第14話 ラーメンの正しい食べ方

 ノーサイドぉ!

 

 俺の注文を確認した可愛い店員の女の子が高らかに宣言した。


 試合終了。

 スローモーションで舞い上がる土埃つちぼこりの中、土にまみれたユニフォーム姿のラガーマンが満足げな微笑みの内に現役最後のゲームを惜しむようにヘッドギアを外していた。

 BGMはもちろんユーミンの名曲『ノーサイド』。

 何をゴールに決めて、何を犠牲にしたの?俺?


 そんな妄想が俺の脳裏をかすめた。状況が呑み込めないままの俺を置き去りにして事態は展開していった。その直後、ラーメン屋の厨房からこだまのように「ノーサイド!」「ノーサイド!」とノーサイドコールが巻き起こったのだ。


 試合終了か?試合終了なのか?明らかに俺発信だよね?俺も一緒に言った方がいいのかな?俺が頼んだのラーメンだよね?麺の硬さも普通で。全部普通で。だって、この店初めて来るから。初めてのお店では奇をてらったメニューは避けたいもの。豚骨ラーメンの店で、初めて注文したのが魚介醤油ラーメンで、もしも、それがおいしかったら、その後のラーメン屋と自分の関係がギクシャクしちゃうもんね。


 軽い眩暈めまいの中で、店員の女の子とのやりとりがフラッシュバックした。


 「麺の硬さ・味の濃さ・油の量、お好みはありますか?」 


 「普通で、全部普通で。」

 

 「本日煮卵50円でトッピングできますが、いかがなさいますか?」


 「あ、いりません。」


 「ラーメン並で?」


 「はい、お願いします。」


 「はい、4番さんノーサイドぉぉ!」 


 ―ここで試合終了。




 あ、そういうこと? マジで?


 っていうか、ラーメン屋に来て、ラーメンだけを頼んだ奴に試合終了を宣言しないで欲しい。トッピングや餃子や、小丼こどんぶりを注文する奴を基準に合言葉を作らないでよね。びっくりしちゃったもん。俺。それとも何? ひょっとして、この店ってサイドメニューを注文しない奴は白い目で見られる系?窓際の席で向かい合って座ってる頭の悪そうなカップルも、カウンターに1人で座る俺の背中を目で示しながら、「あいつ、ノーサイドだってよ、ヒソヒソ。」「マジでぇ?勇気あるう、キャハハ。」とか言ってんのか?おい?陽気だな!


 「ねえ、ママ。ノーサイドってなあに?」


 「しーっ!知らなくていいの。いい子には関係ないんだから。」


 「でも、あの人ノーサイドだって…。」


 「静かにしてないと、伝染うつっちゃうわよ!」


 向こうの席の家族連れはそんな話をしているのかもしれない。


 あれこれ考えているうちに不思議と幸せな気持ちになってきちゃった俺の目の前にラーメンが運ばれてきた。ラーメンは普通だったが、お腹はいっぱいになったのでそれはそれでやはり幸せなことに違いなかった。


 


 

 

 

 

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