第82話 工務店の仕事

「もう、雌雄は決しました。潔く出てきなさい。おとなしく出てくれば、悪いようにはしません。」


門の前で、ミモザ・アースが領事館のなかに立て籠る王以下、王宮関係者に呼び掛ける。


沈黙を続ける領事館に対し、


「繰り返します。悪いようにはしませんが・・・。」


ミモザ・アースが視線を振ると、それを合図に捕縛された数人の衛兵と、レグリンを始め、マイナミ自警団の数人が引き出されてきた。

全員、魔法力で結束された錠前付手錠をはめられている。


「・・・!」


固唾をのんで、領事館内からそれを見つめる視線を確認した後、


「やってください。」


彼らを引っ立てた数人は頷き、下卑た笑いを浮かべながら、こぶし大ほどの大きさの銀色の球体が付いた杖を、彼らの首に押し当てた。


「!」


一瞬の痙攣の後、彼らは頭を垂れる。


「安心してください。死んではいません。屈強な肉体を持つ彼らですから、数回は持つでしょう。でも・・・。」


ミモザ・アースが再び、指示を出すと、それに従った傭兵たちによって、杖が押し付けられた。


「!!!」


気を失ったまま、杖を押し付けられた彼らは、意識を一瞬取り戻し、再び意識を失わされた。


「よいのですか?あまり回数が増えると、屈強な彼らといえども、持ちませんよ?」



「くっ。やむをえん。私が出るしかないか!


王が領事館の外へ出る決意を固めるが、


「ダメよ!お父様!出ていっても、結果は同じ。」


アウレータが必死に止めるが、


「やむをえんだろう。このままでは、かれらが皆殺しにされてしまう。」


「津路木さんよ。あんた、あのミモザなんとかってやつと組んでたんだろう?なんかいい手はないのかい?」


田尾が津路木の胸ぐらをつかんで、問いただす。


「そんなこと言われても・・・。」


津路木は気弱に首を振るばかりだ。


「彼には損得のある取引を持ちかけるしかない。自分に得がないことは、やらないひとですよ・・・。」


「くっそお。打つ手なしかよ・・・。」


「いや、今、あなたは大変有用な情報の裏付けを私達にくれました。」


怪訝な表情の一同に対して、いすみはアウレータと何かの同意を得たような視線を交わす。


いすみは立ち上がり、そのまま階段を下りていく。


「専務!どこ行くのよ!!」


「交渉をしてきます。この領事館はまだ、お引き渡しをしていません。本鍵をお渡しするまで、この物件の所有権と、管理責任はにあります。引き渡しの前に起こる諸々のトラブル解決も、工務店の業務です。」


あかりの制止を受け、いすみは持論を展開する。


「トラブル解決ってお前、これは隣の家の奴が、って怒鳴り混んでくる類いと違うんだぞ!」


引き渡し前の現場あるあるを、田尾から聞いたいすみは、苦笑いしながら答える。


「いや、基本は同じさ。相手が求めてること。されたら困ることを、さりげなく相手に諭して、引き渡しにもっていくのも、俺たちの仕事だろ。」


田尾に向かって、言い放つといすみは1階ロビーに降りていき、心配そうに見守る日本国関係者に会釈をして、出ていった。


◇◇◇


ミモザ・アースが、門と、門を取り囲む傭兵どもの中心まで出向き、出てきたいすみを出迎えるようにやってきた。



「ああ、もう!言うに事欠いて、引き渡しするから、立ち去れっていったって、そんなこと、相手が聞くわけないじゃない!」


あかりが、たった一人で、軍勢と相対する、いすみの背中を見つめて言う。

それを引き継いで、田尾も呟く。


「いや、お前もわかってるだろ?引き渡し前の監督ってのは、って精神状態になってるもんだ。」


「特に専務はそのへんはすごいですよ。ある物件で、引き渡し3日前に現場の前に4tダンプ止められて、入れなくなったところがあったんです。

どうやら、そのダンプ手配したのは、施主さんと仕事で揉めてた、だったそうなんです。

専務、それを聞いたら、その本丸が福岡にあるって調べて、飛んでいって、そこの大親分と話しをつけて、引き渡しを邪魔してるその連中にやめさせたことがありますからね。」


「そういえば、専務、いきなり九州に行ったことがあったわね。そういうことだったのね。」


「そのあと、そこの大親分さんから、お前を娘婿に迎えて、関東を任せたい。って誘われて、断るのが大変だったみたいですけどね・・・。」


小林とあかりの話しに、


「こ、こわ!ニホンコクの現場監督怖い!ニホンコクへの留学、考え直そうかしら・・・。」と思うアウレータだった。


ミモザ・アースと相対すると、いすみが口を開いた。


「はじめまして。ミモザ・アースさん。マイナミ商会専務の舞波いすみと申します。」


商売相手に名刺を渡すような気さくさで、いすみはミモザ・アースと話し始めた


「これはこれは。噂に高い、マイナミイスミ殿のお出ましとは。

噂通り、見目麗しい風貌でいらっしゃる。で、ご用件は?王が出てくるまでの間のですかな?」


いすみの冷静な立ち振舞いに、怪訝な顔をしつつ、ミモザ・アースが出迎える。


「いえ、私どものの邪魔をしないでいただきたい旨、お願いに来ました。」


ですと?」


「そうです。私達〈舞波工務店〉は、この領事館を完成させました。残る業務はお引き渡しだけです。お引き渡しを行いますので、あなたたちには、即刻、ここから立ち去っていただきたいのです。」


命乞いか、自分が犠牲になるといったような文言をいすみが言うと思っていた、ミモザ・アースは虚をつかれる。


「建物の引き渡しを行うから立ち去れと?」


今までに、多数の女性を虜にしてきた、イケメンな笑みを浮かべながら、いすみはうなずく。


「それが私どものお仕事です。お引き渡し後であれば、もう、私たちには関係ありません。建物の管理も日本国の責任になります。ですが、私どもは、まだ、お引き渡しを行っておりません。」


あっけにとられたミモザ・アースだが、下を向いて、笑いをこらえるように、言葉を絞り出す。


「クックッ・・・。つまり

、私達が来るのが、早すぎたと・・・。」


「その通りです。お引き渡し後であれば、領事館に侵入しようが、内部の者に危害を加えようが、それを守るのは私どもの職務ではありませんから、。ですが、お引き渡し前はこの建物は、まだ、マイナミ商会の所有になっています。」


「引き渡し後に私達が来れば、あなたはこうして出てこなかったと・・・。」


いすみはうなずく。


「繰り返しますが、現時点では、この建物の保守管理は私どものお仕事の範囲になります。お引き渡し業務の邪魔になりますので、即刻立ち去っていただきたい。」


いすみの言葉に、ミモザ・アースだけでなく、傭兵や領事館の一同もあきれ返る。


「いや、確かに理屈はそうだけど。」


と安西。


「ほんとにアタマの固い建築バカだわ、あのオトコは。」


とあかり。


「そういえば、なんか、あいつ言ってたな?もしかして・・・。」


田尾は呟きつつ、ミモザ・アースの後ろにい並ぶ人並みに、怜奈の姿を探す。


「いいでしょう。命をかけて業務を遂行しようとする、その姿勢、感心します。」


「ですが!」


ミモザ・アースはいすみとの距離を一気に詰めると、いすみの顔面に拳を放った。


不意討ちを食らったいすみは吹っ飛び、土煙をあげて倒れ混む。


「イスミー!」


アウレータの悲痛な叫びも空しく、殴られたダメージからか、いすみは立ち上がることができない。


ミモザ・アースは倒れこんだままのいすみに歩み寄り、胸ぐらをつかんで、乱暴に引き起こす。


「そんなことはこっちの知ったことではありません!」


ミモザ・アースはいすみを再びつき飛ばす。


「あなたの職業理念なんか知ったことではありません。王を引き渡せばよいのです。そしてあなたたちはご自分の世界にお帰りになって、もう、二度とこちらにはこないでください。」


ミモザ・アースが倒れこんだいすみに言い放つ。


「そうですか。交渉の余地はないと言うことですね。」


「?」


ミモザ・アースの恫喝に怯むことなく、服のほこりを払いながら、いすみがゆっくりと立ち上がる。


「こういう、個人のプライバシー的なことは、あまり言いたくないんですが・・・。」


いすみは、ミモザ・アースの後ろに控える一同に向かって叫ぶ。


「北見さん!いらっしゃいますよね!」


さっきまで、ミモザ・アースが乗っていた車に乗っていた怜奈は、いすみの呼び掛けにぶるっと身を奮わせる。


「あなたの思いを壊すようで、申し訳ないんですが・・・。」


「あなたはミモザ・アースさんにだまされていますよ!」


いすみの呼び掛けに、視線が集まるなか、怜奈が車から降りて、ミモザ・アースの後ろに立った。


「専務。私は騙されていませんし、自分の意思で、ミモザさんとこの世界で生きていくことに決めたんです・・・。」


「決して、騙されてなんかいません・・・。」


怜奈は震えながら、自分に言い聞かせるように、呟き、ミモザ・アースの手を背後から取る。

ミモザ・アースは勝ち誇ったような表情で、いすみを見る。


「さて、お分かりになりましたね。さっさとこの国から出ていってください。」


「そうですか。では、アウレータ王女。」


いつの間にか、門の近くまでやって来ていたアウレータが3人の前に立つ。


「あのね、怜奈。」


そう言うと、いすみと怜奈の顔を交互に見比べ、ミモザ・アースをビッと指差す。


「こいつはね。」


「オトコよ!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る