第10話 物質と精神の同化のプロセス 

 仕事からの帰り道の交差点で信号待ちをしていた。


 コンビニの隣にお弁当屋さんがある。俺の視力は両目とも2.5なので店内のコルクボードに貼ってある注意書きのようなものに目が留まった。そこにはB5判の白い紙に一言、「お金がもらえます。」と大きく書いてあった。


 怪しい。


 どのくらい怪しいかというと、時々俺のスマホに届く「5億円振り込みました」という意味不明なメールくらい怪しい。その紙と隣り合わせにもう一枚紙が貼ってあり、細かい字が書いてあった。車から20メートルほど離れた店内の掲示板に書かれた小さな文字は、視力3.0のさすがの俺でもはっきりとは読めなかった。しかし、かろうじて読むことができたある言葉に、俺は愕然とした。


「パート募集」


 …


 いやいや、


 いやいやいやいやいやいや、


 え?


 …いやいやいや。


 信号が青に変わり、後方に遠ざかっていく弁当屋。俺の頭にブルース・スプリングスティーンの『ストリーツ・オブ・フィラデルフィア』が流れた。


 俺はやり場のない「いやいや」を繰り返した。


 仕事をしてお金をもらえるのは当たり前だよね?あれ?俺が変?仕事をするのはお金のためだけじゃないとかそういうこと?なんか俺、人として恥ずかしいこと思ってる?っていうか、お金がもらえないパートとかある感じですか?え?なんで?なんでお金もらえるってわざわざ言った?


 気が動転した俺は、気持ちを落ち着かせるためにパチンコ屋に寄って、あらゆるオカルトを駆使して1000円でジャグラーの初当たりを引き、その後30分でジャグ連3~4回して1000枚くらい流して増えたお金でセブンのチューハイ用のレモンサワーの割り材と、チーかまとソフトくんさきとこだわりの柿の種を買ってから家に帰り、アマゾンプライムでクリミナルマインドのシーズン6の最終話を見ようと思ったが、何も引けず終わったのですっかり予定が狂ってしまった。


 予定は狂ってしまったが、パチスロを打ったことによって、気持ちが落ち着いたのでそれは予定通りだった。ああ、よかった、よかった。






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