第3話

 トライアル競争への登竜門の一つである若駒S。

 舞台は京都競馬場の芝2000m。

 今年の若駒S、牝馬はユメノプリンセスのみである。



 ユメノプリンセスの馬主である柳川は、秘書である宇佐美うさみとパドックを眺めていた。

「どうなんだろ、ユメノプリンセスは」

 柳川は秘書である宇佐美に話しかける。

「毛のツヤはいいですね。調子はいいんじゃないかと」

「ちょっと曖昧だねぇ」

「競馬は社長の道楽でしたから、私はあの馬をあまり知りません」

 ユメノプリンセスは頭を下げながらゆったりと歩いてゆく。

「でもなんか調子悪そうだよね。ずっと下向いて」

「......私はいつも通りだと思いますが」

「そういわれてみればそうかも」

 柳川はスマホを見て、オッズを確認する。

 ユメノプリンセスは三番人気。一番人気の馬は飛びぬけてオッズが低かった。

「この......ノーザンソニック?すごい人気だね」

「三冠馬の産駒で、前走の新馬戦で先行逃げ切りで七馬身差ですから。鞍上は別府騎手ですし」

「す、すごいね。期待大だね」

「ですね」

 柳川は視線をパドックから宇佐美に切り替えた。

「宇佐美」

「はい。何で御座いましょうか、お嬢様」

 宇佐美も柳川のほうを向く。

「三冠馬って、なに?」

「............」



(ゆったりだなぁほんと)

 返し馬を行いながらぼんやりと東見は先ほどのパドックの動きを思い返す。

 ユメノプリンセスはパドックでもゆったりと歩いており、調子が悪いのか余裕なのかイマイチよくわからない状態だった。

 返し馬を終えゲート付近で輪乗りを行う。

 続々と馬がゲートに入っていった瞬間、東見はノーザンソニックと別府が目に入った。

(アルファセロン......)

 東見の目に、かつて多くの人間を熱狂させた三冠馬が、ノーザンソニックの馬体の上に重なるように現れた。

(............)

 東見はユメノプリンセスとともにゲートに入っていく。

 ノーザンソニックは三枠三番。

 ユメノプリンセスは、またしても大外枠だった。


――ッガシャンッ


 ゲートが開き各馬一斉にスタートする。

 ノーザンソニックは好スタートを決め、ユメノプリンセスはスタートで少し出遅れた。

(大丈夫だ、追い込みなら影響は少ない)

 4番と2番が前に行き、その後ろに他の馬が縦に並び、そこからかなり後ろにユメノプリンセス。

 ぽつんとユメノプリンセスが置いて行かれるような始まりだった。

(かなり逃げてる......)

 4番2番がかなり速い逃げで後続を引き離し、先頭から最後方まで約二十馬身程ひらいた縦長の展開。

 かなりハイペースなレース展開。東山にとってはこの上ない状況だった。

 ハロン棒を何本も通過する。

(......別府さん?)

 残り800mほどの位置で、別府が東山を......ユメノプリンセスを見ていた。

(警戒、してるのか。いや、してくれるのか)

 あの別府がよそ見をしてまで警戒している。その事実が東山に自信を持たせた。

 東山は、残り600mでユメノプリンセスを前へと進ませ始めた。ユメノプリンセスはスーッと前に進んでくれる。

 残り500mで先頭とは十二馬身。

 残り400mでノーザンソニックが上がっていく。

 三冠馬である父親譲りの末脚を炸裂させるべく、上がっていく。

(アルファセロンと同等の末脚なら、脅威だ)

 前の馬郡をよけるように大外を回っていく。

(だが、お前なら......差せる!)

 第四コーナーからの直線を大外から駆け抜ける。

 前に見える馬は4頭、その中にはノーザンソニック。

(行くぞッ)

 東山は鞭を入れた。

 それと同時にユメノプリンセスはぐんぐんと前に伸びる。

 他の馬を追い抜いていく。

 残り200m。

 残る馬はただ一頭、ノーザンソニック。

 ユメノプリンセスの右前二馬身、一馬身......。

 ユメノプリンセスの馬体が右へ少し向く。

(よれるなッ、前へ走れ!)

 右手に鞭を持ち替え、入れる。

 そして、ノーザンソニックに並ぶ。

 横をみる暇はない。

 ただ、何よりも早くターフを駆け抜けるだけ。

(まだ伸びるだろッ)

 残り50m。壮絶な叩き合い。

 どちらが先頭かは分からない。

 ただ前を向いて、全力で走る。

「抜けろぉ......ッ」

 そして、残り0m。

 東見が横を見れば、ノーザンソニックは居なかった。

 二馬身差の勝利だった。



 柳川と宇佐美は、馬主席からレースを見ていた。

 柳川は呆然としていた。

「お嬢様。一着ですよ」

「......うん」

「おめでとうございます」

「............」

「お嬢様?」

 柳川が顔を上げ、宇佐美の肩をつかんだ。

「なにあれなにあれ!あんな後ろから勝っちゃうの!?」

「勝ってますね」

「なんで!?うそでしょ!最後ロケットでも積んでるんじゃないの!?先頭とあんなに離れた時点で私負けたと思ったのに......」

「残り半分でもう諦めたんですか?」

「うっ」

 宇佐美は柳川を見つめる。

「お嬢様。競馬とは、そういうものです」

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