第3話 悪い癖のある人
同じ部署でも、俺は主にWEBマーケティングの担当でデスクに張り付いていることが多く、実際に職場から出てする仕事が少ない。片や、『例の二人』は展示会やセミナーの担当なので、よく外に出る。
今日も後藤は石原に連れて行かれた。
「直帰予定です。行ってきます。よろしくです」
石原の、今にもサボりに行ってしまいそうな気の抜けた声が聞こえて、顔をあげると何故だか後藤と目が合った。
一緒に出掛けるので嬉しそうにしていた表情が一気に曇った。
おいおい、俺は何にもしてないだろ。お前のみぞおちを殴って数日間苦しめたのは横にいる石原だぞ。
話をまとめるに、まず石原が酔っぱらって、後藤がマンションまで送り届け、どうやらおそらく酔った石原が後藤を誘惑し、しかも多分それが三回ほどあって、三回目で後藤の理性が制御不能になったところで何か事件が発生し、酔いの覚めた石原が後藤のボディを殴って終了させた…ということだろう。
後藤は、自分が入社数か月で石原の誘惑に負けて惚れてしまったので、『酔った石原送迎係』を六年勤めた俺も同類だと考え、敵対心を抱いていた。しかしその疑惑は俺が否定したあとも解けていないようだ。今日のような、勝手にライバル視される状況が度々発生する。
俺は後藤の邪魔をする気は、今は無い。
あんな真剣な気持ちなら、邪魔をする必要は無い。
ライバルだと思っている俺に、あんなにハッキリと宣言するのだから、かなり本気なのだろう。
…好きなんです。好きになってしまって…
青春だな。
単にあの石原の性差を超えた白ムチ肌にエロスを感じているだけだとしたら、俺の役目は後藤を健全な道へ連れていき、なおかつ石原が問題を起こさないように立ち回ることだった。
同期入社して仲が良くなり、酔った石原の例の癖を知ってから、こいつはこれまで大丈夫だったのかとか、いつか何か起こしてしまうのではないかと心配した時期もあった。
しかし、俺がいない日にも特に何も起きていないところ見ると、おそらく『酔って誘う』は一定の条件で、決まった人間にしか発動されないのだろう。ある意味、後藤は石原のお眼鏡に適ったと言える。まあ『何かあってもこいつには勝てる』などと、かなりナメられている可能性が高いが。
石原は滅茶苦茶な人間だが、自分なりの考えがあってやっているから仕事の成績も悪くないし、人として魅力があると思う。
後藤は仕事を教えてもらっている中で何か魅かれるところがあったのかも知れない。ああいう真面目そうな奴ほど石原のようなちゃらんぽらんに憧れるものだ。
全くの他人ごとなのに、いろいろと考えてしまうのは、若干巻き込まれているせいなのか、後藤の真剣さに気持ちが揺さぶられたからか。
後藤の告白を聞いたときは割と冷静に対応していたのだが、数日経過後にあの時の会話がじわじわと響いてきた。
好きなんです、か…。
真っ直ぐであることが、羨ましくもあり怖くもある。
翌日は休みで、俺は自分の部屋でスウェット姿のままゴロゴロしていた。
時計を見ると九時。
腹減った…かな。
マンションの一階部分にコンビニがある。着替えもせずに出かけようとしたとき、インターホンが鳴った。
「…?」
知り合いがここを訪ねてくることはまず無いし、勧誘なら午後からが多い。なんだろう。不審に思いながらモニターを覗いたら、石原がいた。
玄関ドアを開ける。
「なんだお前、まだ朝だぞ」
「すまん佐々木とりあえず入れてくれ」
「いいけど…」
石原が、酷く焦っているのを見てこちらまで落ち着かない気分になりながら、部屋に通す。
「どうした」
「後藤に告られた」
あ、そう。
「良かったね」
「良くない、さっきだ、さっき言われたんだ」
石原の目がマジだ。
「朝から後藤が家に来たのか…いや」
違うな。
「石原、お前…泊めたのか」
それ、もしかしてまずいやつじゃないのか。じっと石原を見つめると、奴はゆっくりと頷いた。
「起きたら、居た」
「服は?」
「……」
あちゃ~。
「それで、朝から告られたのか」
無言で頷く石原の脇の甘さになんだか俺はどうしようもなく苛立ち、大きなため息をついた。
「仕事のあと二人で飲んだな」
「いや、今度のセミナーの先生とそこのスタッフと」
そんなのどうでもいいことだ。
「もう、お前責任とって後藤と付き合え」
「絶対イヤ」
「絶対イヤなんだったらなんで泊めるんだ」
「知らねぇよ」
「自分のことだろう!」
思わず、大きな声が出た。しかし石原はビビるでもなく親指の爪を噛んでいる。
「だいたい、そんなことを俺に報告しに来るな。帰れ」
「だって、まだうちにいるから帰れない」
…後藤を置いて来たんだな。自分の部屋に。
「帰れ。二人で話し合え」
「佐々木も来てくれ」
「なんで俺が」
「二人は無理」
「俺も無理だ」
たった今状況を聞いたところで、その部屋に入りたくない。ベッドがメイキングされるまでは絶対に行きたくない。
「石原、お前は甘えが過ぎる。自分でしたことの始末くらい自分でしろ」
「うわあああ、もう、確かに朝起きたら服着てなかったけど、記憶もなければ身に覚えもないんだって!自分で何してたんだか」
「その自分で何をしてたか分からないって部分に、もっと責任を感じろ」
両肩に手を置いて強めに言ったら、石原はガックリとうなだれた。
「だよなぁ…」
「あと、とにかく俺を巻き込むのをやめろ」
「なんかお前がいるとうまく収まる気がしちゃうんだよ」
「それただの迷惑」
プラス、報告が半端なのもすごく迷惑。どうせ報告するならもっと状況を把握して来てくれ。対処のしようがない。
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