第3話 犬の屈辱と猫の冷徹

 仕事場に向かう途中、住宅街を通る。道ばたに祠があり、お地蔵様が並んでいる場所があるのだが、だいたい毎朝そこを通る時間に柴犬を連れた年配の女性に出会う。今朝その犬がウンコしていた。くるりと巻き上がった尻尾の下から物体が出てくるまさにその瞬間、その女性は肩にかけたポシェットから素早くトイレットペーパーを取り出してクルクルっと手に巻き、その手を今、まさに地面に落ちようとしている物体の下に滑り込ませた。


「…ババア、なにすんねん。」


 柴犬が女性に向かって言った。


「ウンコ空中で取んなや。途中でつっかかったから、うわ、地面近ッ、って思たわ。ほんま、なにすんねん。」


 車の中から見ていた俺も驚いたが、犬のショックは俺の想像を超えるくらい大きかったのだと思う。スーパーのレジ袋に入れられた自分の分身を悲しそうな目で追ったあと、分身が着地するはずだったそのポイントに自分の臭いを探しながら、やり場のない怒りとあきらめの混じった声で地面を見つめてぽつりと言った。


「…ウンコ空中で取んなや。」


 女性は犬の言葉を解しないらしく、リードを引き、先を急いだ。


 犬よ。お前の無念を晴らすことができない俺を許してくれ。俺はお前の気持ちがよくわかる。本当なら車を止めて、お前の飼い主にお前の気持ちを伝えてやりたい。お前の代わりに伝えてやりたい。代弁したい。大便だけに…。


 









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