人。ややこしいなあ。



 「悪い人じゃないのよ。」


 ゴングが鳴った。


 このセリフを言えば、もう何を言っても許される。そういうセリフでしょ?これ。


 「そうそう、全ッ然悪い人じゃないのよねえ。」


 どんどん参戦してくるなあ。


 女の子たちの話によれヴァ、おばさんの奇行が事務所の仕事全体に影響を与えているらしい。以下、女の子たちの話。


 「朝、来るでしょ?そしたらまずおにぎり食べるのよ。」


 (おにぎりくらい、べつにいいじゃねーか…)


 「そんで、お菓子食べて、パン食べて、ラーメン作って食べて…もうお昼ご飯までずうっと食べてんの!」


 (え? あのおばさん、毎日昼に食堂でラーメン大盛りとチャーハン食べてるぞ?)


 「すごい食欲なのよ!そんでそこのイスで上向いてクルクル回ってんの!」


 「そんで、もうずーっと、ペン立てにペンを入れたり、差したり、入れたり、差したりしてるの!こうやって!グサグサッ!」


 「そうそう!キャハハ!」


 (入れたり、差したりは入れっぱなしじゃねーか?)



 「よく廊下忙しそうに歩いてるじゃない?」


 (ああ、いつも汗かいて飛び回ってる印象あるなあ。)


 「あれ、ただ歩いてるの。」


 (ショーゲキッ!)



 「もう、仕事になんなくて大変なんだから!」



 こういう話がずっと続いたのだが、この話が面白すぎて、今日は一日幸せだった。

 女の子たちにも、周りにいる君たちは大変かもしれないけれど、これだけ面白い話はそれだけの価値があるのだと言った。君らはこの先何年もしてお酒を飲んだりしては、このおばさんのことを思い出し、一生その話をするだろう?本当に価値があって面白い話は、だいたい本当に辛かったり、死にそうな目にあったときの話なんだよね。


 本当に面白い話は「その時本気で悩む」という条件がもれなくついてくるような気がしちゃったりする。

 


 


 

 



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