第83話 工務店の仕事 2

「レ・ブン商会の幹部に、あんたの名前がないことで、わかったのよね。あんた、じゃない!あたし、会ったことあるわよね!」


怜奈は目をむいて、


「ええ?そんなことないですよ!そりゃ、おっぱいないですけど、脚はキレイですし、顔もキレイですし、なにより、あたしが男性と女性を間違える訳はありません!」


妙な自信を持って断言する怜奈に、


「そ、そういえば、みなさんが、女性扱いしてるのはおかしいなあ?と思ってたんですよね。私が話してたときは、あの人は男性でした・・・。」


アウレータの追い討ちと、津路木の証言に、あきれたように


「何を言っているのですか?私達はすでに、心も体もしっかりと結ばれている。今さら、性別など問題ない。そうでしょう。怜奈?」


勝ち誇ったような表情で、ミモザ・アースは、怜奈の肩を抱こうとする。


「・・・大問題ですよ。」


怜奈はその手を振り払う。


「・・・大問題ですよおおおお!あたし、あたし、男に抱かれたの??騙されたああ!嘘おおお!!!」


「れ?怜奈?」


ミモザ・アースは怜奈のいきなりの慟哭に、驚いて手を引っ込める。


「ミモザ・アースさん・・・。」


「は、はい?」


姿勢を正して、怜奈はミモザ・アースに向き直る。

その瞳には怒りの炎が浮かんでいる。


「もう一度、お聞きします。あなたは男性ですか?」


殺気だった怜奈に気圧けおされ、ミモザ・アースはコクコクとうなずく。


あれこれと言い訳をする、セノキ・イルザことミモザ・アースを、醒めた目で怜奈は見つめ、〈ことが始まってから〉感じていた違和感と共に自らの過ちを自覚する。


だが、後戻りすることなど、できるのだろうか、許されるのだろうか・・・。


「怜奈!」


葛藤する怜奈の前には、ボロボロのドレスをまとっていても、可憐に頬笑むアウレータがいた。


「戻ってきなさい!!」


腰に手をあて、怜奈に叫ぶアウレータの後ろで、いすみが微笑み、領事館の窓からは、ぺぺや華江をはじめとした、マイナミ商会の一同が〈おいでおいで〉のジェスチャーを笑顔でやっている。


悲しいような頬笑むような表情を一瞬見せたあと、〈よし!〉と彼女はうなずくと、右足を後ろに一歩引いた。


ガシッ!!


怜奈は体を反転させ、一回転した勢いで、ミモザ・アースの顔面にパンチを放った。

不意をつかれ、怜奈のほぼ全体重をのせた右ストレートに、ミモザ・アースは倒れ、気を失った。


怜奈はそのまま、拘束されているマイナミ自警団と、衛兵の一同、一人一人に近づき、耳打ちをして回る。


いきなりの怜奈の行動にあっけにとられていた傭兵たちだが、我に返ると、


「ええい!もう、構わん!一気に王族を捕縛するぞ!邪魔するやつらは皆殺しだ!」


「そう簡単には、行かないさ・・・。」


声の方を向く前に、傭兵の一人は、レグリンの強烈なボディーブローからの、脳天ひじ打ちをくらう。

彼が気を失う一瞬の視線に、捕縛を解かれ、反撃に出る、マイナミ自警団と衛兵の姿が見えた。


◇◇◇


「・・・◇🔺、ヽ〇」


怜奈が、捕縛されている彼らに囁いたのは、魔法錠の解除詠唱だった。

それを耳にした彼らは、怜奈の詠唱をそのまま呟き、一気に捕縛を解いていく。


「剣の魔法力の解除詠唱は、 ◎、n‼️, です!これですべて解除できます!こいつらの剣の魔法力も無効です!」


人間の生命活動を維持しているような複雑なゲイアサプライヤの術式を読み取り、適合するものを見つけ出すことができる怜奈にとって、錠や剣や魔法系の武器といった機器の魔法力の解除術式を見つけることなど、たやすい。

次々に、解除詠唱を行い、それが衛兵やマイナミ自警団一同に伝わり、傭兵の武器が無力化されていく。


「ええい!人数ではこちらが上だ!武器が使えなくてもよい!一気に押し潰せ!」


武器が使えなくなった一団だが、傭兵の指揮官が号令を発し、肉体強化魔法で肉体を限界まで強化した数人が、領事館の敷地へ押し入っていく。


「よおし!一気に!・・・・」


先頭の二人が、両開きの領事館の扉に手をかけ、一気に開こう・・・。としたところで、扉の両脇から現れた2つの影が、2人を蹴り倒した。


「・・・な?!」


と、2人が驚くまもなく


その影が、側面から後方へと、それぞれ、相手の肩に跳びつき、前方回転して腕を取り、相手にぶら下がるような体制になった。


さらに、親指を天に向かせて、無理矢理相手を地面に這いつくばらせ、一気に腕を引っ張り、組み伏せる。


いきなり現れた2つの影に、見たことのない体制にされ、組み伏せられた2人は腕をホールドされたまま、目を白黒させる。


「肉弾戦なら私達の出番だな。長谷部くん。」


「その通りっす!ガンガンいきましょう!安西先生!」


二人が目配せをすると同時に傭兵2人の腕からお馴染みの〈バリバリ〉という音が響く。


うめく傭兵2人の傍らに2つのたくましい体躯が立つ。

追い付いたマイナミ自警団から、


「やったぞ!さすが百人殺しの長谷部だ!」


そのあとから追い付いてきた衛兵の一団より、


「おお!会長ホルストアンザイはやっぱり無敵だ!」


それぞれ感嘆の歓声が上がる。


「ひゃ、百人殺しのハセベに、会長ホルストアンザイだと・・・。」

傭兵集団の幾人かは、ツインベッロ大会での2人の強さを見ていた者もいた。


「ヒイイ!」


数人が逃げ出すが、


「おっと、そうは行くかよ。」


逃げ出した傭兵たちを衛兵が一気に殲滅していく。


「パロスペシャル!」


「脇固め!」


「スピニングトゥホールド~!」


敵の数が多いため、いつものように降参を強いるようなことはせず、彼らは関節をキめると一気に〆壊す。


あちこちで傭兵達の悲鳴が上がり「カンセツワザ」を知らない傭兵たちは、あり得ない方向にネジ曲がった手足を見て、発狂しそうになり、それを見た他の傭兵も次々に逃げ出していく。


レ・ブン商会の雇った傭兵集団は総崩れとなっていった。


「ええい!だらしのない!だが、王と王族さえ、捕縛してしまえば、まだ、勝機はある!」


回復したミモザ・アースが、数人の傭兵と共に2階の執務室を目指す。


「てめえ!こんなところまで入り込んでいやがったのか!」


ミモザ・アースに従う傭兵達は、追い付いてきたマイナミ自警団と衛兵に捕まり、次々に組み伏せられていく。


ミモザ・アースはそれをすり抜け、王のいる執務室に飛び込んだ。

飛び込むと、内部から魔法施錠を行い、外からは入れないようにする。


執務室には王と、もう一人の華奢な人影があった。


「・・・お初にお目にかかります。レイオット王。」


◇◇◇


「出ていきなさい!」


華江が震える手で剣を取り、ミモザ・アースに向ける。


「お止めなさい。」


ミモザ・アースが軽く手を振ると、華江は、手にしている剣の重量が急に増した気がして、剣を落としてしまった


「!?」


「この世界の剣は魔法力によって、重量も軽減できるように鍛えてあるのですよ。

怜奈にはかないませんが、その剣程度であれば、私にも解除術式が読み取れます。

魔法力がなければ、あなたの細腕では、その剣を持つことすらできないでしょう?」


華江が剣を持ち直そうとするが、重量が増した剣を再び構えることができない。


「どうしてですか?あなたたちは、この世界には関係がないはずでしょう?王を引き渡せば、あなた達には危害を加えません。」


ミモザ・アースは、揚々と華江に近づいていく。


「・・・あたしは!あたし達工務店は!の言った通り!自分達が建てた建物を守る義務があります!引き渡すまでがお仕事です!それが工務店なんです!」


そう言うと、華江は震える手で再び剣を取り、ミモザ・アースに向ける。


「くどいですね。」


「!」


ミモザ・アースが手を振ると、華江は見えない力にはじかれたように、壁に叩きつけられた。


「ふん!何が工務店の義務だ。そんなことは私の知ったことではない。」


ミモザ・アースは王に歩み寄る。


「さあ!もう、あなたの命運はつきました!王位の譲渡をさっさと宣言なさい!それとも、ここで崩御されますか?」


華江が落とした剣に、ふたたび魔法力の息吹を与え、ミモザ・アースはそれを王に突きつける。


「どちらも遠慮させてもらうよ。」


「?」


絶対絶命の状況にありながら、王は冷静に、ミモザ・アースに対する。


「状況がお分かりになっていないようですね?あなたの味方はもう、ここにはいないのですよ?」


「いや、おるよ。ほら、そこに。」


王の示した方向に、視線を移した瞬間、ミモザ・アースは、意識を失った。


・・・


「危険なことをさせて、申し訳ないことをしたな。華江。」


王は椅子から立ち上がり、華江に手を貸してやる。

恐縮しながらも、王の手を取り、華江は立ち上がる。


「いえ、気にしないでください。お引き渡し前の物件内でのゴタゴタを納めるのも、工務店の仕事のうちです。」


王は凛とした華江の言葉に感嘆しつつ、


「いや、そういう訳にはいかん。この借りはいつか必ず返させてもらう・・・。」



「で、こいつ、どうします?」


「レ・ブン紹介の後ろにどんな連中がいるか調べとかないと、あとあとめんどくさいよねえ。」


執務室に入ってきた、長谷部とメテオスが、王に進言する。


「我々の世界の勢力とも繋がっているって言ってましたしね。」


「それはあんたにも、たっぷり聞かせてもらうぜ!」


他人事のように話す津路木を、田尾がどなりつける。

その恫喝に、津路木は身をすくませる。


「取り調べでしたら、はどうですか?」


あとから執務室に入ってきたアウグストが、一同に向かって提案する。


って?」


ですよ。」


アウグストは鋭く、冷たい視線で、長谷部と安西に視線を向ける。


2人は所在なさげに視線をさ迷わす・・・。

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