第2話 趣味は石拾い。血液型はB型。
横浜に住んでもう100年ぐらい経つ。まあ、嘘だ。嘘だとわかる嘘はウソではない。どちらかと言うとホラだな。ムーミン谷にはハーモニカを吹くスナフキンって奴がいるが、山形の羽黒山では法螺貝を吹く山伏のことをホラフキンと呼ぶ。
ああ、だめだ、だめだ。くだらな過ぎる。
ほら、よく一人旅に出るじゃない?
そうするとあんまり目的もなく出かけたもんだから、どこに行ったらいいかわかんなくて、とりあえず地図を見て端っこの方を目的地にすることってあるじゃない?そうすると結局そこは海だったりするんだよね。んで、海にやってきたのはいいんだけど、なんにもすることが無いでしょ?だって、もともとなんで海に来たのかもわからないんだから。だけど、せっかく来たのにタバコを一本吸って、5分や10分で帰るのもなんだか空しい。
青い空、深緑の海、白い波。
景色はいいけど、いい景色っていってもそんなにずっと見ていられるわけじゃない。「もうあたし、海が大好き。波とか見ているとあっという間に時間が過ぎちゃうの。」って女子が目の前にいたら、俺はきっとこう言うだろう。
老人か!
おまえは老人と海なのか!
…あれ? 何の話だっけ? ああ、そうそう、一人で海辺に立って、何もすることがないというよくあるシチュエーションでのおすすめは「石拾い」なのである。藪から棒でしょ?
「石拾い」は広く趣味として認知されているわけではないが、これを機会に知らない人には知っておいてほしい。こんな文章を読むようなアーネスト・ヘミングウェイ人なら特に。ルールは簡単。石ころの多い海岸に立ったら自分にこう言う。
「これから、石拾いを始めます。」
そうして自分の足元からよさげな石ころを拾う。手にしてよいのは1個だけ。もっといい石ころを探す。より良い石を見つけたら、手にしていた石に別れをいい、より良い方の石ころを手にする。これを気が済むまで繰り返す。
そうすると、自分が歩いた範囲のなかで最高の石ころを手にすることができる。海岸一カ所から持って帰ってよい石は1個なので、思いのほか悩んだりする。石で悩むこの状態を「ナヤンデルタール状態」と海岸小石取捨選択学会では言う。これはもちろん石器時代のネアンデルタール人にちなんだものだ。
以前、石拾いの素人である同僚から石拾いのプロである僕に、ある質問がなされた。「いい石とより良い石、石の優劣は何が基準なんですか?」おお、いい質問だ。さすがド素人。(僕がこういうことを言うと素人をバカにしていると思われがちだが、僕は皮肉とか言えないので、純粋に素人を尊重している気持ちの表れなのである。)その答えは質問に質問で答えることで示そうと思う。
「もし俺がこっちの石がそっちよりいいよと言えば、君が今とても気に入っているその手の中の石を手放すのか?そして他人のものさしで決められた石ころを自分の部屋に持って帰りずっと眺めるのか?その時の君の気持ちはいったいどんな風だと思う?」
どんなものにも希少性による価値というものはあるので、値段をつければ高い石と安い石があるかもしれない。でもね。ことは所有することを念頭に置いた価値づけだ。転売とか考えちゃだめ。ずっと自分のものになるってことをよーく考えてみよう。その石がずっと君のモノになるならば、その石を選ぶ基準は君なのだ。その鐘を鳴らすのはあなたなのだ。ああ、そうなのだ。
他人の見解に便乗して賢者になるくらいなら、むしろ自力だけに頼る愚者であるほうがましだ。と、ニーチェおじさんも言っているじゃないか。なあグシャよ。
「石拾い」はある意味自分の価値観を鍛える趣味だ。体育館いっぱいに並べられたミニカーから、自分の好きな1台を選ぶのに似ている。それってワクワクするよね。そしてどんなに好きなミニカーを選んで持って帰っても、眠れなくなった夜に、選ばなかったあのミニカーを想ったりすることはあるのさ。それはたぶんいいことなんだろうと思う。
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