第4話 欲深い人
「とにかく俺は、後藤の味方だから」
「なんでだよ」
「あいつのほうが真剣だから」
「真剣だったらなんでも許されるのか」
かわいらしい紺の軽自動車。石原が運転するその車の助手席に座って、ずっと口喧嘩をしている。この席は俺にはちょっと窮屈なんだよな、と思いながら。
「なんでもってわけじゃないけど、後藤の真剣さは応援できる気がしてきた」
「同期歴六年の俺を捨てて後藤の味方か」
「この件に関しては」
俺は結局、争いの場へ連れていかれようとしていた。
「俺を巻き込むと事態が余計にややこしくなるって事は宣言しておくぞ」
後藤は俺が石原を好きだと思っているし、このタイミングで俺が現れたら『やっぱり情報筒抜けだ』と言って暴れだすか泣き出すかするんじゃないだろうかと思う。
しかし、そんな心配を余所に石原は言い腐った。
「ややこしくなればなるほど良いんだよ。なんかいろいろ有耶無耶になるから」
「それが狙いか」
「大波が来たら小波なんて掻き消される。お前は俺の希望の星、大波だ」
そうだろうか。
確かに俺が登場すれば後藤の気持ちは多少荒れたり揺れたりするだろう。しかし、おそらくそんなことは彼の中の大波、『石原が好きだ』という気持ちに何の影響も与えないのではないだろうか。
「あいつの本気を舐めるな。逃げてばかりいないで向き合え。断るなら断るで、それで済む話だろう」
「断っても駄目だから逃げようとしてるんだ」
「それはお前の断り方に真剣さが足りないんだよ」
「断り方の真剣さとか、よく分からん」
性格がきついくせに八方美人なところを止めればいいだけだと思うが、おそらくこいつに言っても伝わらないだろう。
他にも、伝えようとしてうまく伝わらなかったことが、この六年間で何回もあった。しかしそれでこその石原だという気がして、意見を押し付けるようなことはしないようにしてきた。
俺は俺なりにこいつのことを評価しているのだ。
それとは別に、悪癖の代償はいつか自分自身に返ってくる。それは、自分自身で受け止めてもらいたい。
「女子としか付き合う気が無いって言えばいい」
「そうかも知れないけどさ、俺は誰とも付き合うつもり無いんだよ」
…それは知っている。
「じゃあお前とは絶対無理って言えば」
「仕事に差し障り出たら嫌だ」
要は、曖昧にしておいて、後藤を適当に手駒にしたい訳だ。
…欲深い。
「はっきりさせないと期待するだろ」
「期待されてもな」
「はっきりさせないうえに誰とも付き合わないってことは、『お前の恋人』って席にずっと空きがあって、自分も座れるかもと思わせる」
「そんなの後藤の勝手じゃん」
「勝手で済ますつもりなら、俺はもう何も言わん」
「…佐々木のばーか」
どうして俺が馬鹿呼ばわりされねばならんのだ。
石原は常にこういった思考回路で周りをいいように操っている。これまでは相手が大人だから許されてきたが、自分がそれ相応に年を重ねていること、後藤が純な若者であることを計算に入れていない。
まあ、もともと計算などしていないからこそ、こんな事態になってしまっているわけだが。
「俺、嘘を言う気はないからな」
「お前なんか後藤に食われてしまえ」
「うるせぇ」
「…ってもう食われたのか」
「黙れ」
石原が左拳を全力で振り下ろしてきた。膝の弱いところに、刺ささるようなダメージを喰らう。滅茶苦茶痛いが、悔しいから声を押し殺した。
運転していると思って油断した。
石原は、自分の部屋のチャイムを押すのを嫌がった。
「自分ちなんだから勝手に入る」
「じゃあ俺が押す」
「ヤメロ」
ドアの前でしばらくもみ合った後、身長差が幸いして俺の指がチャイムに届いた。
ピンポーン。
鳴らして、何故だか俺も緊張していたが、リアクションは何も無かった。
ピンポーン。
今度は、石原がチャイムを押した。
「…?」
二人で顔を見合わせる。石原が鍵を開けた。
「…帰ったのか?」
玄関へ。違和感。いつも廊下にまで物を置いているのに、今日はやけにスッキリしている。
「…後藤」
かなり小さな声で、石原がその名前を呼んだ。返事が無いので、また二人で入っていく。
「うわッ」
石原が小さく叫んだ。
「どうした?」
立ち止まった石原の、後ろから部屋を覗いた俺は、あまりのことに言葉を失った。
いつもゴミ溜めみたいになっている汚部屋が、モデルルームのように美しくなっていた。
「なんだ、こりゃ」
「後藤が片づけてったのか」
「まじか…」
「ゴミ、どこにやったんだろう」
勝手知ったる部屋の中をキョロキョロ探しまわる。洗面所にゴミ袋がいくつか積まれていた。
「おい、お前後藤を嫁にしろ」
そう言ってやったが返事は無く、キッチンの石原のところへ行くと、何かメモを呼んでいるところだった。
「手紙?」
「…そうらしい」
見せろ、と言いたかったが、なんとなく躊躇われた。後藤から石原への手紙だ。俺が勝手に見て良いものではない気が…。
「はい」
石原が、メモを俺に寄越した。
読んでもいいのか…。
まあ、いいか。
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