-初めての景色-



少年と知り合ったのは少女がまだ小学校に入ってすぐのこと



その日は始業式、式が終わってから自宅へ1度帰った少女は私服に着替え母と近場の公園へ遊びに出かけた



『ママーっ』



少し先を走り振り返って後ろを歩く母に手を振る幼い少女



そんな幼い少女に手を振り返す母を見るとまた前を見つめ走り出した



『あまり遠くへ行っちゃだめよー!』



後から聞こえた母の声に『はーい!』と元気に返事をすれば一足先に少女は公園の中へ足を踏み入れる



『わぁぁ…!』



子供とは実に無邪気なもので桜の咲く木を見つければその根元まで近寄る



顔を上げて上を見渡せばまだ生まれて6年とちょっとではあるが初めての絶景をその目に映す



ピンク色の桜、その花びらと花びらの間からは水色の空が所々顔を出している



あまりの美しさに対してだったのかは小さかった少女には分からないがゆっくりと息を飲み込んだ



『キレイ…』



ポツン…と出た言葉、少女はしばらくその景色から目を離せずにいた



…ふと、足に何かが当たる感覚



ハッ、と我に返った幼い少女は視線を下へ向ける



そこにあったのは柔らかい素材のボール



そのボールを手に取れば誰の落とし物かと辺りを見渡す



『あっ、そのボール!』



後ろから声をかけられ振り返ればそこには1人の少年が立っていた



少し癖のついた髪、怪我をしたのか頬に雑に貼られた絆創膏に綺麗な二重の少年



『それ、おれのボール』



ぶっきらぼうに言われ少し怖くなってしまった幼い少女はボールを少年に差し出す



『…』



ボールを受け取った少年はムッと少女を睨んだ



睨まれた少女は怖くなってしまいキョロキョロと母の姿を探しだす



『こらっ、拾ってくれてありがとうだろ』



ムスッとしていた少年の後ろにいつの間にか立っていた少し大きなお兄さんがポカッと少年の頭を殴る



『っ…いってぇ…!』



殴られた少年は暫し俯いたままでいたがガバッと顔を上げた



『あ、ありがとう…』



いきなりの事に驚く暇を与えられなかった幼い少女はポカンと呆気に取られる



よく見れば少年の顔が真っ赤に染まっていた



『…まっか…』



ボソッと呟いたつもりが少年に聞こえていたらしくギラッとまた睨まれる



『こいつ恥ずかしがり屋なの、許してやってな?』



私の頭をポン、と撫でるお兄さんがとても面白そうで釣られた少女もフフッと笑い出す



『なにわらってんだよ!』



2人でケラケラ笑い出したからかさっきよりも顔の赤い少年



『君一人?良かったら一緒に遊ぼう?』



少女と同じ目線にしゃがんだお兄さんは優しい口調で少女に聞く



『うん、遊ぶっ!』



少女は笑顔で答えると3人はボールで遊んだ



-------



「…」



窓から漏れる心地のいい風に煽られ私は目を覚ました



身体を起こせばまだ授業が続いていたようで、年配の先生の掠れた声が教室に響く



私はチラリと先生を見ればノートに目線を落とし頬杖を付いてそのノートにシャーペンを走らせる



少し癖のついた髪、二重のまぶたに頬の絆創膏



スラスラと慣れた手つきでシャーペンを走らせれば幼い少年の顔がノートに写る



『りくー!』



小さい頃よく呼んだ名前



「…陸」



私の小さな呟きは授業終了のチャイムと共に消えていった



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