第2話 すぐ手が出る人
いや、まさか。あの大人しそうな後藤がそんなことを。
思わず石原を観察する。どこまで何をされたんだ。
じろじろ見る視線に気付いて、石原が俺にボディーブローをキメてきた。
「うッ」
「なんもさせてねぇわ」
それはそれは。
「良かったな」
やはり、腕っぷしで後藤が石原に勝てるはずがない。石原は酔うと一層ブレーキのかからない男だ。
「…けどまあ、だから…次、俺が酔ったら、お前が連れて帰ってくれ」
お、頼みごとをする言い方に変わった。許す。
「…了解」
で、何があったんだ?
後で出勤してきた後藤も、見たところ変わった様子は無い。
石原から聞くのは多分無理だ。後藤から聞くしかあるまい。
「なあ、後藤」
昼休み、後藤に声をかけたら奴はビクッとして俺を見上げた。
「…佐々木さん…」
「昼飯、行くか」
後藤は、すごく嫌そうな顔をしてから、「はい」と言った。
頼んだメニューが来るのを待っている間、後藤は水ばかり飲んでいる。まわりくどいのは嫌いなので単刀直入に聞くことにした。
「お前、石原に何した」
「え!」
「手を出したんだろう。よく無事だったな」
そう言ったら、後藤はみぞおちのあたりを押さえた。
「めちゃくちゃ喧嘩慣れしてますね、あの人」
見えないところをやられたか。
「普段の動きみりゃ分かるだろう。お前がどうのこうのできる相手じゃない」
「いや、どうのこうのなんてことは」
「襲われたと言っていたぞ」
「……」
後藤は黙った。黙って、俺を恨めしそうに見上げた。
「なんでも筒抜けですね」
「俺は悪くない。あいつが勝手に報告してくるんだ。その証拠にあいつは俺のことはなんにも知らない」
言い切ったら、後藤は大きなため息をついた。
「石原さん、酔ったら誘ってくるでしょう」
…やっぱりか。
「俺ね、最初はビックリしたんですけど、でもこう…なんか抵抗できないっていうか」
「相手石原だぞ。男だぞ。抵抗しろ。っていうか誘われる前に帰れ」
俺は適当にあしらって放置して帰ってきている。後藤も目を覚ましてもらいたいと思ったが、病は深かった。
「好きなんです。好きになってしまって、次も誘われたら絶対に抵抗できません」
真っ直ぐな目で俺を見る。
「おいおい…」
「佐々木さんにも、石原さんを渡したくありません」
「いらない」
反射的に答えたら、後藤は悔しそうに唇を噛んだ。
「…佐々木さんは、石原さんのこと何とも思わないんですか」
「何ともってなんだよ」
「俺、佐々木さんは石原さんのことが好きなんだろうと思ってました。違いますか」
何を言いだすんだ、こいつは。
「あいつはただの同期だよ」
「じゃあ俺、佐々木さんに遠慮しなくていいんですね」
「ボコられた癖に何言ってんの」
「昨日は確かに俺が悪かったと思います。石原さんは酔っていたわけですし、そういう時に理性を失って、本当に駄目人間だったと思う。だから、俺、石原さんが酔ってないときにちゃんと言います」
駄目人間は石原の方だぜ。後藤はかなりちゃんとしている。えらいね。
「…まあ、お前の恋愛は止めないけど」
頼んだチキンカツのセットが二つ、目の前に並んだ。
「けどさ、今朝石原に『酔ったら家まで送れ』って言われたから、それはしばらく俺がやる。お前は信頼を失った」
「…はい、仕方ありません」
少ししょげている後藤。
「で、マジで何した?」
「…言いません」
かわいそうな奴。
「殴られたところ、痛むか?」
「…はい」
可愛い奴。
「佐々木、こないだの会議の資料持ってる?」
午後、石原がすり寄ってきた。
「え?こないだって、何の会議?」
「しょうもないヤツ。商品宣伝の」
「しょうもないって言うな。お前の資料はどうした」
「捨てた」
……。
「俺が捨てたってさ、誰かが持ってるだろ。っていうかあんなの全員に配るとか紙の無駄」
間違ったことは言っていないが。
「じゃあ俺の貸すから、後で返せよ」
「はーい」
自分のデスクの引き出しから、しょうもない資料を取り出す。顔をあげたら、少し離れた席の後藤と目が合った。
ああ、いつものやつ。
なんかあの悲しそうな感じ。
お前の片想いを、勝手に三角関係にして俺を巻き込むのをやめろ。
今度あいつとメシに行ったら、そう言おうと思った。
資料を渡したら、石原に誘われた。
「佐々木、今日晩空いてる?」
「何?」
「バッティングセンター行きたい」
「一人で行け。それか後藤と行け。酒は飲むな」
「えええ、無理。飲みたい」
「一人で飲め」
それか後藤に食われてしまえ。
「なあ、いいだろ。身体鈍ってんだよ」
「お前の身体が鈍ってようが俺関係ないし、そもそも俺は間に合っている」
そう言い切ったら、石原が『チェッ』と言いながら俺の胸筋あたりを触ってきた。
「ああ、筋肉あるね、確かに」
「確かに、じゃない。気安く触るな」
ああ、後藤の視線が痛い。っていうかなんで俺が後藤の悲しい視線を気にせねばならんのだ。お前ら二人でイチャイチャしておけ。とにかく俺を巻き込むな。
「佐々木さぁ、まだジム行ってんの」
「たまに」
「週一くらい?」
「まあ、それくらい」
一緒に入らされて、こいつだけ来なくなった。
「お前もまた来れば良いだろう」
「もう退会したし。義務になると続かねぇ」
「マジテキトーだな」
「ほっとけ」
俺は石原を睨んだ。
「あのさ、本気で後藤と遊びに行けよ。お似合いだから」
「似合ってねぇし。それ系の冗談、今日はキツイわ」
「ごめんごめん」
ま、昨日の今日なら精神的に不安定かも知れないな。そう考えた俺は再度質問を投げた。
「で、何された?」
みぞおちに拳がめり込んだ。
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