第4話
若駒Sが終了した翌日の夜。
別府は同期の
「あー、ノーザンソニックの無敗街道が......終わった。もうダメだ」
「昨日からずーっとそれやな」
別府は唐津の言葉を無視して軟骨を頬張りビールで流し込む。
「まだクラシック逃したワケやないんやから」
「いーやムリだね。皐月賞は勢いでとられちまう」
「弥生賞すら終わってへんのに気のお早いこって」
別府は酒によって顔が赤い。
唐津はアジフライをつついた。
「皐月賞とられちまったらなぁ......あぁ」
別府はテーブルに突っ伏した。
「勝てる気がしねぇ......」
「甘ちゃん東見に?」
「ユメノプリンセスに決まってんだろ!舐めんなッ」
別府ぼ口は止まらない。
「今年はノーザンソニックの年......少なくとも皐月賞とダービーで二冠狙ってたんだ。そしたらあの牝馬よ」
「まぁ、あの追い込みは化物やなぁ」
「そーなんだよ。なんだよあの脚、血統は微妙なのになぁ」
「時々おるやろそういう馬。あ、嬢ちゃん。ビール中二つと焼き鳥のおまかせ二つね」
こりゃ長くなるぞと唐津は覚悟した。
「知ってかぁ?俺が調教したときは全くもって言うこと聞かなかったんだぞ、ユメノプリンセス。なのに東見が乗ったら黙って言うこと聞くんだよ。岩垣さんはその時期は海外遠征行ってたから知らねぇけどな」
「調教師としてダメやろそれ......」
唐津は元ジョッキーの先輩の顔を思い浮かべる。
「そーいやユメノプリンセスに東見を推薦したのコイツやったな......」
唐津は別府に可哀想な人を見る目を向けた。
途中で、ビールと食べ物がテーブルに置かれる。別府は身を起こし、ジョッキを掴んでビールを一気に喉に流し込んだ。
「いいかぁ、ユメノプリンセスが心を開いてるのは馬主家族と厩舎の面子と東見だけ」
「いつもより荒れとるなぁお前......。そーいやパドックでは大人しいよな」
「触られなかったらあとはどーでも良いみたいだな。それのお陰で今日の新聞で『強かな大和撫子』だとよ。中身はワガママお嬢様なのになあッ」
別府は再び突っ伏した。そしてぼやく。
「はぁ......。強ェ馬だよ本当」
「そうやな」
「皐月賞はムリだ、どうやっても獲るだろ。だが───」
「───日本ダービーはやらん。俺と、ノーザンソニックのモンだ」
───
火曜日の朝、朝食をとっている東見の周りに記者が大量にやって来た。
「東見さん、おはようございます」
「
記者のなかで最初に話しかけたのは佐田という男だった。
その後、他の記者とも挨拶を済ませ、朝食中の取材が始まる。
「若駒S、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「ノーザンソニックに二馬身差の勝利でしたが、どうでした?」
「ユメノプリンセスの地力のお陰です」
「牝馬での参戦でしたが、走ってみてどうでしたか?」
「ノーザンソニックだけが課題でした。それで今回は叩き合いで勝ったので大きな勝利かと。牝馬だからどうだったとかはないですね」
東見が朝食を終えても取材は少し続いた。
「はぇー。記者が思ったより多いですねぇ」
「牝馬だから尚更だろ」
東見を遠目から戸山と別府が見ていた。
「ノーザンソニックはどうだったんですか?」
「コンディションは悪くなかったな。勝負根性で負けた」
「そういや東見はクラシック行くとか言ってたんですけどあれマジなんですかねぇ」
「多分行くだろ。次は弥生賞だから確実だろうな」
「牝馬のクラシック......イケると思います?三冠」
「皐月賞ならいけるだろ。ダービーは何が起こるか判らんし菊花賞に至っては距離が届くのかどうか。ま、そうやすやすとクラシックをやるつもりねェけどな」
「ひゅー、かっこいー」
持ち上げてくる調子の良い後輩を見て別府は思う。
(コイツも運がねぇよなぁ、GⅠ獲れる実力あんのに出会いが無さすぎる)
「......?どうしたんすか」
「いーや何でも。さ、残りの調教行くぞ」
厩舎に向かいながら別府はボンヤリ考える。
(戸山がGⅠ級の馬と出会えるのは何時になることやら。営業ヘタクソの東見でも出会えたんだからそろそろいてもおかしくなんだけどなぁ。)
厩舎のスタッフの挨拶を交わしながら道を歩いていく。
(牝馬のクラシック三冠馬か......そりゃ東見とユメノプリンセス次第だな)
───
『ユメノプリンセス、弥生賞を勝利!皐月賞へ!』
現在、最注目の3歳牝馬『ユメノプリンセス』。
先日のトライアルである弥生賞を二着に四馬身差で勝利。
唯一の牝馬としての皐月賞への出走が予想される。
騎手である東見はGⅠ未勝利のルーキーだが、勝率は高くGⅠを勝利する技量は十分ある。
対抗馬はノーザンソニック。
アルファセロンと共に三冠を達成した別府が、その息子と共にクラシックを狙っている───
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